2018年3月23日金曜日

三橋敏雄『眞神』を誤読する 111. 緋縮緬噛み出す箪笥とはの秋  / 北川美美



111)緋縮緬噛み出す箪笥とはの秋


緋縮緬(ひぢりめん)は緋色の縮緬で主として長襦袢に用いられた。緋色の長襦袢は、月経の鮮血を目立たなくすることもあるが、遊女が着用するのが相場になり妖艶な女性を連想させる。


緋色は赤であり『眞神』には〈赤〉が多く登場し、赤は敏雄にとりテーマカラーでもあった。

鬼赤く戦争はまだつづくなり(2)
霧しづく体内暗く赤くして(24 
やまかがし窶れて赤き峠越ゆ(52 
身の丈や増す水赤く降りしきる(79

敏雄には緋色ではなく白い腰巻を詠んだ以下のような凄い句もある。といっても現在は独身女性に求められる処女性というのは時代とともに変化しつつあり、白い腰巻が白いままでも、びっくりしないという時代の価値観のズレがあるにはある。


大變や白腰巻は白きまま 『鷓鴣

 ※ちなみに2018年版「俳誌要覧」(東京四季出版)の 「この大家・ベテラン俳人を読め」にて福田若之さん激賞の高橋龍大變や生みし子の子を産む良夜」(P13,P33-35)は先行する敏雄句「大變や」を承知で倣った句ということになる。 高橋龍氏は敏雄句に精通している。


掲句、「とはの秋」が何故「永久の秋」では無く仮名表記なのかということを考えてみたい。

「とは」について言葉の長い歴史の変遷がある。「とわ(とは)」【常・永久】の前段階の語である「とことわ」の語誌に「とこ」が永久不変の意味であり、平安以降ハ行転呼音をへて「とわ」の形となり、「とこ」が脱落し、今日の「とわに」に至っているとある。

掲句も「とはに秋」でもよかったのではないかと思う節もあるが、敏雄の中では「永久」を「とは」と読むことは困難なのである。事実、ルビをほとんど振らない敏雄がルビを使っているのである。

さし湯して永久(とは)に父なる肉醤(にくびしほ)95

漢字「永久」を使う場合は、読みは「とは」が敏雄にとって自然なのだろう。







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