◆仁左衛門観に水無月の始発便 (福岡市)伊佐利子
金子兜太の選である。去年三月に新開場した銀座・歌舞伎座での「六月大歌舞伎」へ松嶋屋の片岡仁左衛門が昼の部最後の演目である「お祭り」〈鳶頭松吉〉役で出演した。将来の仁左衛門を期待されている孫の片岡千之助も〈若い者正吉〉役で同じく共演した。肩を痛めて舞台を遠慮していた松嶋屋だけにファンにとっては久々のご対面である。始発便だろうが何だろうが、これは放ってはおけない出来事なのである。はるばる福岡から上京したのだ。単純に事実だけを叙しながら、その中にファンならではの熱い心が籠められている。「一年に一度の浮き立つ祭り気分も手伝い、祭礼の御神酒を振る舞われたのか、ほろ酔い加減の松吉。いつものいなせな姿に浮かれ気分が加わって、その男振りは一段と上がっている。」(歌舞伎座刊「筋書・六月大歌舞伎」より)と記されている。前名孝夫時代からの、松嶋屋ならではの当たり役であろう。大向こうからの「待ってました!!」が一層華やいで聞こえる。
◆籐椅子や父の思ひしこと思ふ (松戸市)橘玲子
長谷川櫂選である。お父上愛用の籐椅子に作者が腰かけたのであろう。揺られながら、お父上を思い出している。そんな景である。「父の思ひしこと」が何であったかに思い当たったそんな時に「あの時、なぜ私は父へ逆らったのだろうか?」と思ったりする。
上五の切れ字「や」に対する座五の終止形を嫌う向きもあろうが、句の内容が情に勝っているだけに、切れをはっきりつけた掲句のやり方に筆者は賛同する。
今回の稲畑汀子選には薔薇のテーマが多かった。
◆もしかして私の為に薔薇開く(富士市)蒲康裕、
◆ひと夜さの雨の錘の薔薇を剪る(松原市)加藤あや、
◆華やぎをたたみきれずに薔薇散りし(名古屋市)中野ひろみ
以上三句である。
薔薇には非常に強いメッセージ性がある。それだけにその強さに匹敵するだけの句柄と作者の個性そのものが要求されるように思う。残念ながら筆者は御三人とも存じ上げないのだが。
【執筆者紹介】
- 網野月を(あみの・つきを)
1983年学習院俳句会入会・同年「水明」入会・1997年「水明」同人・1998年現代俳句協会会員(現在研修部会委員)。
成瀬正俊、京極高忠、山本紫黄各氏に師事。
2009年季音賞(所属結社「水明」の賞)受賞。
現在「水明」「面」「鳥羽谷」所属。「Haiquology」代表。
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