2019年5月10日金曜日

【渡邉美保第一句集『櫛買ひに』を読みたい】③ 句集『櫛買ひに』を読む  石井 冴

 渡邉美保さんと句会や吟行を共にするようになってまだ二年である。いや、もう二年になるというべきか。今回、第一句集『櫛買ひに』を上梓されて、一気に美保さんとの距離が近くなった気がする。ふだんの美保さんは大勢の中に紛れて自分からは前に出ない控えめなひとだが、句会での発言は正確な言葉を選んで的確な鑑賞をされる。自選された二九一句を読み込んでいくと、物静かな美保さんの雰囲気と少し違い、俳句の中に美保さん独自のしなやかな精神の動きを感じる事が出来た。私はその都度、共感の動機をおぼえる。

   列を抜けきつねのぼたん摘んで来る
   がまずみの落葉に美しき虫の穴
   蚊母樹のすさびやすくてみそさざい


 吟行でめずらしい植物に出会うと〈野の草にはちゃんと名前がある〉と生真面目な表情でやさしく解説してくれる。眼に止った景色をていねいに過不足なく描写する力は見事である。

   鰭多き化石の魚や冴返る
   みどりさすアンモナイトの眠る壁
   青嵐ひとり遊びの双眼鏡
   たいくつなものに日時計秋高し
   骨貝の棘美しく九月来る


 美保さんと同年代の私もこれらの句群に同じ興味を持つ。たとえば、この日時計は現役で時を刻んでいるのだろうか、私には廃墟に残された動かない時計のような気がしてくる。時間の概念を理解するのは難しい。哲学や物理学はともかく俳句ではこのように時の経過を表現できる。

   ほがらかに枯れはじめたる箒草
   薪積む十一月の明るさに


 集中に〈明るい〉の措辞が何度かでてくる。冷静沈着な美保さんであるが、きっと本質は明朗快活なんだろうと気付かされた。帚木紅葉は時期が来ると、ある日突然に現われ明るい気持ちにさせる。冬に備えて薪が積まれてある景にはなるほど十一月の明るさと匂いが漂ってくる。

   ぽつぺんやちちははの海凪わたる
   一陽来復阿蘇より届く晩白柚


 略歴によると熊本県天草市うまれとのこと。ぽっぺんや晩白柚とモノの力を借りて故郷の情緒を程よく抑制している。因みに晩白柚はザボン位の大きさで味もザボンに似た柑橘類だと美保さんに教えてもらった。

   すかんぽの中のすつぱき空気かな
   寄居虫の殻を出たがる脚ばかり
   みすゞの碑落葉溜りで日溜りで
   冬ざるるもの青鷺の飾り羽
   さくらんぼもの言ふ口を見てをりぬ


 これらの表現方法は短詩型十七音の言葉をさらに削ぎ落して、感じ取った核の部分だけで成立させている。それは焦点を鮮明にして切り取っているからで、逆に言えば一句を読むとそこから沈んでいた情景がわっと広がりを持ち始める。そして寄居虫、すかんぽに見る穏やかで新鮮な諧謔、さくらんぼの句における主語を読み手に委ねる自在さなどが光る。

   きのふ鷺けふ少年の立つ水辺
   烏瓜灯しかの世へ櫛買ひに
   仰ぐ樹の百年後をゆきばんば
   サーカス一行箱庭に到着す


 香天に参加後は虚実の虚の世界に目を向ける俳句が多く目に止まり、時空間を往来する物語に読み手を心地よく誘ってくれる。

   秋出水鴨横向きに流さるる
   コップから真直ぐ伸びて葱の青


 何でもない風物に深化の目を養い、渡邉美保さんは美保ワールドを展開していかれることでしょう。

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