2023年5月12日金曜日

英国Haiku便り [in Japan] (37)  小野裕三


対日戦勝記念日

日本では戦争の記憶と言えば八月のイメージと重なるが、英国では雰囲気が異なる。英国で実感したのは、第一次世界大戦が持つ存在感だ。十一月十一日がその終結記念日で、だから十月頃から街でもテレビでも、追悼のための赤いポピーの花飾りをつけた人をよく見かけ、そのポピーを配る募金活動もよく目にする。日本の八月の持つ重たい雰囲気は、英国ではむしろこの秋の時期の方が近しい。

 第二次大戦で言えば、五月にVE デイ、八月にVJデイがある。VEのEはヨーロッパの頭文字で、「欧州での戦勝日」つまり対独戦勝日を意味する。ロンドンはドイツ軍から激しい空襲を受け、その傷跡は市内各地に未だに保存される。一方でVJは「日本への戦勝日(Victory over Japan Day)」の略だ。

 ロンドンには、「帝国戦争博物館」という施設もある。日本であればこの類の戦争関連の施設には概ね「平和」の名称が冠せられる。少なくとも、「帝国」「戦争」という名称の施設は絶対に日本には建設されないだろう。その博物館には、日本関連の展示も多く、広島に投下された原爆「リトル・ボーイ」の展示もある(写真)。驚いたことにそれは単なるレプリカなどではなく、「1945年から1950年にかけて原子爆弾用に作られた外殻の5つ」の一つが実際に広島上空で爆発し、残ったうちの一つがアメリカ政府から英国に貸与されて展示されている、との説明だ。ひょっとすると日本に投下されたかも知れない実物だと思うと、ひしひしと迫るものがある。

 二〇二〇年は第二次大戦終結から七十五年という節目で、VJ デイに英国の国立墓地で催された追悼式典に皇太子や首相が列席するのをBBCテレビなどでも見た。その場所にシンボルとして置かれていたのは、戦車でも戦闘機でも廃墟でも銅像でもなく、鉄道線路の一部だった。

 なぜそれが戦争のシンボルなのか、と思ったが、説明を聞くと、それは日本人による捕虜虐待のシンボルだった。日本軍が戦時中に急造したタイとビルマを結ぶ鉄道は、英国とその同盟国の捕虜が過酷な条件で働かされて多数の死者を出し、悪名高き「死の鉄道」、と呼ばれる。虐待死した死者数は、戦死者数に匹敵するほどだとか。だから、英国のVJデイで語られる戦争の記憶は、日本でよくある空襲や戦闘の証言ではなく、日本人による虐待がいかに酷いものだったか、に焦点が当たる。

 日本人の中ではおそらく、第二次世界大戦は〝対米戦争〟という意識が強く、英国との戦争は決して多くは語られない。その英国から見ると、日本との戦争が「捕虜虐待」に象徴されるというのは決して心地よい事実ではないが、それも直視すべき一つの事実だろう。

(『海原』2022年9月号より転載)