2016年4月1日金曜日

 【時壇】 登頂回望その百九~百十 /  網野月を

その百九(朝日俳壇平成28年3月14日から)
                           
◆余寒なほ潜んでをりし図書の椅子 (四国中央市)森實英子

稲畑汀子の選である。座五の「図書の椅子」では場所の特定は不確定であろう。筆者は図書館を想定して読んだが、自家の書斎でも読書の際の椅子でも表現しているということならば、そう読める。掲句では「余寒なほ潜んで」いるところがより正確に特定されて、納得いかなければならないのではないかと愚考する。季題の「余寒」は残雪のように、ところどころに斑模様のように残り、いつの間にか消えているものである。

◆耕人の影隆起して来たりけり (横浜市)三玉一郎

金子兜太の選である。評には「三玉氏。春の日照強まり、耕す人の影極まり。」と記されている。中七の「・・隆起して」が作者の感性である。個性を表出している把握であろうかと思う。季題の「耕人」が起き上がったのかもしれないし、何らかの動作をしたのかも知れないが、評のように日照に拠って影の存在感が増したのである。実際にその様に見えただけではなくて、質感も伴なっているように感じられる。

◆春の雪雨に変はるも潔し (埼玉県宮代町)鈴木清三

長谷川櫂の選である。中七から座五の「・・も潔し」は「雪」を叙しているのか、それとも「雨」であろうか?どちらも気温に拠って変化したものであり、物質的には同じもので、重箱の隅を突くような指摘であはるが。つまり「春の雪」の淡く果かない様を早くに消え去る潔さと捉えたのか、それとも雪から変った「雨」もまた潔く上がってしまったということなのかなのだ。叙景している内容に些か異同が生じてくる。「も」であるだけに、両方ともにと素直に受け止めても良いだろう。


◆耕して多弁な土となりにけり (佐賀県基山町)古庄たみ子

大串章の選である。「耕」す季節になった。田にしろ畑にしろ、冬の間に堅くなってしまった農地を耕すのだ。起こす作業から始まる。初めは土塊が不器用に重なって凸凹になる。その隙間に遅霜が当たったりして、害虫の駆除になったりするのだ。そうして徐々に耕すという表現がぴったりの耕土になってゆく。「多弁な」語りかけを聞きとれるのが耕人なのである。


その百十(朝日俳壇平成28年3月21日から)
                          
◆戦車からすみれの花が見えますか (西宮市)藤井豊

金子兜太の選である。評には「藤井氏。戦車と野の花すみれの照応を「見えますか」で収める巧さ。」と記されている。ご無礼ながら大川栄作のヒット曲を連想してしまった。特に口語調のものは昨今の流行り歌の歌詞の一行を連想させることがある。当然、読者の側の問題ではあるが。掲句の場合、内容は至極シリアスな問題を取り上げているのであって、評の通り「見えますか」で収めることで俳句特有の読者への価値判断の委ねを行っているのであろう。今週の兜太選に以下の二句がある。

◇春は曙憲法九条美しき

評には「「春は曙」の効き目が大きい。憲法九条がいま解体の危機にあるだけに。」と記されいる。

◇古池と見れば跳び込む蛙かな

評には「ギャグの楽しさ。」と記されている。本歌取りというか本句取りというか分らないが、同じフレーズや同じ内容のものが先人に存在する場合の、ギャグなのかパロディーなのか、はたまた盗作に繋がっていってしまうのかは微妙な問題である。

◆春水の怒濤となりて湖へ (相模原市)荒井篤

長谷川櫂の選である。評には「三席。小さなせせらぎが、怒濤のごとく思える。押し寄せる春を観想しての一句。」と記されている。評で言う「小さなせせらぎ」は選者の鑑賞であり、句の読みであろう。句の中にはどこにも「小さなせせらぎ」は出て来ない。中七には「怒濤」と在るのだから、普通なら冬の間は河幅いっぱいにならないより細い一筋の河川が水量を増して「怒濤」となったと考えるのではないだろうか?

◆菜の花の校庭に海流れをり (津市)中山いつき

大串章の選である。評には「第一句。校庭に菜の花が咲き、傍らを潮が
流れてゆく。造船所の音も聞こえてくる。」と記されている。中七の「校庭に」の「に」は校庭の中をではなくて校庭に沿っている、の意味であろう。もしくは菜の花の校庭の遠景にくらいであろう。評の中の造船所の飛躍は如何なものであろう。

◆鉄棒はペンキ塗り立て下萌ゆる (大阪市)行者婉

稲畑汀子の選である。水平に設置した鉄の棒の部位自体へは、ペンキの塗り替えをめったにしないものであろう。多分このペンキは支柱を塗り直して鮮やかにしたのである。むろん支柱も含めて「鉄棒」なのである。座五の季題「下萌ゆる」がやや着き過ぎであろうが、雰囲気は近くて理解しやすい。



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