2018年10月12日金曜日

【新連載・西村麒麟特集2】麒麟第2句集『鴨』を読みたい10 『鴨』――その付合的注釈 浅沼 璞

こないだ麒麟くんと話す機会があった。二人とも酔っていた。
俺「連句の付合みたいに読んでんだ、鴨を」
麒麟「句の並びはアレコレ考えましたから」
俺「じゃあ、連句的に註釈してもいいよね」
麒麟「もちろん、お願いします」
で、書いてる。もう酔ってない。

  水中りして凡兆を思ふかな
  禁酒して詰まらぬ人として端居   46頁


水中りして→禁酒して、凡兆→詰まらぬ、思ふ→端居。
初期俳諧的な言葉の連想による詞付(ことばづけ)。凡兆を思う人を「詰まらぬ」というのに諧謔あり。
同一人物がならぶ、其人(そのひと)の付。

  火を囲み皆静かなる花見かな
  何もかもリュックの中や桜守    116頁


火を囲み皆静か→何もかもリュックの中、でキャンプファイヤーを思わせながら、花見→桜守で意表をつく。
皆→桜守の人情他による向付(むかいづけ)でもある。

  屏風絵の賑はつてゐる飯屋かな
  呼ぶ時は必ず手紙冬紅葉       167頁

  
屏風絵→冬紅葉、賑はつてゐる飯屋→呼ぶ。
この付合、手紙が意表をつく無心所着(しょじゃく)。

  何の鮨あるか見てゐる生身魂
  廻り来て再び猫や走馬燈       140頁


前句を回転寿司と取成し、走馬燈をあしらった付。
結果、回転寿司のレーンに猫がのってるイメージも。やはり無心所着である。

  虫籠に住みて全く鳴かぬもの
  小さき墓ばかりや秋の海が見え    150頁


虫籠→秋の海、全く鳴かぬもの→小さき墓。
連句の題材である「無常」の付。

以上、麒麟くんを真似てスマホで打ってみたが、彼のようにはうまく打てない。
慣れぬことはせぬものである。酒がほしい。  《未完》



(【筑紫磐井注】辻村麻乃第2句集『るん』の出版記念会で、浅沼璞先生と西村麒麟がもりあがっていた。出版記念会の主人公をさておいて盛り上がっており、『鴨』を連句として読んでも良いかというのである。私は連句は素人なのであるが、「読み」の可能性としてはいろいろあると思う。ことによったら連句式の読みというのが一世風靡してもいいのではないかということでお願いした。麒麟君、《未完》とあるのだからもっともっと酒を差し上げて、続編を書いて貰ったらどうだろう。)

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