2019年5月10日金曜日

【抜粋】〈WEP俳句年鑑〉兜太・なかはられいこ・「オルガン」———社会性を再び考える時を迎えて                筑紫磐井

評論(批評・批判)の現在
(前略)
 二〇一八年は後世から見て忘れられない年になるであろう。それは、金子兜太の亡くなった年だからである。別に党派性に基づいて言うのではない。客観的に見ても、子規の死、虚子の死に匹敵する時代の変わり目を兜太の死は示すのだ。兜太の評価はいろいろあると思うが、私は社会性俳句が兜太の死によって一挙に清算された年になったと思う。
 兜太は、前衛俳句以上に社会性俳句の中に育った。後年は、荒凡夫とか、ふたりごころとか、アニミズムとかのキャッチフレーズを振りまいたが、その最晩年において、再び兜太の社会性は蘇った。(自ら選んだ言葉ではないが)「アベ政治を許さない」の金子兜太の筆跡はここ数年日本列島中に溢れていた。フランスのルモンド紙は兜太の死を詳細に報じたが、その末尾には「アベ政治を許さない」《Nous ne tolérons pas la politique de Shinzo Abe.》をあげている。これまで俳句作家がルモンド紙に登場することなどあり得なかった。その意味で生涯社会的な俳句作家であったのである。
 さて、兜太が永年にわたって主宰した「海程」の終刊を決意し、これに変わって新たな活動として兜太が生前企画し、編集に途中まで参加した雑誌「兜太TOTA」がある。刊行は没後であるが、兜太の意志は編集者たちに継がれている。その創刊号で黒田杏子が選んだ巻頭言がある。発言した兜太も兜太だが、この言葉を見つけ出した黒田杏子の慧眼も大したものである。それは次のようなものであった。

「なぜ戦争はなくならないのか。/一言で答えさせて下さい。「物欲」の逞しさです。あらゆる欲のうちで最低最強の「欲」ですが、それだけにもっとも制御不可能、且つ付和雷同を生みやすい欲と見ています。そこに人間の暮しが、武力依存を募らせる因もある。」(「短歌」二〇一七年八月号)

 私はかつて、正岡子規国際俳句大賞と言う賞の選考にかかわったことがある。予選委員として参加し、金子兜太が大賞に選ばれたときに主催者から授賞理由と代表十句の選定をその時現場で依頼された。授賞理由は名文だったので兜太も気に入ってくれたが、代表十句には〈彎曲し火傷し爆心地のマラソン〉を含めなかったことに兜太から異議申し立てを受けた。兜太の作品評価は、私も時々は変わっているが、社会性俳句であることは分かるが、この句はメッセージ性が強すぎて、伝統俳句側が「スローガン俳句」と呼ぶ批判はあながち間違っていないと思ったのである。俳句が思想性・社会性をどのように語るか、こと程さように難しいと思う。
 しかし、「兜太TOTA」巻頭に掲げた先の兜太の言葉は、六〇年を経過して、〈彎曲し〉の句から、はるかに進化し、深化しているように思う。戦争は戦争だけが悪とは言い切れない、戦争を生み出す大本にこそ悪を見出すべきだと言うことを兜太は言っている。 
 実は、九・一一テロや東日本の大震災と原発事故について詩人・歌人と語り合ったとき、詩歌の倫理は普通の倫理であってはいけないのではないかと疑問を呈したことがある。子供を愛し、妻を愛し、親を愛するというのは、実はその思いが国家を作っている。国家の悪に皆が加担しているのだ。少なくともそう自覚すべきだ。兜太の発言は私のこんな思いに直接繋がるような気がする。もちろん、だから妻子を愛するな、欲望を否定せよというのではない。言いたいのは、詩人はそういう奔放な(タブーを恐れない)想像力を唯一持っている存在者だと言うことなのである。
 兜太没後、雑誌「兜太TOTA」が創刊され、九月二五日に記念シンポジウムが開かれたが、パネラーの芳賀徹氏が兜太の「アベ政治を許さない」を批判し、アベ批判は分かるが、アベ以外に誰がいるかを示さないスローガンはナンセンスである、と澤地久枝氏(「アベ政治を許さない」の文案の発案者)や上野千鶴子氏を睨んで獅子吼していた。まことに刺激的で面白かった。
 しかし、兜太の巻頭言に従えば、「アベ政治を許さない」は、安倍首相個人を指しているだけではないだろう。もちろん、安倍晋三氏のなかにアベ氏はいるが、安部政権を批判している野党の中にもアベ氏が存在し、敵対するマスコミの中にもアベ氏がいる。国民一人一人———あなた方の中にもアベ氏がいるはずだ。兜太の中にさえアベ氏はいたはずである。だからこそ「なぜ戦争はなくならないのか。/「物欲」の逞しさです。」と答えているのである。いうなれば「物欲」とはアベ氏なのだ。兜太氏の親友であった芳賀徹氏の予想外の糾弾は兜太が亡くなったから急に出てきた発言ではなく、兜太の深化した思想の本質をついた忠告でもあったのである。
(以下略)

※詳しくは「WEP俳句年鑑」5月号をお読み下さい。

2 件のコメント:

  1. フランス語の引用が間違っています。《Nous ne telerons pas la politique de Shinzo Abe.》ではなく、《Nous ne tolérons pas la politique de Shinzo Abe》が正しいです(因みに、この「アベ政治を許さない」の正式なフランス語は、私マブソン青眼が作り、Le Mondeの記者Philippe Ponsに教えました)。

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    1. 俳句新空間管理者2019年6月28日 9:38

      管理人です。ご指摘ありがとうございます。訂正いたしました。

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