2022年1月28日金曜日

第45回現代俳句講座質疑(4)

 45回現代俳句講座「季語は生きている」筑紫磐井講師/

1120日(土)ゆいの森あらかわ

 

【赤野氏】「題詠」システムについて

  「ホトトギス」では「題詠」によって佳句が生まれるという構造については興味深く拝聴しました。ただ、それが季語、季題によるものであるという点については、また別なのではないかと感じました。たとえば、新興俳句では連作がよくされましたが、富澤赤黄男の「ランプ」

落日に支那のランプのホヤを拭く 

やがてランプに戦場のふかい闇がくるぞ

灯はちさし生きてゐるわが影はふとし

靴音がコツリコツリとあるランプ

銃声がポツンポツンとあるランプ

灯をともし潤子のやうな小さなランプ

このランプ小さけれどものを想はすよ

藁に醒めちさきつめたきランプなり

や、渡辺白泉の「支那事変郡作」における

繃帯を巻かれ巨大な兵となる

繃帯が上膞を攀ぢ背を走る

繃帯の中の手足を伸ばしてゐる

繃帯の瞼二重に天を瞠む

繃帯が寝台の上に起き上る

から、それぞれ

・やがてランプに戦場のふかい闇がくるぞ

・繃帯を巻かれ巨大な兵となる

といった名句が生まれたメカニズムも「題詠」と同様のものと思えます。すなわち、季語、季題に関わらず、ひとつのテーマに集中して多作する際に思わぬ佳句、名句が生まれる傾向があるということではないでしょうか。

 これは「方法」ですので、季語を季題、季感いずれに捉えるかに関わらず取り入れ、活用することができると思われます。

  もちろん、特定の季題に結社全体で取り組む集団の大きさが重要なのだ、ということもできますが、それは「一将功成りて万骨枯る」システムということですね。果たして今後、そういった運営が持続可能かどうかは疑問が残りますし、おそらく作家意識の高い俳人ほど離れていくでしょう。

 

【筑紫】

 私の理解では、題詠と連作は制作動機においてかなり異なるものと考えます。

 「題詠」とは句会において一つの題について探求する文学の共同作業形式で、この中で膨大な類想作品を生産し、その結果として究極の名句を作り出す方式です。これは講演の時紹介した通りです。「一将功成りて万骨枯る」システムと言われるかもしれませんが、さりとて非民主的というかとそうでもなく、誰でも句会や雑詠欄に参加した人は「一将」になれるわけですから、民主的な競争原理が働いています。

 「連作」はこうした制約がないのですが、それでも発生的にみて、題詠的連作と、非題詠的連作があり、ご指摘の連作は後者であると思います。なぜなら、これらは題詠句会に出せる類想作品ではなくて独善的な作品(これは文学的批判ではありません。類想がないということを裏返しただけです)ですから題詠とは言えないわけです。

 題詠がいいのか、連作がいいのかはその人の価値判断ですが、少なくともどちらかが文学でありどちらかが文学ではないなどと批判してもしょうがないことです。知っておきたいのは、題詠と連作を同じ基準で論じる意味はあまりないということです。

 ただ、題詠から連作が生まれたという関係は当然あるわけです。昭和初頭に水原秋櫻子が連作を提唱しましたが、この時の連作を初出にさかのぼり丹念に比較研究すると、秋櫻子は、虚子の題詠句会に提出した句をのちに連作として編集しなおしたことがわかります。つまり「制作動機」は題詠で、「編集動機」が連作であったわけです。山口誓子についても似たようなものではなかったかと推測します。

 これが上に述べた、「題詠的連作」です。制作動機が連作ではなかったわけです。題詠には、題詠句会が不可欠で、当然季題が中心となります。なぜ、題詠が季題でなければならないのかはこうした理由です。

 「非題詠的連作」では題詠句会が存在しないわけです(題詠句会は全く不思議はありませんが、連作句会などというのは詩の発表会のようなもので句会の形態としてはあり得ないでしょう。ちょっと気味悪いですよね)から、季題以外の主題になっておかしくはありません。現に馬酔木で誓子が選を行った連作作品欄では題は季題ではありません。

 ちょっと余談になりますが、正岡子規は句会を「一題十句」という形式でやりました(これは蕪村に倣ったものであると言われています)。一つの題を出して十句を投句し、句会で披露するわけです。結果的にその中の一句が句集などに収められました。「鶏頭の十四五本もありぬべし」は有名ですが、この時の句会では今では誰も知らない八句があったと言われています。

 子規が俳句改良で大成果を上げた後、短歌の改良に進みましたがこの時「一題十首」を発表しています。「瓶かめにさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとどかざりけり」などがありますが、これは連作10首です。

 子規は、俳句では「一題十句」でほかの句は捨てて究極の1句を残したのですが、短歌では連作を残しています。これは俳句と短歌の違いを示してくれて興味深いですが、一方で題詠と連作の子規の考え方も示してくれるようです。子規は、鶏頭の「一題十句」を連作として残せるとは考えていなかったようなのです。

      *

 後段について感想を申し上げます。文学システムとはいかに「万骨を枯らして一将の功を成らせるか」のシステムだと思います。文芸雑誌の編集長は日々「万骨(たくさんの読者を集めて)を枯らして一将の功を成らせる(同時代を代表するごくわずかの作家を養成する)か」の努力をしており、文学の王道であると考えます。その成果が、俳句にあっては草田男であり、兜太であると思います。それは、今後も続く永遠不滅の原理だと思います。結社も同人雑誌もこれは変わらないと思います。そうでなければ雑誌など出せませんから。「ホトトギス」も「馬酔木」も、「豈」も「海程」もその点は変わらないと思います。違いはそのシステムを運営する動機が、主宰者の恣意や経営的判断か、それとも文学的確信・良心に基づいているかの違いでしょう。その責任はすべて編集長(主宰)が負います。

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