2019年11月8日金曜日

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉓ のどか 

第3章 戦後70年を経ての抑留俳句
Ⅵ 百瀬石涛子(せきとうし)さんの場合(3)


【百瀬石涛子著『俘虜語り』を読む】‐その1
  シベリア抑留体験者の口は重いという。シベリア帰還者に向けられた「レッドパージ(連合国軍占領下、公務員や民間企業において日本共産党員とその支持者を解雇した赤狩り)によるばかりではなく、その体験があまりにも重く思い出すにつけ、苦しかった記憶の糸が解かれることにより、何度も追体験をしてその記憶にさいなまれるPTSDの状態になるからだ。
 PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、戦争・地震・津波・火災・交通事故などを経験したり、テロ・強盗殺人・レイプなどの犠牲者になるといったことをきっかけとして発症する。症状としては、悪夢やフラッシュバックによって外傷的出来事を再体験する。②外傷的出来事と関連した刺激を持続的に回避しようとするか反応性の鈍麻を示す、さらには感情が委縮し極度のうつ状態をきたしたり未来に対して展望をもつことができなくなる。③睡眠障害、易怒性、集中困難、過度の警戒心・驚愕反応・生理的反応など、覚醒の持続的な亢進を示す特徴が認められる。の3つの症状が中心となる(『心理学辞典』:有斐閣P.451)

 帰還後の石涛子さんに於いても例外ではなく、常に記憶はよみがえり気候の厳しい信州の冬を迎え、春を迎えるたびにその思いが、迫ってきたのだと察する。
八十歳を過ぎてようやく抑留体験は、俳句として結晶し姿を現し始めたという。石涛子さんは、令和元年で94歳となられる。
 ここでは、『俘虜語り』の中から、シベリア抑留体験に私たちを導く句を選び出して、読み進めて行きたいと思う。
*は、インタビューをもとにした、筆者文。

1 全裸の立木から                      
 『俘虜語り』では、作者の生きている今ここの出来事から、徐々に記憶が交錯するように呼び起こされ、再び今ここを生きる作者の句に帰って来るのである。

   虎杖の身丈を超ゆる子捨て谷(全裸の立木)
*虎杖(いたどり)は、スカンポのことである。筆者も子どもの頃には、スカンポをかじりながら学校から帰った思い出があるが、日本が貧しかった時代には、虎杖も食料とされた。人の身丈を超える虎杖の生い茂る谷には、子捨て伝説があるのだという。しかし、多感な年頃の石涛子さんは「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」という諺を「子捨て谷」に重ね、戦争に志願して行くことで、子供時代の悲しい記憶を消すように自分に大きな試練を課そうとしたのである。

  子を間引くつたえありとよ燕去(い)ぬ(全裸の立木)
*1941(昭和16)年、人口政策確立要綱が閣議決定(『人口政策確立要綱の決定』 国立社会保障・人口問題研究所 1941~2年)され、産めよ殖やせよのスローガンのもと兵力・労働力の増強をめざし、多産家庭に対しては物資の優先配布や表彰が有ったという。物の無い苦しい時代、今のように当たり前に家族計画の知識があり、簡単に避妊ができた訳では無いのだ。つぎつぎと妊娠してしまう。石涛子さんの世代は、7~8人兄弟は当たり前。育てられなければ、生まれてきたばかりの子を殺す、妊婦が高いところから飛び降りることや冷たい川に浸かって子を堕胎する方法しかなかった。日本の各地に口減らしのための子捨て・子殺しは、潜在したのだ。

  少年の裸形眩しく蓮ひらく(全裸の立木)

 *17歳の石涛子さんは、日本軍の少年通信兵としての教育を受けたが、通常よりも半年早く、1943(昭和18)年に任地に赴いた。少年の裸形眩しくは、少年の日の石涛子さんであり、蓮ひらくは「お国のため身をささげる」という大志であり決意で有った。

  犬の死やぬくもりのこる草虱(全裸の立木)
*元気に野山を駆け回っていた、愛犬の突然の死。屍にはまだぬくもりが残り、草虱をつけている。死はいつも生の隣り合わせにあり、突然にやってくる。それは人間においても普遍の原理なのである。そして犬の死により、深い記憶の糸が解かれていく。

  飢ゑし日へ記憶つながる青胡桃(全裸の立木)
*青胡桃の実るころはシベリアの夏に記憶がつながっていくのである、抑留生活で飢えた兵士たちは、新緑の季節には草を摘み、木の根を掘り枯れた茸や木の根に住む虫をさがして食いつないだ。青胡桃の季節には、シベリアの飢えた日々に思いを馳せるのである。

  冬銀河いつも虜囚の夢をみて(全裸の立木)
*空気の澄んだ信州では、冬銀河が一層冴えて美くしい。しかし、冬を迎えるたびに思い出すのは、極寒のシベリアの事であり、夢に浮かんでくるのは、虜囚として過ごした過酷な日々の思い出なのである。

  暮れ方を風の重さの菜を間引く(全裸の立木)
*帰還後の暮らしでは、本業の傍らに農業をしたのかも知れない、あるいは勤めを辞めてから農業をしたのかもしれない。シベリア抑留を思い出すまい、語るまいと黙々と手を動かす。信州を吹く颪は、間引き菜にもその存在の重さを感じさせるのである。

  身に入むや眠り恐れし虜囚の地(全裸の立木)
*寒さが身に沁みる季節になると思い出す、眠ることに死の恐怖を感じたあの頃を。シベリアに抑留された1945(昭和20)年から1946(昭和21)年の冬に、重労働と酷寒と飢えによる栄養失調、虱などの不衛生による発疹チフスで、五万人近くの抑留者が死亡したという。食事をしている途中にも、眠っている間にも仲間が静に息を引き取っていく。眠気に襲われる瞬間は、死の恐怖を伴う。寒さが体に沁みる季節になると、あの死の恐怖が戻ってくる。   (つづく)

参考文献:句集『俘虜語り』百瀬石涛子著 花神社 平成29年4月20日
『人口政策確立要綱の決定』 国立社会保障・人口問題研究所 1941~2年 国立国会図書館ホームから

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