2024年9月13日金曜日

第232号

                次回更新 9/27


第16回「こもろ日盛俳句祭」シンポジウム「歳時記について」 筑紫磐井 》読む
加藤知子句集『情死一擲』跋  竹岡一郎 》読む

■令和俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和六年春興帖
第一(6/21)辻村麻乃・豊里友行・川崎果連・仲寒蟬・仙田洋子
第二(6/28)小野裕三・水岩瞳・中西夕紀・神谷波・坂間恒子・山本敏倖・加藤知子
第三(7/12)岸本尚毅・浜脇不如帰・冨岡和秀・杉山久子・松下カロ・木村オサム
第四(7/19)小林かんな・ふけとしこ・眞矢ひろみ・望月士郎・鷲津誠次・曾根毅
第五(7/26)花尻万博・早瀬恵子・大井恒行・竹岡一郎
第六(8/23)高橋比呂子・なつはづき
第七(9/13)青木百舌鳥・小沢麻結・渡邉美保・前北かおる


令和六年歳旦帖
第一(5/25)辻村麻乃・豊里友行・川崎果連・仲寒蟬・仙田洋子
第二(5/31)小野裕三・水岩瞳・神谷波
第三(6/8)山本敏倖・岸本尚毅・浜脇不如帰・冨岡和秀
第四(6/14)杉山久子・木村オサム・小林かんな・ふけとしこ
第五(6/21)眞矢ひろみ・望月士郎・曾根毅
第六(6/28)花尻万博・早瀬恵子・大井恒行
第七(7/12)竹岡一郎
補遺(8/23)青木百舌鳥・小沢麻結・渡邉美保・前北かおる
補遺(9/13)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子

■ 俳句評論講座  》目次を読む

■ 第49回皐月句会(5月)[速報] 》読む

■大井恒行の日々彼是 随時更新中!※URL変更 》読む

俳句新空間第19号 発行※NEW!

■連載

【抜粋】〈俳句四季5月号〉俳壇観測256 「塔の会」と「火の会」――六十年前は余りにも遠すぎて

筑紫磐井 》読む

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり14 阪西敦子『金魚』 》読む

【連載】大井恒行『水月伝』評(2) 田中信克 》読む

英国Haiku便り[in Japan](48) 小野裕三 》読む

【豊里友行句集『地球のリレー』を読みたい】 2 豊里友行『地球のリレー』 杉山久子 》読む

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(49) ふけとしこ 》読む

【新連載】伝統の風景――林翔を通してみる戦後伝統俳句

 7.梅若忌 筑紫磐井 》読む

【豊里友行句集『母よ』を読みたい】③ 豊里友行句集『母よ』より 小松風写 選句 》読む

句集歌集逍遙 筑紫磐井『戦後俳句史nouveau1945-2023——三協会統合論』/佐藤りえ 》読む

【連載】大関博美『極限状況を刻む俳句 ソ連抑留者・満州引揚げ者の証言に学ぶ』を読む⑥ 一人の俳句の書き手・読み手として 黒岩徳将 》読む

【渡部有紀子句集『山羊の乳』を読みたい】⑯ 生き物への眼差し 笠原小百合 》読む
インデックス

北川美美俳句全集32 》読む

澤田和弥論集成(第16回) 》読む

およそ日刊俳句新空間 》読む

…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保 …
8月の執筆者(渡邉美保)

■Recent entries

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい インデックス

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい インデックス

渡邊美保第一句集『櫛買ひに』を読みたい インデックス

なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい インデックス

ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい インデックス

加藤知子第三句集『たかざれき』を読みたい

眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい インデックス

葉月第一句集『子音』を読みたい インデックス

佐藤りえ句集『景色』を読みたい インデックス

眠兎第1句集『御意』を読みたい インデックス

麒麟第2句集『鴨』を読みたい インデックス

麻乃第二句集『るん』を読みたい インデックス

前衛から見た子規の覚書/筑紫磐井 インデックス

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉜ のどか 》読む

俳句新空間を読む 》読む
…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子




筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊/2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。

【抜粋】〈俳句四季5月号〉俳壇観測256 「塔の会」と「火の会」――六十年前は余りにも遠すぎて  筑紫磐井

 「塔の会」のこと

 合同句集『塔』第11集が刊行された(令和5年12月)。もともとこれは「塔の会」(現在代表は鈴木太郎氏)という句会のメンバーの合同句集であり、5~6年に一度のインターバルでまとめられている。メンバーはその都度変わっているが、50年近い歴史のある合同句集である。協会などの例を除けば大記録であると思う。第10集が平成31年1月刊であったから4年ぶりであるが、ごく普通の刊行日程であり合同句集としては順調な刊行であるが、この第10集から第11集の間は、ほぼコロナの時代であり句会そのものが逼塞していた苦しい時代と言うことになる。

     *

 「塔の会」の発足そのものは古い。第1回の会合は、東京郵政会館で昭和43年2月19日に開催されたのだという。今から57年前のことである。

 塔の会の最初期のメンバーは星野麥丘人・原裕・磯貝碧蹄館・岸田稚魚・加畑吉男・草間時彦・八木林之助・轡田進・清崎敏郎・松本旭・松崎鉄之介・成瀬櫻桃子・岡田日郎・鷹羽狩行・香西照雄・林翔の十六人で俳人協会に所属する各結社の中堅メンバーということで、毎月句会を中心に会会が続けられた。

 長く幹事を務めた岡田日郎によれば、「会発足の社掛人は草間時彦・岸田稚魚・加畑吉男・鷹羽狩行らで、準備会のとき束京タワーが見えたので「塔の会」と命名したと、私は加畑吉男から聞かされたことがあった,月1回第3金曜日の夕刻から東京郵政会館を会場に十人ぐらいの参加があり、地味な句会が重ねられた。また、この年の終わりごろから有働亨・能村登四郎も加わっていた。当初の幹事役は加畑吉男・鷹羽狩行。」という。

