2014年11月14日金曜日

 登頂回望その四十 ・四十一 / 網野 月を

その四十(朝日俳壇平成26年11月3日から)


◆どんぐりやつないでゐない方の手に (福岡市)伊佐利子

金子兜太と長谷川櫂の共選である。金子兜太の評には「伊佐氏。童謡。中七が旨い。」と記されている。握手は右手同士でするものだが、繫ぐ手は左右でするものある。その片方の空いている方の手に団栗を握っている。団栗の感触が伝わってくる。

◆句句くくと鳩は秋思を詠み続け (秦野市)熊坂淑

金子兜太の選である。上五の「句句くく」は鳩なら一年中同じであるが、作者の感性は季題の「秋思」に結びつけた。これは早い者勝ちである。「秋思」は漠然とした季題で、具体性の欲しいところに鳩の鳴く声を示して形にして見せている。鳩の鳴き声は季節感的には長閑さと合うようにも考えるが、付き過ぎてしまうようにも思う。座五の「詠み続け」で受けて「秋思」が落ち着いている。とにかくも「詠み続け」が哀れである。

◆虫時雨皆既の月の球となり (伊万里市)田中南嶽

稲畑汀子の選である。評には「一句目。皆既月食を見ようと空の展けた野へ出た作者。虫時雨を聞きつつ月はやがて赤黒い球となった。」と記されている。評の通り「球となり」をズバリと詠んだところが秀抜であろう。円ではなくて球に見えたのだ。書き割りのような二次元的月ではなくて、三次元に見えたのである。赤黒くなった瞬間に球に変貌した月を見逃さなかった。

上五の「虫時雨」はどうだろうか?「虫の声」ではいけないだろうか?虫の声の鳴いたり止んだりを表現する「虫時雨」の描写はある意味で濃いイメージを表出する。虫の声へ作者が傾聴しているのである。だからこそ時雨れているのが分るのであるから、作者にとっては「虫時雨」と球へと変貌した月とどちらへより神経を集中させているのであるか判然としないようにも読める。「虫時雨」を主役として際立たせている句ならばスムーズに受け取れるのだが。掲句の場合は勿論中七座五の意味が中心であり、その句の本意を弱めてしまっていないだろうか?

次掲句も稲畑汀子の選である。

◆天高し外出が好きで夫元気 (北海道鹿追町)高橋とも子

「好きな」ならば「夫」を修飾しているのだが、「で」は作者自身の事のようにも受け取れる。作者自身が外出していて、夫は留守番していて且つ元気であるということであろう。「夫は元気で留守がいい」のパロディである。・・まあ、元気であるから何よりであるが。



その四十一(朝日俳壇平成26年11月9日から)
                          
◆伝へてよ未だ見ぬ人へ紅葉降る (蓮田市)岩崎新吉

金子兜太の選である。上五と中七が倒置になっているのであろうけれども、強引に解せば幾通りかに読める句である。中七の「未だ見ぬ人へ」は降る紅葉の景を未だに見ていない人なのか?作者にとって未知の人ということなのか?が最も判然としないところである。どんなにか強引でも「人へ紅葉降」りかかる、とは読めないだろう。八十パーセントは紅葉の様子を知らない人へ、この素晴らしい紅葉の様子を「伝へてよ」なのだろう。けれども十九パーセントは、未知の人へ紅葉の降る様子を「伝へてよ」とも解せるだろう。残り一パーセントの可能性は、紅葉の降り盛る中で何かを未知の人へ伝えようとしている様子にも解すことが出来る。何かを伝えようとしてその何かも判然としないし、未知の人物も見えて来ないのだから一パーセントの可能性は、もっと低いかも知れないが、紅葉の降りしきる中に立ちすくむ主人公の心のモヤモヤを表現していると考えれば、一パーセントの可能性も悪くない。

◆子も妻もみんなときどき時雨けり (新潟市)佐藤秀一

金子兜太の選である。「みんな」は妻子以外の他の人物というよりも、街全体がということであろうか。新潟市の作者ということであるから、この景を納得してしまう。時雨自体がときどきの意味を含むので重複のようにも感じるが、重複表現が調度良いくらい降ったり止んだりなのである。「けり」が作者の思いを深く表現している。

◆花は花葉は葉断固と石蕗の茎 (岐阜県揖斐川町)野原武

長谷川櫂の選である。「断固と」は「断固としている」状態を省略して、表現しているのだろう。石蕗は、花茎が長く伸びて空間的に花と葉が隔離しているようにも見えるからだ。筆者の曲解は、花も葉も断固としている、それら「と」茎も断固としている、というものだ。花と葉を繋いでいる茎こそが断固とした存在なのであろうから。

◆月食に触れんばかりや鹿の声 (田川市)田尻福子

大串章の選である。評には「第三句。「触れんばかりや」が鋭く澄んだ鹿の声を思わせる。」と記されている。その通りで、この句の主は「鹿の声」である。すぐこの前の天体ショウであったので「月食」であろうが、「月」だけでも十分に成り立つ内容である。筆者は不勉強でわからないが、月食であると殊更に鹿が猛ることがあったりするのであろうか?折角の鹿の声が月食に食われてしまっていて惜しい気がするのである。


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