2024年5月31日金曜日

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(46)  ふけとしこ

   州浜

はつなつの州浜鴉の影点々

会いたくもなるしえごの花散るし

藻の花を見るか去り行く水追ふか

お返しにしよう竹の皮十枚

雨止めばナガサキアゲハと出奔す


・・・

 以前『陰陽師』(夢枕獏・文春文庫)を読んでいた時にちょっと驚いたことがあった。いや、題材が題材ゆえ、驚くことばかりの内容ではあるのだが。

 主人公である安倍晴明が友人の源博雅と繰り広げる話である。

 ある時、清明が博雅に妖から逃れる術を教える場面。

 「実は先日来私は辛気を病んでおりまして、よく効く薬はないかと知人にたずねておりましたところ、本日、辛気の虫によく効くという薬草をその知人からいただきました」「それがハシリドコロという草を干したもので、それを煎じて、これほどの碗に三杯ほどいただきました。その後は、何やら、心がどうにかなってしまったようで、ここでぼうっとしております」と、こう答えるのだな、と告げる。

 これほどの碗というだけで、その大きさは分からないのだが……。

 ちょっと待って! と言いたくなった。ハシリドコロとは、猛毒の草ではないか。若芽はとても柔らかそうで、美味しそうに見えるが、うっかり食べてしまったら、狂ったように喚きながら走り回る、故に「ハシリ」との名があるというあの草。

 毒と薬は紙一重などと昔から言われているし、ジキタリス(狐の手袋)なども毒草であると同時に、心臓病には特効薬になるともいうからハシリドコロも同様なのだろうか。

 晴明なら薬草、毒草の扱いは心得ているはずだから、このような会話も成り立つということなのだろうが、考えていたらだんだん怖ろしくなってきた。

 鮮やかな緑色の柔らかそうな葉、臙脂色の釣鐘形の花を下向きに付ける草。

 ちょっと変わった雰囲気があって、手を出したくもなるのだが、止めておく方が賢明。

私は一度だけ見たことがある。

 神社の名も祭神の名も憶えていないが、裸足参りで知られた神社だとのことで、まずは石段の下で履物を脱いでから登るようにとの木札が立っていた。

 不信心な私は下から見上げただけだったが、その木札の側に生えていたのがこのハシリドコロだった。図鑑では何度も見ていたからすぐに分かった。こんな所に生えるのか~と思ったことであった。もちろん、手を出すことはしなかった。

 ハシリドコロは走野老と書かれる、ナス科の草。

 それにしても、この様な記録があるということは、この毒にやられた人があり、それを見ていた人があるということ。毒草として認識されるまでには、多くの犠牲が払われたことであろう。

 『陰陽師』もう一度読んでみようか。

 (2024・5)