2023年7月28日金曜日

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(36)  ふけとしこ

 立葵

立葵路地も酒場も古りにけり

須磨寺や蜻蛉の翅の音も聞き

平家琵琶ビビンと響き青葉闇

仁王門脇病葉の吹き溜り

石柱へ映る青葉も柴犬も


・・・

 やってみたいことがあった。馬鹿げた話ではあるが。

 「ハムをねえ、1本食べてしまったんだよ。」と義弟が言った。1人で留守居中、ボンレスハムを丸齧りしたのだと言う。

  「小説を読んでたんだけど、何か食べたくなってね、お中元できたヤツがあってさ、切るのも面倒だし、本も面白かったから、ついつい齧りながら読んでたのよ。気が付いたら全部食べてしまっててさ、後で奥さんに叱られちゃって」

 いくら詰合せの物で小振りだったとはいえ、同じ味が続くと飽きるのではないかしら。よくもまあ……。

 この話を聞いてからというもの、思い出す度にやってみたくなったのだ。いつか、いつか……と思っている内に数年が経ち、さらに数年が経ち、彼は膵臓癌であっけなく逝ってしまい、私は歳をとってしまい、もうハムを丸齧りする元気は無くなってしまったのである。

 数年前になるが、亡くなる前の11月下旬に彼ら夫婦と我々と一緒に旅をした。その時はとても元気で健啖そのものであった。

 そんな彼が12月になって突然食欲が無くなった。

 膵臓癌だと分かったが、自身はもう何もしないと言い、緩和ケアのみを希望した。脳外科が専門だったにしても、多くの症例は見ていただろうし、癌の進行などもよく解っていたということだろう。

 そして年が明け、2月初めに亡くなった。本当に早かった。

 闘病期間が短いというのは、身体が衰える間もなく命が尽きるわけだから、痩せることもなく、表情も特に変わることなく終われることになる。

 癌を患い入退院を繰返し、最終的には扁平上皮癌で逝った義父が「人間、死ぬと分かっていても、人手も金もかかるもんだな。もう面倒だ」と言っていたが、義弟の場合は、入院費も少なく……ということにもなる。「どう?真似てみてよ」との声が聞こえそうだ。

 遺された書籍類の中には料理本も沢山あった。自分でもよく台所に籠っていたが、塩分にはとても敏感だった。わが夫は高血圧にも拘わらず、美味しければいいという無頓着ぶりだから、食卓での塩や醤油などの使い方には、実にうるさく注意をしてくれていた。

 それにしても、ハムはかなり塩味が濃い。後でさぞかし喉が渇いたのではなかっただろうか。  

(2023・7)