2024年5月17日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり7 加藤知子句集『たかざれき』(2020年刊、弦書房)  豊里友行

音楽じかけのあなたを燃やす菜種梅雨

青嵐跳ねる鷲鳥小母さんの赤ん坊

よく眠る骨はこどもとカシオペア

魂魄を飛ばして赤い実青い実


 「音楽仕掛けのあなたを燃やす」のポエジーと菜種梅雨の季語の組み合わせも絶妙な物語性を構築している。

 青嵐の季語と鷲鳥小母さんの赤ん坊。

 よく眠る骨が子どもとカシオペア座にも。

 魂魄(こんぱく)の死者が自然界の赤い実や青い実の弾けて飛ぶことに物語性を生み出すのも絶妙。

 これらは、1句1句に童話のような物語が読み手の萌芽を持って俳句文学の深淵なる宇宙の扉への誘いがある。

 かというと俳句の持つ鷲掴みな物語も加藤知子俳句の面白味のひとつ。


蝶の翅表裏あるさびしさよ


 蝶の翅にある表と裏。真実の表裏から見出すさびしさへと誘う真骨頂がある。


すみれほど濡れて令和とひびきけり


 夏目漱石の俳句に「菫ほどな小さき人に生まれたし」があるが、加藤知子俳句は、いと小さき菫ほどに濡れた現代の元号「令和」を見出し、打ち鳴らす。


もの書きの肺に生まれる金魚かな


 モノやコトを書き綴る人の肺の闇に花火のような艶やかな金魚を咲かせて見せる加藤知子俳句の文学性が艶やかに句集に織り込まれている。


触れ合えば一指の先の芽吹くなり

ゆうべからかなかな無痛分娩中

夜をみがくわたくしだけの百合の部屋

わたくしへ伸びる雄蕊や梅全開

咳き込んで裸のゆらぎ岸浸し


 かと思えば、私性の中から女性の萌芽ともいえる多様な物語も見出されている。

触れ合うことでひとつになる指先の芽吹き。

 夕べからかなかなの身体の疼きのような無痛分娩中にある。

 夜を磨く私の中だけにある特別な百合の部屋も私という鍵をポエジーの宇宙の扉を開ける。

 そこに俳句独特な季語を内蔵することで俳句文学のあらたな地平を切り拓く。

 咳き込むことの存在のゆらぎに裸の私を震わすように焔の岸辺を創造している。

 俳句文学の地平の鍵盤を連弾のように打ち鳴らす魂の加藤知子俳句もさることながら巻末の評論【高漂浪(たかざれき)する常少女性 石牟礼道子の詩の原点へ】は、水俣病に関心を抱き、患者の魂の訴えをまとめた『苦海浄土ーわが水俣病』(1969年)などを発表し続けた石牟礼道子(いしむれ みちこ、1927年- 2018年)論も大変貴重な数珠玉だ。