2019年1月25日金曜日

【麻乃第2句集『るん』を読みたい】8 「ルンルン♡」ではなくて  近恵

 辻村麻乃さんの第二句集『るん』はオレンジがかったピンクがきらきらしている華やかな色使いで、以前麻乃さんを見かけた時に着られていた着物の色と似ている。最初『るん』と聞いたとき、林真理子のデビュー作にしてベストセラーとなったエッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が真っ先に頭に浮かんできてどこか軽い感じがしてしまったのだが、どうもこの句集『るん』は「ルンルン♡」の「るん」ではなく、チベット仏教の概念による「ルン(rlung、風)」の事らしい。
 第一句集上梓の後の12年間に詠まれた句から選び出したであろう『るん』は春・夏・秋・冬・新年の五章立てで、同じ季語や同じシチュエーションで詠まれたと思われる句が纏まって並んでいたりする割にどこかとりとめのない感じがするのは、年代順ではないであろうが為、作者の過ごしてきた時間の経過や変化を読み取りにくいからかもしれない。そして、句集の見た目のような華やかさに反し、母親や父親、家族の句を中心に、吟行句、そして時々生の感情が見える句が紛れ込んでいるという句集だった。特に春に母や家族が多く読まれている。このあたりから季節を追ってこの句集をひも解いてみようと思う。

 るん春は全部で73句、うち母や父、家を詠んだと思われる、あるいは情が表出している句は16句。また、雛の句が7句、桜の句が8句と多いのも特徴的だ。
冒頭の2句は桜である。特に2句目の句
  出会ふ度翳を濃くする桜かな
 桜の美しさより、そこに潜む翳りをクローズアップしている。この句に象徴されるように、春の句はどことなく翳りのあるような雰囲気がある。
  花篝向かうの街で母が泣く
  言ひ返す夫の居なくて万愚節

 雛と母は、自らも娘を持つ母であるところから切り離せないモチーフなのであろう。3句目は母も娘も登場しないが、2句目と並んで掲載されることによって聞こえてくる歌声は胸の内の母の歌声のように思えてくる。
  雛のなき母の机にあられ菓子
  母留守の納戸に雛の眠りをり
  何処からか歌声聞こゆ雛納め

 そんな中、雛の句で気になる一句がある。
  雛の目の片方だけが抉れゐて
 雛人形の片目だけが抉れているというのだ。作者の屈折のようなものを感じずにはおれない。また同じように屈折を感じる句として以下の句も掲げておく。
  鞦韆をいくつ漕いだら生き返る
  砂利石に骨も混じれる春麗


 るん夏は全部で85句。父母家族の句は春程の頻度ではないが10句程登場する。春と同様、同じモチーフの句がいくつかある。また、動物園吟行らしき句が11句と多いのも特徴だ。
  母留守の家に麦茶を作り置く
  短夜やワオキツネザル子を隠す
  階上の夫の寝息や髪洗ふ

 春に比べると翳りよりももう少し濃い闇を見せる俳句が見受けられるようになる。
  夏シャツや背中に父の憑いてくる
  大夕焼ここは私の要らぬ場所

 作者の心の奥が生で聞こえてくるような俳句も見えてくる。
  肯定を会話に求めゐては朱夏
  生きようと思へば窓にカーネーション
  帰巣せよ虹立つ街を後にして 

 
 るん秋は全部で68句、父母や家族の句は6句くらいで、春のその割合に比べると随分と少なくなっている。
  病床の母の断ち切る桃ゼリー
  娘てふ添ひ難きもの鳥渡る

 また、はっきりとした感情や意思が生の言葉で書かれた句が目立ってくる。
  爽やかや腹立つ人が隣の座
 また、はっきりとした感情や意思が生の言葉で書かれた句が目立ってくる。
  爽やかや腹立つ人が隣の座
  鰯雲何も赦されてはをらぬ
 一方写生の目の効いた句も。
  鮭割りし中の赤さを鮭知らず
  重たげに動く秒針小鳥来る


 るん冬・新年は合わせて96句、全体の中で一番ボリュームが多い。母の句よりも家族や家族の中にある自分の存在を示す句が目に付く。また、父の句は、亡き父への深い思い入れに囚われているのを感じる。
  おお麻乃と言ふ父探す冬の駅
 一方母や家族への思いは一歩引いて客観視されているように感じる。
  小春日や陶器の家の灯りたる
  病床の王女の如きショールかな
  夫の持つ脈の期限や帰り花

 そんな中、強い言葉が目に付いた句をいくつか。
  愛しさと寂しさは対ゆきうさぎ
  我々が我になる時冬花火
  反芻し吐き出してゐる冬の海
  秩父町爆破するごと冬花火


  句集『るん』は、季節が移るごとに母の事から家族の事へと関心事が移っていっているように現れている。すなわち作者が娘である自分から妻であり母である家庭の一員としての自分へと変化していく過程を読み手は句集を通して俯瞰してみる事ができる。それは辻村麻乃という作家の自分だけの言葉の世界から、作者と読者の共通言語としての俳句の世界へと変化していく過程とどこか重なっているようにも見えた。

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