サイファイ句(SF俳句)の社会性と造形性
scifaiku(サイファイ句)なる言葉は、けっこう英語圏では定着している新語のようだ。scifi(サイファイ)はサイエンスフィクションの略でSFを示す一般用語だが、それにkuが加わり、SF的なモチーフを詠む俳句を表す造語となった。一九六〇年代頃から動きはあったらしいが、一九九五年にはトム・ブリンクという人物が「サイファイク宣言」を発表した。
twin moons chase stars
Mars descends into the cold
another night alone Wendy Van Camp
二つの月が星を追う / 火星は冷えこむ / またひとりぼっちの夜
サイファイ句は五七五や季語には拘らない一方で、俳句的感性を巧みに活用する。例えば、火星に人が住むようになった時、どんな景色が見えて、人はどのように暮らし、何を感じるのか。そんなことを俳句的な凝縮力を使って探るのだ。
ひとつ注目すべきことは、英語圏におけるhaikuの包容力・柔軟性や貪欲さだ。SF的素材すらもやすやすと領域内に取り込み、「サイファイ句」なる造語まで作って拡大と多様化を遂げるhaikuの姿には驚嘆する。このようにジャンル名とkuを組み合わせた英語の造語は数多く、「ホラー句(horrorku)」などもある。
これらの動きを、俳句としては邪道なもの、と異端視するのは容易い。だがサイファイ句は、俳句の想像性や社会との関係といった大きな問題に届く射程を持つとも言え、どこか硬直した日本の俳句よりもよっぽど可能性がありそうだ。
HEARTBREAK
she fell in love
her man was perfect
the robot with no heart K. A. Williams
「失恋」 彼女は恋をした / それは完璧な男 / 心を持たぬロボット
サイファイ句は、スペキュラティブ・ポエトリーという現代詩の流れに位置づけられる。スペキュラティブは推論や思索を意味する形容詞だが、デザインの世界では「ありうる未来の姿を予測することで社会に問題提起する」手法として注目されてきた。同様のことは詩でも可能だろう。未来の世界では人は何を感じるか。そのことを端的に捉えるために、時空を凝縮して切り取る俳句の力が活きる。
サイファイ句とは想像の中での吟行だ、と説明する人もいる。詩とは太古から預言者のものだからサイファイ句も未来を語る預言的な詩だ、と説明する人もいる。そう思えば、サイファイ句とは、未来予測という形で社会とも繋がり、かつそれが想像的造形となって詩に昇華したものとも思える。つまり、俳句形式において社会性と造形性を同時に実現したものがサイファイ句だ、と考えると面白い。
※写真はKate Paulさん提供
(『海原』2023年7-8月号より転載)