 発足後、昭和47年に初めての合同句集『塔』が刊行された(発行5月25日)。林翔が結社別に参加者を掲げているので眺めて見よう(合同句集に出稿していない当時のメンバー名も()で追加しておいた)。これにより当時の俳人協会での勢力図もうかがえるようである。一方で、現在からみても錚々たる顔ぶれであり、この会を通して俳人協会の人材育成も進んでいったことが分かるのである。

 馬酔木(有働亨・(千代田葛彦)・能村登四郎・福永耕二・林翔)、鶴(岸田稚魚・草間時彦・星野麥丘人・八木林之助)、浜(中戸川朝人・松崎鉄之介・宮津昭彦)、若葉(清崎敏郎・轡田進・故加畑吉男)、万緑((磯貝碧蹄館)・香西照雄)、氷海(上田五千石・鷹羽狩行)、鹿火屋(青柳志解樹・原裕)、河(松本旭・(渡辺寛))、山火(岡田日郎)、春燈(成瀬櫻桃子)


「火の会」のこと

 「塔の会」の初期メンバーは多くがなくなってしまっている(長く代表幹事を務め、本会について最も詳しい岡田日郎氏も令和4年に亡くなっている)。現在の存命作家は鷹羽狩行氏ぐらいであろうが今では話を聞くことも難しいであろう。従って、塔の会の発足は既に霧の中にあるような状況である。しかしこの会の発足には、実は現代俳句協会時代の伝統作家たちの横の交流が関係していることはあまり知られていない。。


「もう十年以上も前(昭和35年ごろ)になるが、「火の会」という会が俳壇の中堅作家達の交流の場として作られ、万世橋に近い柳森神社を会場として毎月句会を開いていた。一番若手であった久保田博(鶴のち沖同人)さんが幹事役で、女流は柴田白葉女さん(雲母)が紅一点であった。文字どおり火花を散らす句会だが、結社の違う人々が集まる会なので非常に刺激になり、且つ楽しかった。

 その後俳壇が現代俳句協会と俳人協会とに分裂し、「火の会」も自然消滅したが、これをなつかしむ思いは誰の胸にも埋み火のように残っていた。やがて、当時のメンバーで俳人協会の幹事になった岸田稚魚・草間時彦・加畑吉男・能村登四郎・林翔らと、「火の会」のメンバーではないが、やはり協会幹事の鷹羽狩行らが中心となって、「火の会」と同じ行き方をする新しい会を作る話がまとまり、会員轡田進の世話で会場は芝の郵政会館と決まった。ここは東京タワーの真下である。誰言うとなく会の名は「塔の会」と決まった。

 現代俳句協会に残った旧「火の会」のメンバー達も皆伝統俳句作家であるから、旧交を温めたい気持は誰の胸にもあったが、俳壇の情勢にかんがみて、「塔の会」は俳人協会に属する中堅作家の会ということになった。」(林翔「塔の会のこと」)


 「火の会」について言及しているのは林翔ばかりである。しかし、現代俳句協会時代にも、伝統俳句作家たちの横断的な交流が行われていたのは事実だ。後に、俳人協会に移籍した人も、そのまま現代俳句協会に残留した人も、彼らの懇親・交流とは句会を囲むことによって実現していた。従って現代俳句協会からの俳人協会の離脱は、これらの人々にとっては不幸なことだったようである。

 最後に、第11集に載る作家何人かの作品を掲げるが、今の「塔の会」の会員たちはこうした歴史をどう考えているか聞いてみたいところである。

(以下略)

※詳細は俳句四季5月号参照のこと

第16回「こもろ日盛俳句祭」シンポジウム「歳時記について」 筑紫磐井

第16回「こもろ日盛俳句祭」

シンポジウム(2024年7月27日)

テーマ「歳時記について」

パネラー:

小林貴子

村上鞆彦

土肥あき子

山田真砂年

筑紫磐井(司会)

 恒例の小諸日盛俳句祭が本年も7月26~28日に行なわれ、その中でシンポジウム「歳時記について」が開催された(27日)。

 パネラーは、中堅作家の小林貴子、村上鞆彦、土肥あき子、山田真砂年の4人と(司会)筑紫磐井であり、各自の推薦する歳時記をあげた。

     *

 大歳時記としては、講談社の『カラー版新日本大歳時記(5分冊)』と『新版角川俳句大歳時記(5分冊)』に人気が集まった。

 講談社の大歳時記は『カラー図説日本大歳時記(5分冊)』(昭和56年)を出すが、使いやすい常用版や、山本健吉基本季語500選(講談社学術文庫)を出したのち大改訂をして、『カラー版新日本大歳時記(5分冊)』(12年)を出す。現在ではこれを一本にまとめた愛蔵版(20年)を出している。

 角川書店の大歳時記は、昭和46年の『図説俳句大歳時記(5分冊)』が原点となっており、これを踏まえて(図説はないが)記述内容・例句を充実させた『角川俳句大歳時記(5分冊)』(平成18年)がでた。

 『角川俳句大歳時記』(平成18年)には、歳時記・季語の総論が「歳時記へのおもい」(宇多喜代子)「歳時記と季語の歴史」(筑紫磐井)が書かれ、これを踏まえて24節気の解説などが行われた体系なものとなっていた。15年を経過し、その後『新版角川俳句大歳時記(5分冊)』(令和4年)が刊行されたが、前著の編集方針をかなり変更して、特に歳時記季語論の総論もなく、新しい季語を加える一方古い伝統的な季語を削除したりした。


①新版角川俳句大歳時記 定価:5,995円(春)

【推薦者】小林貴子、村上鞆彦、土肥あき子


②角川俳句大歳時記

【推薦者】小林貴子、山田真砂年


③鍵和田秞子監修『花の歳時記』(講談社)

【推薦者】小林貴子、山田真砂年


④最新俳句歳時記(文芸春秋)

【推薦者】小林貴子


⑤虚子編『新歳時記』(三省堂) 定価3,300円

【推薦者】小林貴子、山田真砂年


⑥『図説俳句大歳時記』(角川)

