2021年10月1日金曜日

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(14)ふけとしこ

    晩年の文字

子蟷螂祈る形をまだ知らず

かなかなや話は話だけに消え

先生の晩年の文字草の絮

トマト飴塩飴秋の旱かな

いわし雲けふ会ひし人遇ひし虫

   ・・・

 「鴨の陣」という季語がある。私は「陣」というのは鴨達が集まっている様子をいうのだと思っていた。句会にこの季語を使った作品が出された時に、今ではどんな句だったかすっかり忘れてしまったが、当時参加していた人の解釈というか鑑賞が「鴨が一斉にこちらへ向かって来る時に云々」というものだった。「いや、浮寝してるか風をよけているのかで、一団になっているのを言うのではないか」との反論が出た。だが、彼女は言い張る。「違います!」と。「陣ですから戦です」と。出陣と間違えているのかなと思ったが、この人は言い張る人だから……と、次の句へ話題を移した。

 同じ人だが「水陽炎」のことも、私が水面の光が反射して、橋桁や水辺の幹などにゆらゆらと……と説明を始めたら、またしても「違います!」と言う。水陽炎は岸から離れた、例えば池の真ん中辺りが光を受けてキラキラしているのを言うのです。反射しているのは反射ですから陽炎とは言いません」と言い張る。

 「瓢の実」でも同様のことがあった。ひょんの実と言ったり、穴を吹けば鳴るからひょんの笛と言ったりもする。イスノキ(蚊母樹)の葉にできた虫癭、つまり虫瘤に過ぎないのだが、俳人達は面白がる。虫によって産み付けられた卵が葉の中で孵り、その成長につれ変形して木質化、結果硬くなっているのだが、これについても「いいえ実です!葉である訳がありません」と言い放った。

 この虫瘤は初夏にはもう出来ているが、まだ緑色である。成長して羽化した虫が穴を開けて出た後、8月になると茶色を帯びてきて、晩秋にはすっかり枯色というか焦茶色になる。でもよく見ると葉脈があり、葉であった名残りが見える。

 こんな場合、私は取り敢えず引き下がっておいて、後でこっそり調べる。そして、ああ、私が間違っていたと気付いたり、ほらご覧、私の方が正しかったよ、と心の中でニヤニヤしたりしている。なんとも狡いことではある。

 余談だがイスノキには3種類の虫瘤ができる。ひょんの実と呼ばれる大きなものと、丸くてちょっと潰れた団子のようなもの(少々気味悪い)と、葉に粒々とできる小さなものとがある。何れもアブラムシの仲間のイスノナガタマフシ・イスノコタマフシ・イスノハタマフシとそれぞれに親である虫の種類が異なるとのこと。

 自分の家でひょんの実ができたら面白いだろうと思って、公園の木から採ってきた種を植えてみた。発芽して一人前に育った木には、今のところ一番小さい虫瘤を作るイスノハタマフシしか産卵にきてくれない。

 (2021・9)

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