2019年1月11日金曜日

特集・大本義幸追悼「俳句新空間全句集」                       筑紫磐井編


 「豈」創刊同人であり、「俳句新空間」にも毎回参加されていた大本氏が昨年10月18日に亡くなった。実は「豈」創刊前に、「黄金海岸」という同人雑誌を創刊しており、この同人に攝津幸彦や坪内稔典らがいたから、いわゆる現代派と呼ばれる戦後生まれ作家の兄貴分にあたる作家であったのである。「黄金海岸」以後は、攝津幸彦の「豈」に一貫して作品を発表した。句集に『硝子器に春の影みち』がある。
 いずれ「豈」においても特集が組まれる予定であるが、BLOG「俳句新空間」においてもそれに先立ち「俳句新空間」に発表された全句集をもって追悼特集を組むこととしたい。『硝子器に春の影みち』以後の作品集を構成するものである。題名はすべて「老人と犬の国」。これは何を意味したものだろうか。

■俳句新空間第9号(30年4月30日)
―新春帖―老人と犬の国⑧ 大本義幸


朝だおきろ蝌蚪螻蛄蚯蚓そして毛虫たち
夜と朝の区別などない闇が捲れてゆく
三月の草木清楚で強いひかりを秘めて
此の坂もことしはダメか義足では
坂を上ると三月櫻がちらほらと咲き
沼に語りかける私には声がない
最後の常夜灯が消えて陽がのぼる
冷たさを秘めた鏃のような朝の陽
豆腐屋に霊が集まりひそひそと
梅雨晴れ間癌緩和センターに男たち
霜たける癌緩和センターの男たち
癌もコワイが副作用はもっと怖い
物言わぬわれを昼月が追ってくる
水音に誘われて咲くさくらかな
痛恨の如く朝日ののぼりくる
葉桜はまだか疵の如く葉が擦れ
血止め草午後の乾きを誘う草
銀河の尾はオーロラではない
ああ夕陽疲労にまみれ真赤です
骨の軋むような常闇がくる

■第8号(29年12月10日)
●世界名勝俳句選集
大本義幸

  四万十川
河とその名きれいに曲がる朝の邦
穀雨かな四万十川の虹二重
※若き日、松山に住んでいた頃高知のたむらちせい氏を訪うた。
  淀川
寵池事件淀川支流しずり雪
又の世は豆腐になって生まれたし
※今年の二月、肺癌再発の再検査で入院した。淀川に降る雪をみていた。
  千曲川
真直ぐに生きたしと思えば迷い雲
半鐘の鳴る村にうまれた夭き雲
※バーの店主に、上品な釣りだよ、と、鮎の友釣りを教わった。
  猪名川
猪名リバー胸抉るその逆白波
※猪名川畔で夜勤の多い印刷工を十年やった。心底疲れ切った。

―日盛帖―老人と犬の国⑦ 大本義幸

今、霊魂が躯を出てゆくところ
それを見ている幽霊には声がない
見果てぬ夢のかけらそれが霊
幽霊はふらふらと、霊魂は垂直に
声をもたない私は幽霊なのか、な
どんなものにも重さと形はあるが、
霊には重さも形もないが圧力はある
誰にでもある記憶の濃淡それが。
風の渦巻き、記憶の捩れ、もしかして
来しかたを刺す石の鏃それが霊かも

○肺癌の認定方法
関西医大枚方に入院したのは今年の二月六日~二月二五日までの二十日間。月曜に入院し、月曜は撮りためていたCT画像で、三年前の放射線治療の跡のすぐそばに新生の癌ができたかもしれない、と、いう説明。いわゆる再発だが、三年前は、七ミリで発見した。五ミリの白い影が少し大きくなるのを十四か月待つた。癌かもしれない、で、検査入院した。
七ミリの扁平表皮癌が検出された。パソコンで調べて松下記念病院に三泊四日の放射線治療のため入院した。この七ミリの放射線治療をした近くに出来ているかもしれない新生癌は、さしずめ四ミリ以下であるだろう。小さすぎて検査にも出せない大きさだ。関西医大では検査をして癌だと認定できなければいかなる処置も出来ないことになっているらしい今回は十一月二十八日に撮った松下記念病院でのPET画像が癌の確定に寄与している。
入院二日目から抗癌剤投与が始まった。二月のハッピーな入院生活を終え、片道二時限の癌緩和センターへの週一回の通院がはじまった。六月十三日まで五か月間、十五回の癌剤投与をやった。その副作用が足と手にでた。足はふらふらで歩けなくなり、今は義足を装着してやっとあるいている。手は文字がうまく書けない。PET画像は、ブドウ糖液が癌に付着しやすいという習性を利用しているわけだが、付着したから癌とはかぎらない。早期の癌の発見にも、それなりに、問題はある。

■第7号(29年3月25日)
―新春帖―老人と犬の国⑥ 大本義幸


わが声は喃語以下とかこの冬は
缶をあける音こそ喃語と湊圭史
擦れ揉まれくしゃくしゃ神が紙か
どんなものでも觜は冷たく硬い
紙をこすり生存を抱えもつ
荒木経惟は片目で世界を撮る
輪はふしぎなにもないけどのぞきみる
天体を鏡(きょう)とせり古代の舟は
風が刺す来し方これでいいのだ
赤ちゃんの発声練習が喃語です
ハングルはカタカナよりも困るなあ
おおかみのいない世界と思うかな
なんであれ釜山の売春少女像
光あれ河口の町の薄氷
本名を俳号とする不思議かな
骨組の目立たぬ人と冬に入る
一月の不思議な川は月に就き
天蓋の匂いに似たる金木犀
あっ、今年闇に匂わず金木犀
声なし味覚なし匂いなしこの軀