【推薦者】小林貴子


⑦『俳句歳時記第5版』(角川文庫)  定価:2,970円

【推薦者】村上鞆彦


⑧俳句歳時記(角川ソフィア文庫)  定価:616円(春)

【推薦者】土肥あき子


⑨『日本大歳時記』(講談社)[常用版]→『カラー版新日本大歳時記(5分冊)』定価:16000円

【推薦者】村上鞆彦、土肥あき子、山田真砂年、筑紫磐井


●(参考)山本健吉基本季語500選(講談社学術文庫)定価:3,300円

※『日本大歳時記』(講談社)の抜粋本


⑩稲畑汀子編ホトトギス季寄せ(三省堂)定価2,640円

【推薦者】土肥あき子


⑪『俳諧歳時記』(改造社)

【推薦者】小林貴子、土肥あき子


⑫水原秋櫻子編『新編歳時記』

【推薦者】筑紫磐井


⑬今はじめる人のための俳句歳時記(角川書店)定価:924円

【推薦者】筑紫磐井


加藤知子句集『情死一擲』跋  竹岡一郎

宇気比(うけい)に焦がれる句、観るための          竹岡一郎


 俳句が穏やかなもの、誰にでもわかるもの、存問の詩となってから、どのくらい経っただろう。それは俳句が生き残る手段でもあったように思う。それはそれで良い。俳句が穏やかに懐かしく、心を慰めるものである事に、何の間違いもない。しかし、その穏やかさ、判り易さに留まる事の出来ぬ者もいるのだ。留まらぬ事こそが生だと。

生きている駅と国境(さかい)にある裸身

魂洗う水の(ほそ)きに雁渡

 俳句が物を言えない詩だからこそ、同じく言葉に出来ないような密かな昂りを、俳句に託したいと望む者がいる。その衝動はどんなに抑えようとしても、灯る欠片のように零れ落ち、此処に外れ者がいる事を知らせる。国境に、比良坂にある如く桃が実る。死が灯り、性が香るのか。或いは性が灯り、死が香るのか。

人体のかけらが明りほうほたる

とめないで桃の香りに酔うて襞

 城塞の内に囲まれ得ぬ者は、常に死を見る、同時に性を見る、それは破壊と再生の円環を見る事だ。最大公約数から外れ、平均化されない思いを詠おうと試みる。

蠢くは契りし口に蛆血膿

ほと深きところに卍春は傷

 その詠い方は、従来の慣れ親しんだ俳句の在り方からは異質なもので、時に酷く不器用で、幼いと見違える程たどたどしく在らざるを得ない事さえある。

ひとりきり 澄むほど凍え咲くすみれ

ぐるぐるす鏡の奥の野遊びは 

 此の世の中央に近づけば近づくほど、偽りの比率は大きくなると言って良いだろうか。欺瞞がはびこるのは世の常だと、歳を重ねれば好い加減わかるはずだ。

牡丹絢爛ミイラとなりて隣る影

 では、辺境に在れば、此の世の本質は見えるだろうか。そうとも限らないが、少なくとも、見ようとする己が望みは護れる。直截に見ようとする意志、それは焔だ。

一色ずつ虹をはがせば火傷痕

 「技法に長ける事」と「技法に悪馴れする事」との判別は難しいのかもしれない。それならば、いっそ意味を跳躍してでも鮮やかであろうとする方が良いかもしれない。何が幻で何が現実かなど、此の世の誰にも、そして彼の世の誰にも分りはしない。

隙なく絞めむ鯨の精の果つるまで

囀りに命おちこち落ち止まず

火柱を舐め合う夏野漆黒の

 死も、性も、生も、唯物論で安易に括られるようになってしまった現在、それらを鮮やかに詠おうと試みるために、どんな立ち位置が必要だろうか。血は魂である、郷土である、系譜である。個人は世界との関係性によって立つが、それは公共性や平均化とは何の関係も無い。最大公約数という落し処は、個人と世界との結び目を穏やかに断ってしまう。一人の生が独特のものである以上、一人の死も性も、独特のものだ。己が死を抱きしめ、己が性を抱きしめるとは、己が血を抱きしめる事であり、その血こそが、世界との独自の結び目だ。物言えぬ詩において、削ぎ落すべきものの選択。

華よ血の香りよ虹に髪浸らしめ

月とるにあばらの骨をそぎ落とす

縊る手を持つのはあたし姫女苑

 生を思うなら、己自身が世に現れる入口であった母とは、何者だろう。一人の母を探る事は、己が独自の神話を探る初めだろう。神話の始まりは、いつでも暗いのだ。

暗河(くらごう)の母のようたりもがり笛

 ならば愈々、神は。西洋の唯一絶対神ではなく、豊かな感情を持ち、経典や教義に縛られない八百万の神々に、俳句という最小の詩で接触するには、どうすれば良いだろう。「国産み」なるものが、実は中央集権の正当性を補填するのではなく、一人の個人の恋と性と死を、確認するための神話だとすれば。地祇、或いは更に古い祀られぬ神々の物語は、最大公約数から外れる個人が詠わなければ、誰が詠い得るというのか。

昂るけもの地祇のみどりへ華を産む

その児流され脚の生ゆ日子(ひゆ)の軍

 如何なる「宇気比」を、即ち如何なる神託を、書く者自らが審神者となって判断すれば良いのか。審神者となる、とは、己を神の鏡と化す事だ。神風連はなぜ、明治政府の欧化政策に、死を賭けて刃向かったのか。己が血を護るためではなかったか。

