なつはづきさんは、2018年に第36回現代俳句新人賞、2019年に第五回攝津幸彦記念賞準賞を受賞された新進気鋭の俳人である。そして、2020年に第一句集『ぴったりの箱』を上梓された。
『ぴったりの箱』というタイトルがとても魅力的だ。帯文にも書かれているように、自分がその箱を開けるのか、それとも、自分がその箱に入るのか。その違いだけでもイメージが異なってくる。その他にも、色々な解釈が出来る素敵なタイトルだ。
拝読してまず感じたのは「独特の身体感覚」である。視覚や聴覚ではなく、触覚を大切にするのは珍しいと思う。収録されている句には、身体の部位を示す言葉がとても多く使われている。部位ごとに分けて紹介したい。
根底となる言葉は、もちろん「身体」だろう。「体」も含めると五句。
身体から風が離れて秋の蝶
水草生う身体に風をためる旅
薔薇百本棄てて抱かれたい身体
額あじさいもうすぐ海になる身体
骨盤が目覚めて三月の体
一句目、身体に風が吹いてくるのではなく、身体から風が離れてゆくという逆転の発想。二句目、「風をためる旅」とは一体どんな旅なのだろうかとイメージが膨らむ。三句目、
薔薇百本は単なる飾りに過ぎない。そんなものは捨ててありのままの自分で素直に抱かれたいというピュアな気持ち。四句目、初夏から本格的な夏になる季節感。五句目、三月は年度末の時期。骨盤が目覚めて新しい年度が始まるのだ。
そして、身体の部位では「指」が最も多く九句ある。やはり、指先から伝わる感触によって創作意欲が湧いてくるのだと思われる。その中からの三句。
片恋や冬の金魚に指吸わせ
毛糸編む嘘つく指はどの指か
花万朶小指で掻き乱す水面
一句目、単なる夏の金魚ではなく、冬の金魚である点がリアル。二句目、嘘をつく指はどの指だろう・・・。薬指のような気がする。三句目、水面を掻き乱すのなら普通は人差指だと思うが、小指であるところが繊細。
「顔」から三句。
端っこの捲れる笑顔シクラメン
春の雲素顔ひとつに決められぬ
虫時雨この横顔で会いに行く
一句目、「捲れる」のだから、本心からの笑顔ではないような気がする。シクラメンという季語が絶妙。二句目、素顔は確かに一つでは無い。多くの共感を呼ぶ句。三句目、「この横顔」という言葉から強い信念のようなものが感じられる。
「髪」から二句。
星の夜や結うには少し早い髪
洗い髪夜を転がり落ちる音
一句目、「結うには少し早い髪」というのは「あなたと親しくなるのは少し早い」という意味を含んでいるような気がする。二句目、
「夜を転がり落ちる音」という措辞が斬新。
その他の、身体の部位からの秀句を三句。
てのひらは毎朝生まれ変わる蝶
はつなつや肺は小さな森であり
夏空やぐいと上腕二頭筋
一句目、下五の「蝶」への展開が鮮やか。二句目、「小さな森」が確かな説得力を持っている。三句目、「ぐいと」というオノマトペが効果的。力強い上腕二頭筋が見えてくる。
これらの独特的な身体感覚を持つ作者は、その感覚に更に磨きをかけて、今後も活躍されるに違いない。なつはづきワールドの更なる発展に目が離せないのは、決して僕一人だけではない筈である。
2020年10月30日金曜日
【なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい 】4 箱を開けてみたい 金子 敦
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