2019年7月12日金曜日

【転載】仮想句合――十四音短俳句の可能性――  渕上信子

 「鬼」はおよそ二年に亘り「七七句」(「十四音短俳句」)という「実験」に挑戦してきました(機関誌「鬼」38号、40号)。例会では現在、七七句の投句が義務付けられており、選句のルールは、良いと思う句を通常の五七五句と七七句の区別なく取るというものです。将来、通常の句を凌ぐ優れた七七句は生まれるのでしょうか。
 そこで、実際の句会の記録をもとに、通常の句と七七句を一対一で仮想的に競わせてみました。まずは作者名を伏せて。(以下で、「鬼特」、「鬼予A」および「鬼予」は、それぞれ、鬼ヶ城先生の特選句、予選A句および予選句。)

一番 平成廿八年九月十七日(会報No.234)
左 案山子のキャラか雀群がる  鬼予A
右 漣や岸より去らぬ精霊船
 左、「案山子のキャラ」が傑作。右、「船」は小さい「舟」か。きちんと写生されているが、題材への着眼がやや月並。左の案山子は雀を追い払うどころか惹きつけてしまうほど魅力的。左の勝ち。

二番 平成廿八年十月十五日(会報No.235)
左 十三夜ヘッド・ホンからボブ・ディラン  鬼予
右 稲架稲架稲架や単線をゆく 1位 鬼予
 左、「ボブ・デイラン」が動くかどうか。私自身は、あのBlue Moon は十三夜だったのかと妙に納得。右、行けども行けども稲架ばかり。単調な旅の長さを、十四音の短さでたっぷりと表現することに成功している。「1位」とは、この日の句会で五七五句を抑えての最高点句。11点を獲得。右の勝ち。

三番 平成廿九年二月十八日(会報No.239)
左 落椿死なぬつもりの人も居り
右 授乳をしたり春耕したり     1位 鬼予
 左、老いても死を気にせず、ぽっくり逝ければ、それは幸せのひとつの形。「落椿」は付きすぎか。右、子育てと野良仕事を両立させている若い母親の逞しさと幸福感。万葉集の短歌14-3465の続きの物語として読むと面白い。左右共に高点句、ことに右はこの日最高の10点句。右の勝ち。

四番 平成廿九年七月十五日(会報No.244)
左 ヒアリ クモ ヒト 皆毒をもち  鬼予
右 がん闘病夏の尾根のよう尖る骨  鬼予
 左、辛辣な表現。だが、生きることの根源的な悲しさを見つめる作者の眼差しは「やさしい」(角南範子)という鑑賞に同感。右、意欲的な表現を目指しているが、「夏の尾根のよう」という中七の字余りにもう一工夫ほしい。左の勝ち。

五番 平成丗年一月廿日(会報No.250)
左 短日や文字の大きな本を買ふ  鬼予
右 デカイマスクのアンナカレニナ  
 左、老いの一日が素直に詠まれている。ああそうですかという感じを俳味と評価するかどうか。右、深刻な悲劇のヒロインをこんな風に笑われ、トルストイは渋い顔。独創性を高く買って右の勝ち。

六番 平成丗年二月十七日(会報No.251)
左 菜飯よく嚼み淑女老いたり 1位 鬼特
右 蜆汁すすりて老老介護かな    鬼予
 左、この日の最高8点句。右、老老介護の大変さのみならず、「蜆汁」には肯定感も感じられるのが良い。どちらも老いの一場面を詠んでいるが、左の「淑女」、今なお美しいのだろうか、それとも…などと考えさせられて面白い。左の勝ち。

七番 平成丗年四月廿一日(会報No.252)  
左 蝶舞うように父徘徊す  1位 鬼予
右 シャボン玉若きケアマネ義母素直
 左、老化の進んだ父を蝶に喩えて、悲しいことが美しい詩になった。この日の最高7点句。右、ケアマネは男性か女性かなどと想像が膨らむが、三段切れ。どちらも老いを描いているが左の勝ち。

 以上の試合で、左と右は実は同じ作者です。(一:竹天。二:雪香。三:水木。四:尚子。五:木兆。六:安房。七:勝行。)種明しをしますと、七七句が勝つように意図的に、七七句より点数の低かった、同じ作者の五七五句を選んで対戦させたものなのです。
 このように、だれでも時には五七五句より高得点の七七句が詠めます。もし七七句を完全に否定するのなら、ここに挙げられた程度の五七五句も駄目なのでは。でも、私達は日夜山ほどの五七五の駄目句を生産し続けているではありませんか。七七句も弛まず多数作り続ければ、多くの人に愛誦される名句の生まれる可能性はゼロではないと思うのです。

月報「鬼」253号(2018年6月16日発行) より

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