宇気比(うけい)にかけ志士冴え返る水鏡

鏡像は花咲く森の死のむこう

 生きる限りは、戦争という、人間の本能とも言える暗黒を、地上にかつて一日たりとも絶えた事のない殺戮を、見続けなければならない。凝視するとは苦痛である。

地の腹に花火分かれて臓物の街

ミサイルも戦車も溶けずされど緑雨

 戦争の状況を詠うだけでは、もはや充分ではない。戦争が常に掲げる正義を、どう疑い、正義にどう抗し、どんな反語と諧謔を以て、戦争を、本能を見抜こうとするか。

枯野薔薇少年兵の撃つ快楽

詩を書くな戦争だけをさるすべり

 第三次世界大戦がこれほど迫り来た事は無かった。国々に伝染する悪疫の如く、戦時が常態化する国は増えゆくのか。だが、己が炬火を掲げる困難さとは、常に一個人それぞれの、独自のものだ。己が独自の死を、性を、生きのびる事を求めゆく日々。己にとっての「国産み」の神話を探るとは、己が血を真っ向から見る事でもある。

腿深く螺鈿蒔くようほうたる来い

首筋に情死一擲の白百合

 此処に一巻の句集があり、あけっぴろげで不器用で、時にたどたどしく時に鋭く、時に婉曲であり時に直截だ。此の世と彼の世を、人間と八百万の神々とを、あるがままに観たいと立つ焔、宇気比に焦がれる焔の、その欠片が、それぞれの一句である。

 読者よ、その明かりの一片でも、己が心に灯されんことを。


  令和六年四月


 (この跋文は、6月21日亡くなられた竹岡一郎氏の加藤知子句集『情死一擲』に寄せられた跋文を転載させていただいたものである。竹岡氏の最後に執筆された文章ではないかと思われる。竹岡氏には、「俳句新空間」で様々なご協力をいただいたところから、加藤知子氏のご了解を得て転載させていただいたものである。その豊かな才能(時に過激な才能)を惜しみつつご冥福をお祈りしたい。 筑紫磐井)


英国Haiku便り[in Japan](48) 小野裕三


 インターナショナル俳句デー


 四月十七日は何の日? そう訊ねられて即答できる日本の俳人はおそらくいないだろう。正解は、「インターナショナル俳句デー(International Haiku Day)」。「世界俳句の日」といった感じか。

 僕もこの存在に気づいたのはつい最近だ。Facebookで外国人の俳人たちとのつながりが増えてきて、彼らの投稿をつらつらと見ていると、「インターナショナル俳句デー、おめでとう」みたいな投稿を四月にいくつか見かけた。それなりにコメント欄も盛り上がり、イベントの類も開かれているように見えた。

 そこで調べてみると、このインターナショナル俳句デーは、決して歴史が古いものでもない。二〇〇七年に、サリ・グランドスタッフという米国の女性が「ナショナル俳句デー」、つまり「米国民の俳句の日」を提唱した。二〇一二年には「俳句ファウンデーション」という団体がそれを引き継ぎ発展させて今に至る。その過程でもともと二月だった時期が四月に変更され、かつ「ナショナル」が「インターナショナル」に変わった。それがその日が誕生した経緯だ。

 それにしても、なぜ四月十七日なのか。芭蕉関連の何かの記念日、もしくは西洋に俳句が紹介された何かの記念日、と推測したが、その推測は見事に外れた。四月は、その月が米国での「詩の月間」だから、という単純な理由。そして、十七日は、俳句が十七音である、というその数字に準えたもの。

 その経緯からは、米国由来と思えなくもない「インターナショナル俳句デー」だが、僕が会員になっている英国俳句協会でもしっかり盛り上がっていたので、米国以外でもそれなりの認知があるようだ。他にもカナダ、豪州、欧州諸国にも広がっている様子である。

 提唱団体とも言える「俳句ファウンデーション」では、その日に合わせて俳句コンテストや集会なども呼びかける。ユニークなのは、ネット上での連句的なイベントや、さらには俳句を組み込んだ動画関連のイベントもあることだ。「俳句ライフ映画祭」と銘打った企画では、一句を十七秒で紹介してそれを十七句分繰り返す、という基本フォーマットで動画を作ることを呼びかける。計五分弱の長さの俳句動画ができるというわけだ。他にも「ビデオ俳画」という呼称で作られたものや、現代アート的な趣きの動画もあって、とにかくその多彩さやユニークさ、そして熱気には驚く他ない。

 これまで、英語俳句の世界はまるで日本の俳句に対するパラレルワールドのように存在し、そしてひょっとすると日本の俳句よりも新しいことに野心的で実験精神がある、とうすうす感じてきたが、「インターナショナル俳句デー」を目にしてまさにその感を強くした。

※写真は英国俳句協会ウェブサイトより

(『海原』2023年10月号より転載)

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり14 『金魚』阪西敦子句集(2024年刊、ふらんす堂) 豊里友行

 ラガーらの目に一瞬の空戻る


 稲畑汀子の言葉として「見るから観るへ」というのがある。これはただ眺めるだけではなく、その奥にある季題の本質を探ることが大切であるという意味だが、まさにそれを実践した素晴らしい作品群である。

                 稲畑廣太郎

スクラムといふ枯芝の塊に

スクラムに射す視線とも冬日とも

マフラーに皆声援をくぐもらせ

一度だけトライの後の白き息

ノーサイド枯野へ人を帰しけり


 帯文の秀句だけでなくラグビーの俳句にも良い俳句があるので御紹介しますね。

スクラムを枯芝の塊に喩え方が面白い。

 またスクラムを組んでいく中でラガーらの視線が飛び交う。其処には冬日も零れている。

ラグビーの観戦者も闘志で温まりたいところだがマフラーに埋もれた顔からくぐもった声援が飛び交う。

 たった一度だけのトライの後に見たラガーの彼の白い息が印象的だ。

ラガーらの夢は走り続けたいところだが、夢の続きは枯野へ。ノーサイドが鳴り響きば、人々は帰る場所へ帰っていくが、夢野は思い出すたびにラガーらの疾駆を鮮やかに蘇らせる。


