(114)大正の母者は傾ぐ片手桶
片手桶が使われる場所は風呂場だろう。片手桶からの湯を受けるため、身体を傾けている。今となっては、昔の生活というものがどのようなものなのかは想像でしかないが、湯というものを大切にした時代だったことが伺える。シャワーでの湯あみが当たり前の今の時代からみれば、風呂というのは、共同で使うものであり、特に身体を流す湯は大切に使われたことを想像する。
「母者」(=子などが親愛の情をこめて母を呼ぶ語。おかあさん)という浄瑠璃言葉から来る日常では使われない言葉が美しい。昭和を生きた敏雄だが、更に前の世代の大正を生きた母を見て、湯を大切にした時代観を思っての句だろうか。
冒頭一句目「昭和衰え」と掲句「大正の」と合わせ年号の句が登場する。二つの元号を生きて来た作者の人生の長さをも伺える。
制作時の拾遺と思える句がある。
生前の長湯の母を待つ暮春 『しだらでん』以降
<定本・三橋敏雄全句集>より
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