2025年5月9日金曜日

英国Haiku便り[in Japan] (53)  小野裕三


 
俳句、この別世界

 「黒人文学」の先駆者とされる米国の小説家リチャード・ライトは、最晩年に多くのhaikuを作り、没後四十年近くを経て編纂され一冊の句集になった。その書名が『俳句、この別世界(HAIKU This Other World)』である。彼が作った四千の句のうちの約八百句、かつ娘による序文や編者の解説がこの本に収められる。

 総覧すると、その作風の幅広さが印象に残る。自然の風景を丁寧に観察した、いわゆる俳句らしい優れた句も多い。


 Shaking the water

 Off his dripping body,

 The dog swims again.

 滴る体から/水を振り払い/犬はまた泳ぐ


 その一方で感覚的な飛躍のある句や、もはや創作に近い想像豊かな句もある。


 The blue of this sky

 Sounds so loud that it can be heard

 Only with our eyes.

 空の青は/あまりに大きな音なので/我々の目だけに聞こえる


 社会的現実を見つめた句もある。


 Upon crunching snow,

 Childless mothers are searching

 For cash customers.

 雪をザクザクと/子のない母たちは/現金払いの客を探す


 時に川柳に似たユーモアも示す。


 Would not green peppers

 Make strangely lovely insects

 If they sprouted legs?

 ピーマンに/もしも脚が生えたら/なんともかわいい虫にならないだろうか?


 最晩年のライトのhaikuへの傾倒ぶりについて、娘による序文にはこうある。「(父は)俳句のバインダーをいつも小脇に抱えていました。どこでもいつでも俳句を書きました。一年間のつらい闘病から次第に回復するベッドの中でも。」

 そんな作品に見られる多様さは、彼が試行錯誤しつつhaikuで実験を続けた痕跡とも思えるし、実際、彼も友人に宛てた手紙でこう書き綴る。「病気の間、俳句と呼ばれる日本の詩形式を実験しました(experimented)。約四千句作りましたが、それらがいいかどうかを確認するために、いま吟味しています。」さらに、ライトの伝記を書いた作家はこう指摘する。ライトはhaikuについて「なぜそんなに現代的に(such a modern note)彼の耳に響くのかを知るために、深く調べなければならなかった。」

 多くの西洋の作家・詩人たちにとってhaikuは〝きわめて現代的な実験の場〟であり続けている、というのが英語haikuを見て感じる僕の実感だが、半世紀以上も前にhaikuの虜になった米国の黒人作家にもその感覚は共有されていたようだ。それは、日本語のしがらみを離れた英語という異言語のフィルターを通して見えるhaikuの純粋な姿なのだろう。

(『海原』2024年4月号より転載)