 どれも選びがいのある俳句ばかりで丁寧に読んで楽しんで欲しい。


焼藷の大きな皮をはづしけり


 焼藷の大きな皮を鎧のように「外す」と捉えた処にこの秀句の慧眼が冴える。

 他にも沢山の秀句がある。

 その中でも主眼の俳句に私は、魅了された。

 丁寧に生きることの大切さを噛み締めるように俳句に結実させていて脱帽です。



燗熱く出番を待つてをりにけり

煮凝をとらへて匙のたのしさよ

団栗の光を奪ふやう握る

柿剥いて夜の電話を待つてをり


 「燗熱く」は、熱燗と捉えてみるといい。擬人化された熱燗は出番を待っている。

もちろん作者の丁寧な心遣いと御もてなしが待っているのですよね。

 煮凝を匙で丁寧に掬い取る料理の所作も愛情燦燦と楽しいことよ。世の男性らは、其処まで想像できなくともこの俳句で一目瞭然ですね。

 団栗の光を奪うように掌(てのひら)に握る。この独自の感性の開花をもっともっと大切にして欲しい。

 夜の電話を待っている御相手は、さておき。柿を剥いて夜のお喋り舞台は満月の受話器のテーブル上で柿をおつまみにしながら夜も更けていく。

 「また人に抜かれ春著のうれしさよ」とあるように句友の開花も喜び、「お先にどうぞ。」と、にこやかに俳句の座を温めているひとりひとりも大切だが、独自の感性の開花も丁寧に向き合うことでさらなる俳句の昇華があり、俳句の座をさらに切磋琢磨の座にするのだから、ゆうゆうとだけれども丁寧な一歩一歩は、確かな秀句をもたらしてくれる。そんな自己の開花も並々ならぬ嬉しさでしょうね。


東京に友人多し絵双六


 東京に友人が多いという。まるで絵巻のように双六を振って楽しい花詣でにでも出かけるようだ。


またひとり近づいてゆく春の海


 またひとり近づいていく春の海を眺めている作者がいる。春の海を鷲掴みした秀句。


いい服を着てとてもいい枯野行く


 好きな服を着てテンションを上げてみる。人生と深読みする必要もなく素敵な枯野を行く。

 人生は、楽しんだもんがち。そんな歌もあるけれど俳句にしてくださる人生の先輩たちは、そうそう。俳人の先輩たちには多くいらっしゃる。この方もですよね。


身につけて動きの速きちやんちやんこ

落椿水へませて流れけり

黴びてゐて心当たりの形かな

柄よりも大きな口や初浴衣

振り向きて水着の中の水動く

窓広く夏の終わりとなつてゐる

桃の毛と眼の映るナイフかな

夏牡蠣の一皿大いなる白さ


 ちゃんちゃんこの動きの速さを鮮やかに身につけた者への愛燦燦と俳句にしたためる。

 落椿の重さが水を凹ませながら流れている。

 黴(かび)具合にうっとりするくらい。だけれどもその形具合からその黴の主に心当たりがある。ユーモラスに捉えてみないと口惜しい作者なのかもしれない。

 浴衣の金魚よりも大きな歓喜の独楽のように口を大きく開けた笑顔は、初浴衣のお孫さんでしょうか。

 振り向いたら少女の水着を絞るように肢体を捩じらせて水着の中の水もまた動く瞬間をこの俳人は見逃さない。

 窓は伸び縮みすることは無いのだが、この作者は夏の終わりを空の深さが増してくる中で窓をキャンバスのように眺めた秀句だ。

 桃の産毛とナイフに映る眼を意識して見せるところに写実を超えて不思議な世界をパズルのように創造している。

 観察眼。写生の大切さを日々精進の中で養いながらも独自の瑞々しい感性を盛り込んで慧眼の秀句を夏牡蠣のお皿に盛りつけている。


 観察眼の徹底した共鳴句をいただきます。


白鳥の重き加速ありにけり

鉦打つて風呼んでをり阿波踊

牡蠣買うて愛なども告げられてゐる

葉先みな風へ向けたる落葉かな

すぐ果つる街でありけり朝の雪

菫すみれいつも走つてゐるわたし

青梅をくぐりて少女歌ひだす

むかし川見えたる蛍袋かな

熟れながら風を呼びたるバナナかな

簡単な腰掛ありて梅見かな

初花の下を運ばれゆくピアノ

パンプスはあを草の花踏みたがる

電話に出る声豊かり熊手売

枝揺らし春の鴉となりにけり

桜さくら空の見えない桜かな

いつまでも冬日の中の鴉かな

涼しさの魚と鳥と木の話

鰻食ひ終へ足早に帰られし

夏蝶の雨のあひだを昇りけり

空豆の皮ていねいに皮の上

肩と肩触れて青葉をくぐりけり

うそ寒の吊り広告の真下なる

山茶花の増えつつ町もはづれかな

クリスマス市の人形歯白し

こはくないひとつひとつの桜かな

鬼灯の内なる日差なりしかな

東京のどの渋滞も黄落す

ジャズはソロへ移りぬ暖房の匂ひ


第49回皐月句会(5月)[速報]

投句〆切5/11 (土) 

選句〆切5/21 (火) 


(5点句以上)

8点句

グラスみな裏返されて夏きざす(仲寒蟬)

【評】 俳句を、言葉で作ると捉えるか、素材で作ると捉えるか、によって、まるきり評価が逆転する句と見ます。謂わば、濃い味を好むか薄い味を好むかの嗜好の違いですね。個人的好みをなるべく排しての選を心掛けるなら、こうした恬然たる句に敬意を表します。──平野山斗士


夜店の灯まっ赤なものを舐めている(望月士郎)

【評】 林檎飴か何かなのだろうがこう書かれると血でも舐めているかのようで恐い。──仲寒蟬

【評】 金魚、りんご飴、風車、帯、水風船、綿菓子、旗幟・・・赤を引っ張り出して、いろいろな記憶へ連れ込まれる?それも舐めるように・・・!──夏木久


7点句

おむすびの中は未知なるみどりの日(松下カロ)

