2014年9月26日金曜日

【小津夜景作品】 No.40 (最終回)



秋繭をおもふ   小津夜景


 一、古き土地より
手つかずの明日に追ひつき枯野かな

秋虹よわれの序文は今日終はる

折るゆめのうつほとなりし春の枝

落葉漕ぐかな隠れ家を思ひながら

椎の実をもぐたび旧きこゑのする

優しい弧あれはさざめくミンクらし

さうと呼ぶのは名ばかりの恋の歌

いきなりは無理よしなびた王冠よ

かけわたすさし枕く肩に木枯らしを

噛みながら時を経しことさへ知らぬ



 二、即興劇

皺をもつ秋のくだもの寄せにけり

きだはしの斜に陽を断つ飾り窓

てのひらや葡萄の葉には具をつつむ

迷ひこむ戸に秋繭のスープかな

食べさしのキッシュ互みに馬肥ゆる

シナモンの突き出る鳩や枯葉床

鵲のついばみ終へて消えた菓子

秋猫のごとくうなじを与へなむ

突如恋、濃いクリームのやうに霧

テーブルは河を名づけるといふこと



 三、カタストロフィと音楽
息をしてゐたのは金魚秋の窓

龍淵の和音は秋をひろふなり

ふつふつと日に啼く秋のがらんだう

点滴の底をしづかな蜻蛉かな

ふと意味にとどかざる紙魚匂ひけり

哭くべき棺あらざる手の桔梗

月代のなにも思うてはをらぬこと

祈りなき弔ひだけがある花野 

ひとあやす楽器のごとく胡桃かな

ねてさめてゆめといふ皺得てにけり



 四、映画のベルが鳴る前に

街なんのそしてある日の黄の余白

ゆるふわや色なき風に疵無数

犬ころよ死ぬはナポリを見てからよ

黒き梨ゆらりゆらりと脱いでをり

不在このふくよかな凹みはどうだ

言語的宵闇白きゴムボール

飽かずきの秋のシネマの波間かな

字幕なき雨がもうすぐやつてくる

秋雨がひとのかたちのざるにふる

尨毛ただよきことのみを思ひ抱く



 五、蜜色の手、おだやかな息

満月をわたしのかほが見にゆきぬ

夜の桃言はで思ふも忘れなむ

虫売りは入れ子の家に入りにけり

永住のやうに夜汽車に月をるらむ

目をさますまでを石榴となり眠る

別のかたちだけど生きてゐますから

手は知らないすでに眠つてゐたからだ

頭の上に住まずなりける月がある

ようこそ外は寒かつたでせう

瞼にもなくどちらからいらしたの



あとがき

それからのひととき秋繭をおもふ













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