2021年3月26日金曜日

英国Haiku便り[in Japan]【改題】(19)  小野裕三



パンデミックと英国文化

 日本帰国後もイギリス人たちとオンラインで会話する機会は続いてきた。英国時間と日本時間と、その二つの時間軸をオンライン上で行き来しながら暮らすのはちょっと不思議な感覚だった。

「最近どう?」

 パソコン画面越しに近況を話す。話題のひとつはもちろんコロナだ。

「日本ではほぼ全員がマスクしてるよ」

 英国では、交通機関での着用などが言われているものの、全般的にマスク着用は充分に徹底されていないようだ。

「うーん、私たち、だらしない(disorganized)からね」

 と画面越しの友人が語ったのは、イギリス人特有の自嘲癖もあるかも知れない。ただ、マスク着用が原因かは不明だが、日本と比べると英国での感染・死者数は圧倒的に多いのは事実だ。とは言え、文化的な違いが遠因となった可能性もある。もともと英国では風邪や花粉症などでマスクをする習慣は一般的ではなかった。また、日本ほど自動ドアは多くないので公共の場でドアノブを握る機会も多いし、何より人に会ったら抱き合って挨拶するのが文化的慣習でもある。

 三月の半ばまでは、英国ではコロナウィルスは「アジア発のウィルス」と認識されていて、だからロンドン市内でアジア人に対する差別的な扱いを受けた、という日本人の友人も少なからずいた。

 ところが、三月後半に英国では感染が激増し、一気に学校の閉鎖や社会全体のロックダウンへと突き進んだ。規制は徹底していて、生活に必要な食料品店・薬局などを除き、店やレストランは例外なく閉められた。健康維持のための一日一回の散歩等を除き、外出も制限された。同居家族以外の人との集まりもきびしく制限された。違反している人たちには警察がやってきて帰宅を促すシーンもニュースなどで報道された。そんな具合だったので、日本に帰国した時には日本での規制をだいぶゆるく感じた。

 そんなパンデミック下の英国で、感心しながら見ていたことがひとつある。毎週、木曜日の夜八時になると市民たちが窓を開けもしくは表に出て、歓声を上げ拍手し鐘を打ち鳴らした。それは、感染拡大と闘う医療関係者への感謝を表すために自然発生的な現象として始まった(英国の医療機関の大半がNHSといって国有であることもその背景かも知れないが)。

 一方の日本では、自然発生的な現象として「自粛警察」が一般化していることを帰国後に知った。政府は厳格な規制を課すがマスク着用も徹底されず、それでも「感謝の拍手」は自発的に行われる文化。政府の規制以上に「自粛」が共同体内の「空気」として働き、マスク着用がほぼ100%行き渡る文化。どちらの文化がいいとは一概に言えないが、ただ、それはいかにも象徴的な対比だと思えた。

(『海原』2020年10月号より転載)


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