【評】 みどりの日はかつて昭和の天皇誕生日からの名称変更があり、昭和の日との置き換わりもあり、名実が揺らぎながらも平日に返されずに存続している。ピクニック日和に恵まれて芝生に転げ出た沢山のおむすびに目移りする。お目当ての具入りは何れであろうか。──妹尾健太郎

【評】 未知というのはちょっと怖い。みどりの日だから何かの草や葉なのかもしれない。食べられないことはあるまい。──仲寒蟬


6点句

炎天の真ん中昏し裸馬(田中葉月)


5点句

肘掛けに肘やはらかき五月かな(依光陽子)

【評】 肘掛けにおそらく素肌の肘の存在。柔らかくひんやりとした質感が季題五月と響き合う。──小沢麻結


バビロンの滅亡に似て牡丹散る(仲寒蟬)


(選評若干)

月山を寝釈迦にしたる春の雲 2点 山本敏倖

【評】 季節が春ということはよしとして、月山を囲む春の雲によって月山そのものが涅槃像に見えると見立てた。スケールの大きな句。──仲寒蟬


紅テントくらくら揺れる五月闇 4点 佐藤りえ

【評】 紅テント、先日亡くなった唐十郎主宰の状況劇場の通称。中七が、上五、下五へ両掛かりになっており、紅テントと五月闇の配合が色彩感を詩的に際立たせている。──山本敏倖

【評】 追悼唐 花園神社乱闘を思い出します──真矢ひろみ

【評】 状況劇場、唐組の紅テントだろう。その周りの、また、それが張られていない時の五月闇。時空がくらくら揺れる。紅テントがくらくら揺れる。──依光陽子


風五月句友は永遠に若きまま 2点 渡部有紀子

【評】 何となく分かるなあ。自分ひとりが歳を取ってゆくような感じ。──仲寒蟬

【評】 澤田和弥さん…──依光陽子


筍や自分で脱いでくれないか 4点 中村猛虎

【評】 筍に皮を脱ぐという季語から連想される中七以降が面白い。手間がかかる子どもの世話ともとれるが、付き合って日の経った男女間ともとれる。──辻村麻乃

【評】 櫂未知子氏の名句〈春は曙そろそろ帰つてくれないか〉へのオマージュとしても秀逸。〈春は曙〉句の話者が、女性だとするならば、掲句の〈筍〉は男性であり、「竹の皮脱ぐ」の季題諷詠でもあります。すばらしい!──飯田冬眞


汐干狩より帰りたる息を吐く 3点 依光陽子

【評】 まるで、浅蜊の化身のように、息を吐いている。疲労感と不思議な一体化・・蜃気楼の内側の遠浅の浜にでも入り込んだような、文字通り不思議な句である。──堀本吟


鳥の恋たのし並んで糞垂れて 4点 岸本尚毅

【評】 身も蓋もないですが、そうですね。地上の我々のことなど気にすることなく、飛び回っていただきたい。──佐藤りえ


鳴らせずに麦笛持って帰って来る 1点 妹尾健太郎

【評】 「持って帰って来る」という冗長な言い方の中に残念がっている作者の気持ちが籠められている。傍から見ると滑稽なのだが。──仲寒蟬


【豊里友行句集『地球のリレー』を読みたい】2 豊里友行句集『地球のリレー』:杉山久子

 この洞窟(ガマ)も口を塞がれ蝉しぐれ


 沖縄には多くの洞窟(ガマ)があり、戦争中は避難場所や日本軍の陣地あるいは野戦病院として利用されたと聞く。その中で発見されないまま、特定されないまま遺骨として眠っておられる方も多いだろう。 「口を塞がれ」という表現に、蹂躙され、奪い去られ、押し付けられ、見捨てられた人たちの痛切な叫びがなおも押さえ込まれようとしている現実を思う。


壕中を燈す鉄砲百合の悲鳴


 この句の悲鳴もまた塞がれようとしているのではと戦慄する。 今を生き、いっしんに鳴きつづける蝉たちの命の音がかなしいほどに降り注ぐ。


 最後の章「地球のリレー」には、こんな文章がある。


地球上の生きものすべてや

死者でさえ繋がり合って 

地球のリレーを織り成す


 命のリレーを繋げて行きたいという氏の強い祈りのようにも感じられる。それは決して塞がれるようなことがあってはならない。


【新連載】大井恒行『水月伝』評(2)  田中 信克

  前回(8月23日のブログ更新)、大井恒行の第四句集『水月伝』について、その全体構成の特徴と、第Ⅰ章、第Ⅱ章の感想を述べた。今回はそれに続く第Ⅲ章、第Ⅳ章と、全体を振り返って考えたことなどを申し述べたい。


【章全体が追悼句であることの意味】

 まず第Ⅲ章であるが、この章は全てが追悼句で構成されるという特徴的な形を採っている。追悼の対象は三十九人。勿論俳人が多いのだが、他にも、歌人、画家、前衛芸術家、パフォーマー、編集者といった様々な芸術・創作ジャンルの人々が、この章に刻印されることになった。


  よろぼいて神よと問いし白き貌 (市原克敏 歌人)

  風は木に木は風になる風の倉  (風倉匠 前衛芸術家)

  「花の悲歌」芥子の花にぞとこしなえ (糸大八 画家)

  栲(たく)よまた吹かれる風に吊り上ぐ椿 (首くくり栲象 パフォーマー・俳優)

  美本づくしの史世一民(ふみよかずたみ)万華鏡 (大泉史世 編集者・装幀家)

 

 これらの職業分野や肩書の広さは、そのまま大井の交友網の度量と幅とを示している。この章には、彼らへの追悼の思いと同時に、彼らがその人生を賭けて追い求めたものが記録され、大井自身が彼らと共に生きた時代が振り返られて、大切に収められているようだ。


  残像やかの狼やあやまちや (三橋敏雄)

  いくたびもまかせて希望の春を言いし (佐藤鬼房)

  「憲法を変えるたくらみ」六林男の訃 (鈴木六林男)

  切り抜きは重信の記事桃遊び (中村苑子)

  郁山人淋しきものは長き春 (加藤郁乎)

