解題 佐藤りえ
『巫朱華』は昭和59年から昭和63年まで発行された秦夕美・藤原月彦の二人誌である。
約19センチ四方の真四角な中綴じ本で、全9冊。巻号は「Vol○No○」の表記で統一され、昭和59年刊がVol1、昭和60年刊がVol2、以降がVol3とされている。
創刊のいきさつはのちに刊行された『夕月譜』あとがきに詳しい。(『夕月譜』は『巫朱華』収録の共同制作を抜粋・編集したもので、令和元年に発行された。『巫朱華』と同判型の糸綴じ本)
俳句上の父を亡くした者同士、いわば孤児の心細さゆえか、個人的に話をする機会がふえた。今まで読んできた本、好みの作家が同じであることは、世代を超えて共鳴することが多く、「巫朱華」という小冊子の発行を思いついた。(中略)丁度、宮入聖さんが出版社を立ち上げた頃、そこにお願いすることで話は決まり、書き下ろしで俳句や文章を書くうちに、共同制作をやってみようという事になった。(『夕月譜』「あとがき」秦夕美)
二人の“俳句上の父”赤尾兜子は昭和56年死去。刊行当時、秦・藤原両名はともに桑原三郎が起こした『犀』に創刊同人として所属し、旺盛な執筆活動を繰り広げていた。『巫朱華』にとってのもう一人の主要な人物は、さきのあとがきにも挙げられている宮入聖である。文中にある「共同制作」とは、特定の文字を象形的に見せるレイアウトをほどこした組句作品のことで、作者二人の意向を汲みつつ、毎号同じフォーマット・ページ数の中に作品を配していく手腕には目を瞠る物がある。
各号の内容は書き下ろし俳句作品のほか、お互いの俳句をモチーフとした掌編、エッセイ、句集評など。毎号ページ数はぴったり16ページ、もっとページの増減がある印象を持っていたが、その定められた「型」をはみだした号はひとつもなかった。籠められた熱量と冊子との釣り合いが魔術的とも思える調和を見せている。
今の時代ならZINEと呼ぶものだろうか、こうしたミニマムな表現形態において、大袈裟な装置も、多くの人員も、多数のページも、無理矢理用いる必要はないのだと、あらためて驚かされる、伝説の雑誌である。
巫朱華 総目次
Vol1No1~Vol2No3 題字 岡村香風
Vol3No1~Vol3No3 表紙・挿画 長岡裕一郎
Vol1No1 忘れ雪の巻
昭和五九年四月一日発行 16p
巻頭句 花から雪へ砧打ち合ふ境なし 兜子
共同制作 雪卍―にごり江遺文―
作品 優姫涕閨 秦夕美
作品 VASLAV 藤原月彦
掌編 忘れ雪と名づけし猫が見あたらぬ 秦夕美
掌編 蜩いろの情人・雨だれ・鎮魂歌 藤原月彦
作品 定家 秦夕美
巫朱華について
Vol1No2 幻月の巻
昭和五九年八月一日発行 16p
巻頭句 急ぐなかれ月谷蟆に冴えはじむ 兜子
共同制作 月光一泥梨―雨月物語抄―
作品 遠つ世の孤悲―いろは歌頭韻― 秦夕美
作品 RUDOLF 藤原月彦
掌編 死者われをわれは離れて月の暈 秦夕美
短歌 月の出の背びれふるへてゐる兄 藤原月彦
作品 松風 秦夕美
後記
Vol1No3 秘す花の巻
昭和五九年十二月一日発行 16p
巻頭句 秘す花のあらはれにけり冬の水 兜子
共同制作 花扇―能曲斑女―
作品 Rā 秦夕美
作品 憑帝 藤原月彦
掌編 合せ鏡のうしろに花の骨みゆる 秦夕美
掌編 殺されて二夜は菊の花なりき 藤原月彦
作品 井筒 秦夕美
あとがき
Vol2No1 雪眩の巻
昭和六十年四月一日発行 16p
巻頭歌 胎児よ/胎児よ/なぜ躍る/母親の心がわかって/おそろしいのか 夢野久作
共同制作 雪中夢―久作幻想―
作品 江花 秦夕美
作品 腸死 藤原月彦
掌編集 夢界 秦夕美
共同制作 定家曼荼羅
あとがき
Vol2No2 月淋の巻
昭和六十年十月一日発行 16p
巻頭句 美しい人たち泣くな/先ず 目をあけて進ぜよう 鏡花
共同制作 月人―鏡花舞―
作品 夢魂 秦夕美
作品 MODERN TIMES 藤原月彦
盗汗集批評特集
「夢夢夢夢……」和泉香津子
母体を逃げてゆく人格 権藤弘子
コムプレックスの細密画 植村泰佳
共同制作 乱蝶―好色五人女―
あとがき
Vol2No3 花檻の巻
昭和六十年十二月二十日発行 16p
巻頭句 面白と云、花と云、めづらしきと云、/此三は一體異名也 世阿弥
共同制作 菱花鏡―謡曲花筐―
作品 愛の伝説 秦夕美
作品 極悪の華 藤原月彦
孤獨浄土批評特集
夢てふものは 原田禹雄
平家物語の中の小宰相 高山雍子
血と百日紅 宮入 聖
共同制作 妖姫伝
あとがき
Vol3No1 妖雪の巻
昭和六十一年十二月二十五日発行 16p
作品 夢野柩――未明かるた―― 秦夕美
作品 雪月花世紀末譚(えそらごとうきよのゆふぐれ) 藤原月彦
掌編 雪 秦夕美
エッセイ 俳句とエロス 藤原月彦
あとがき
Vol3No2 狼月の巻
昭和六十二年十月二十五日発行
扉のことば 未組織のものへ 無際限のものへ 永遠のものへ 虚無へむかっての嗜好/トーマス・マン「ヴェニスに死す」より
共同作品 月の船
作品 The Red Shoes 秦夕美
作品 夜桜機関・拾遺 藤原月彦
作品 花電車 藤原月彦
掌編 お手玉 秦夕美
あとがき
Vol3No3 穹花の巻
昭和六十三年三月二十五日発行 16p
扉のことば 㧕(そもそも)、花は、咲くによりて面白く、散るによりてめづらしき也。(「拾玉得花」)
共同制作 花車――謡曲葵の上
作品 婀花死哉 秦夕美
作品 美貌の都 藤原月彦
共同制作 明星時代
あとがき