■第6号(28年9月15日)
●21世紀俳句選集
大本義幸

硝子器に風は充ちてよこの国に死なむ
ごめんねノートに遺す鰯雲
たんぽぽが死にたいと云う夕暮れだ
星きれい餓死という選択もある
三月の風よ集まれ釘に疵
夕暮れがきて貧困を措いてゆく
年収200万風が愛した鉄の町
風が喰(は)む硝子の歯ぎしりブラザー軒
長崎軍艦島に潜入タモリ一行
音声機能喪失わたしには声がない

―日盛帖―老人と犬の国⑤ 大本義幸

夕暮れのキリンの首を知らず踏む
シャッター街神の仕業かもしれぬ
葉桜はやさしき嘘にそまりつつ
やさしき雨わたくしは死をみていた
水音にさそわれている野望とか
梅雨晴れ間今の気持ちは知足かな
痛恨や真夏の蚊をまだ打たず
大きさの周りにいつも鯨いる
汗引いて戦争のことふと思う
鶏の鶏冠の赤はテロの赤
わが影にさしたる濃淡なかりけり
人間におおきな影のついてくる
月は欠け昨夜美し山河かな
合歓ひらく今生の生とじながら
五六人穴のまわりに影たてり
その日よりわが影に憑く昼の月
ぬけがらの幽霊いつも豆腐屋に
蹠(あしうら)の痒くなる日や十三夜
眠る波地球はまるいと水平線
豆腐屋に死人集まり幽霊は

■第5号(28年2月25日)
―新春帖―老人と犬の国④ 大本義幸


蹠(あしのうら) ひろげて夏蝉死んでいる
餌やるなドバトーカピパラ・猫寒いね
静かに螻蛄・毛虫地球はまだ眠っている
燃えないゴミ分別厳守の日
角野稔さんが死んだこれで五人目だ
われわれ七名は越前河岸に同宿したことがある
シリアからの難民三十万人ドイツを目指す
かつては天竺川にカピパラが居た
あれなんだ私に聞くな答える声がない
東京から出張中の轡田さんがまず逝った
酒好きな植村、和気さんがつづいた
今年一月村井さん逝く。次の句を贈る
寒い朝吐く息がみな霊に似て
セイタカアワダチソウは難民に似て、風が。
今年は世界中が難民に寛容だ
霜の夜精神が肉体を連れてくる
日本は北朝鮮の難民を受け入れるだろうか
たまたまなのか五人が死んだキモイ
凡庸に生きて六度の癌を賜る
シヤッター街神の仕業か霜を楷き

■第4号(27年8月20日)
―日盛帖―老人と犬の国 3 大本義幸


早朝の天竺川畔散歩が日課だ
初春でも朝四時はまだ暗い
あっ、桜に蕾が。!(びっくりまーく)だ
夜と朝のすきまにもぐりこんで歩く
水中に泥亀がいる動かない
生きていると云ってみ泥亀よ
三月の風よ集まれ釘に疵
櫻三月死者たちは裸足で歩く
ふりむくなら生きていると云ってくれ亀
音声機能喪失わたしには声がない
ブラタモリ」をユウチュウブで観る
長崎も寒いねと雪の中を歩いている
魚に骨坂の途中に造船所
長崎県軍艦島に潜入タモリー行
最盛期に五〇〇〇人が生活していた街だ
整備工いつも白服坂の町
わたしには声がない世界がみえない
櫻蘂われに声なし夏が来た
軍国時代の島と云うより街だ
軍艦島世界遺産反対と韓国政府

■第3号(27年2月20日)
―新春帖―老人と犬の国 2 大本義幸


わが生も風花ほどの重さにて
ブルーテントブルースああ雨だ
風死して星生まれくる泥土かな
東京難民大阪難民ここはどこ
天使など連れてくるなよ霊魂よ
年収200万風が愛した鉄の町
夕暮れがきて貧困を拑いてゆく
ところてん静かに沈み夕暮れだ
右手から闇に消えゆく路地の奥
ノンアルコールビールだねこの町
もしかして吐く息はみな霊に似て
災難はほら、輝く星とくるきっと
天災と朝顔ポストは右へと曲がる
白南風後期高齢者医療被保険者証
ほ、ほ、っ君は螢ホスピタル
死者はみな君の記憶を徒渉(かちわたる)
美しき星は泥土を浴す秋祭り
やわらかき右脳路地裏の猫よ
口開けて何も語らず轡田くん
つまり、死に行くものは語らず

■第2号(26年8月30日)
―夏行帖―老人と犬の国 大本義幸


風が喰(は)む硝子の歯ぎしりブラザー軒
風が煽る貧困歩いてくる影
高田渡的貧しい月がでる
ほざくなタンポポ死にたいなんて
眠れ、眠れ、ないのです。硝子が軋み
泡立ち草死にたくはないのだ俺も
死んでみたいとたんぽぽがほざく夕暮だ
歩き、歩き疲れて。草に埋もれて
貧困が歩いてくるL字病棟から
あの陰影死者をはこぶエレベーター
病院で死ぬということいぬふぐり
風が煽っている貧困をすこし
死体を隠すによい河口の町だね
老犬がひく老人暮れてゆく
つねに老婆は貧困に遭遇する
あばあさん僕より年上のおばあさん
生きるってつらいねそこのミミズ君
踏まれ、踏まれて。繊細になる指と釘の頭
わっせわせ肋(あばら)よ踊れ肺癌だ
さらば地球われら雫(いずく)す春の水

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