  糸電話浩司安井のさるおがせ (安井浩司)

  極彩のみちのくあれば幸せしあわせ (澤好摩)

 

 俳人では、三橋敏雄、佐藤鬼房、鈴木六林男、和田悟朗、金子兜太といった新興・前衛俳句を担った先人達が追悼される。また中村苑子や加藤郁乎、安井浩司、澤好摩など、高柳重信との縁が深く、やはり戦後俳句の一角を築いた作家達が記録され、彼らとの思い出が偲ばれている。これらの作家達は、その芸術思想や創作作品において、それぞれの時代を象徴する面々であり、彼らの他界は、そのまま俳句の時代の変遷を示すものでもあろう。言ってみれば「昭和は遠くなりにけり」といった感慨だろうか。


  我ではなく春の硝子に満ちる影 (大本義幸)

  裕一郎驟雨に似たる花吹雪 (長岡裕一郎)


 当然ながら、作者の所属する『豈』を飾った、大本義幸や長岡裕一郎といった作家達も登場する。またその傍らで『未定』や『海程』で活躍した作家達も追悼されており、読んでいると、まるでここ五十年程の現代俳句史の再現ドラマを見ているような気分になる。

 私の存じない方も多いので、ネット検索をしたり、大井のブログ『日々彼是』や『新・俳句空間』の記述を色々と当たってみた。俳句作品、経歴や創作主張、数々のエピソード。それらを読んでゆくと、この章の一つ一つの作品が実に立体的に見えてくる。作家によっては短歌や絵画などをこなす人も居て、そうしたイメージを重ね合わせると、まるで万華鏡のような世界観が拡がってくる。彼らがいかに創作に心を砕いたか。その様子が窺われるとともに、大井達との間で交わされたであろう文芸論議や、相互の心のやりとりが想像できて、この章自体がひとつの大河小説であるかのような豊かさを感じさせるのである。

 追悼された人々の中には、私自身が面識を持つ人達も居て懐かしかった。


  水中の水はレモンの水ならん (和田悟朗)

  他界の春を与太な兜太よ九八 (金子兜太)

  朋の死後わが死後秋の青空よ (葛城綾呂)


 など、私が直接感じた人物の雰囲気がそのまま現れていて、世話になった思い出とともに、私自身の過去を振り返って色々な感慨に浸ることが出来た。付言であるが、この三十九人の中には、大井の令室である救仁郷由美子も、大井自身が個人的に世話になった人達も含まれている。その意味でもこの章の持つ意味は換え難いものがある。


【追悼句集=一つの「俳]の構造として】

 もう一つ思ったことがある。この章はその構造自体が、多分に「俳句的」であるということである。俳句においては、季語や時事語といった象徴性・テーマ性の強い言葉が重要な役割を果たす。季語が象徴する自然感や生活との関り、時代を越えてその言葉の中に紡がれた思いなどが、総体となって十七音の中に響いている。また時事語や流行り言葉は、現在の社会や歴史を考える上での読者との共通項として働き、その言葉が問い掛ける課題や意義についての対話が深められる効果を持つ。この章を読んでいると、追悼された人々の存在自身が、俳句における季語や時代のキーワードであるかのような、そんな気がしてくるのだ。先ほども書いたが、彼らが担った役割や業績、彼らが抱いた芸術観や社会観、人生観のようなものが読者と対峙し、読者との対話を誘ってゆく。そんな構造が、各作品の中に仕込まれているような気がするのである。いわば読者は、大井という「語り部」を媒介として、時代を負って懸命に生きた人々の人生に向き合い、その価値を共に考え、理解し合う、そのような構造的な機能があるように思われる。そう考えると、この章自体が、大井が仕掛けた壮大な「俳句装置」であるようにも見えてくるのである。


【第Ⅳ章 日本の社会文化を見つめ直して】

 さて最後の第Ⅳ章に入りたい。前回の掲載で、第Ⅰ章について「戦前から現在に至る日本と世界が問い直され」ていると書いた。この第Ⅳ章においても多分にその意識は窺える。「団塊世代」「昭和」「この国」「チェルノブイリ」「白頭山」「ウクライナ」といった言葉の数々は、そのことを裏付けているようだ。しかし、作品の個々を比較してゆくと、その視線や捉え方の方向性に、第Ⅰ章とはまた違った味わいが感じられる。第Ⅰ章では、歴史的な出来事や社会事情などの「事実」を見つめ直し、それらが人々に与えた精神的な影響を考察してゆく手法が多いのに対し、この第Ⅳ章では、人々の「心の内側」にまず目が向けられ、その在り方を探ることで、逆に社会を観てゆくような、そんなアプローチの仕方が印象的である。


  春風や人は木偶なり踊るなり             

  涙のつぶ怒りのつぶも天秤に             


 この章の二頁目、98頁に置かれた二句である。この二句などは端的にそのことを示しているようだ。「春風」の句では、様々な言動に踊らされる民衆の姿と心情が表現されている。大きな事件が起きるたびに、それをどう捉えるか、どう向き合うべきがといった報道やコメントが発信されるが、大衆の多くは、それらの言動に疑いを抱かず、またそれに同調することに甘美な愉悦を覚えつつ、様々な感情に翻弄されてゆく。そんな国民達を優しく笑うように、またさらりと諦めるように、春風がそよそよとじわじわとこの国土を覆ってゆくのである。また二句目には、被害や不幸に悩まされる人々の心情と、それを社会に訴える行動との間で起きる、表現しがたい懸念や思いが表現されているようだ。日本人の場合、我慢することが一つの美徳だと見做される面も依然として存在し、しかし、訴えないことには、自己の救済のみならず、社会が良い方向に変わらないといった正義の思いもあり、それがこの句の「天秤」という言葉に象徴されているようだ。その危ういバランスの間に、様々な痛みがあり、願いがあり、諦めがある。これなどは日本社会の底に貯まるやるせない心情だと思われる。


  善魔より悪魔待たれる春一番            

  砲手ならずも絶えて久しき労農派          

  赤い十字架「ぎなのこるがふのよかと」       

  墨書は「死民」暗黒の満つ力石(ちからいし)           

  方言札いまは無きかや琉歌(ウタ)の夏  

         

 これらの作品にも同様のことが言える。「善魔より悪魔」とは遠藤周作の言葉だろう。大内兵衛などの労農派の主張がすっかりさびれてしまった侘しさ。谷川雁の詩の一節、「ぎなのこるがふのよかと(残った奴が運のいい奴)」という熊本弁にささやかれた人生の感慨。「死民」の文字に再び問われる水俣病の悲惨さ。「方言札」に思う同化教育と米国による支配の双方の問題。この章では、こうした社会状態の中での国民の悲しみや畏れ、暗澹たる思いや諦めが、その心を救い取るかのように、静かに訴えるように詠われてゆく。そうした過程の中で、作者の想う「日本の姿」が重ねられ、読者の解釈を交えつつ、様々な考察が為されてゆく。このように俳句作品を媒介にして、作者と読者との対話が進んでゆくのである。こうした方法は、複雑さと多様性を増してゆく今後の社会のことを考えてみても、実に有効な理解形成の手段の一つだとも思えるのである。

 また後半になるが、近年のウクライナ戦争や国際情勢を扱った作品も印象深いものがあった。

   

  ダモイ(家へ)また聞くに堪えざる春隣(ウクライナ)       

  狐のかんざし素人戦(しろうといくさ)つかまつる           


 「ダモイ」については前回掲載の第一章のところで書いた。そこには戦後のシベリア抑留で日本国民が負った悲惨な状況と帰郷への悲痛が思いが語られていた。ところが、その時代から七十五年以上を経た現在において、ロシアのウクライナ侵攻が起こり、その被害の中で、同じロシア語による願いの言葉が、双方の国民の口から語られているのである。歴史は繰り返すと言うが、戦争という愚かさに対する憤りが、静かな句調の中に痛々しく表現されている。侵攻が起きたのが二月であり、雪に覆われた大陸の河を、板を渡しただけの橋をつたって非難して行った人々の姿が記憶に蘇える。「春隣」と言う季語がこれほどの意味を持つ俳句も珍しいのではあるまいか。

 二句目の「素人戦」も言い得て妙な表現である。中東やアジア地域での覇権と支配の問題、世界各所での国内紛争とテロやゲリラ行為など、現在の世界情勢を見事に揶揄していると思われる。第二次世界大戦後、四分の三世紀以上が経過して、現在の世界の主導者達には、地球規模の大戦の経験を持つ人は存在しなくなっている。侵攻や内紛を起こしたり収めたりする処方には長けていても、大戦のレベルとなれば、ほぼ「素人」であることは否めない。また優秀で真面目な「素人」ほど、理論的には正しいが、現場の事情に不適合な政策を無理に進めてしまうおそれがあり、その懸念についても歴史はまた教えてくれている。この句は、ユーモラスな表現の内に重い憂鬱と懸念とを仄めかしてもいるようだ。戦争が犯す取り返せぬ過ちというもの。第一章の最終句「戦争に注意 白線の内側へ」がここでも想い出され、再び警鐘が鳴らされるのである。


【国民性への想いと慈悲の眼差し】

 もう一つ、この章の感想として述べておきたいことがある。それは、前述したような悲しみや不幸、諸々の問題を引きずりながらも、次の句のような美徳と美意識を信じて崩さない、この国の国民性への指摘とそれに寄り添う心である。


  虚舟(むなしぶね)漕ぎつつ列を崩さざる             

  虚舟(むなしぶね)漕ぐ汝と我とすめろぎと           


 大きな災害の最中でも、感染症の混乱の中でも、整然と列を作って並ぶ、従順で規律正しい国民の姿。「すめろぎ」に対する理由もない信頼と思慕。「虚舟(むなしぶね)」とはなんともシニカルなでありながら、言うに言えないこの国の美意識を示しているようで哀しく切ない。


  雪花菜(きらず)なれいささか花を葬(おく)りつつ     

  この国をめぐる花かな尽きたる山河         


 最後に、この『水月伝』の最終頁の二句を挙げて、感想の結びとしたい。二つとも色々な意味でこの句集を象徴しているように思われる。前述したように、この句集の四つの章においては、戦前から戦後、現在に至るまでの人々や社会の姿が見つめられてきた。その中には作者自身の姿もあり、また第Ⅲ章に見るように、周囲の人達の面影も大切に収められている。作者の視線は、優しさと思い遣りを持ちながら、冷静で繊細で、どこかシニカルでもユーモラスでありといった、何とも言えぬ味わいに満ちている。過ぎ去った時代や事象、人々や社会に対して手向けられる花束。それがこの句集の一つの意味でもあろう。しかし、それが雪花菜=オカラであるという表現は、自虐めきながらもなんとも美しく、不思議な味わいを持つものだ。また二句目は「尽きたる山河」という現実感になんども言えぬ凄みをを感じる。その痛々しさを見つめつつも、この国とそこに生きる我々に、そっと添えられる花を見出す。その願いの内に、「この国」を深く強く思う作者の心情が窺える。時代と社会を見つめる「慈悲の心」とでも言ったものであろうか。

 仏像に「水月観音」というものがある。観音菩薩が水に映る月を見つめる構図の像である。観音の多くは白衣姿であり、水墨で描かれる画幅も多い。静かな時間の中に、じっと水面の月を見つめる菩薩の眼差しが表現されている。この句集に詠われた事象の数々、追悼された人々の想い出、作品に込められた諸々の思いは、たしかに「水に映る月」のように揺れて儚いものなのかもしれない。しかし、それらを見守り続ける瞳と心が、この句集の根底には存在する。『水月伝』というこの句集名にも通じるようでもあり、実に不思議な意味の符合を感じるのだ。そのことを添えて、この句集についての考察を結びたい。

(約5500字)