2023年6月9日金曜日

【抜粋】〈俳句四季5月号〉俳壇観測244 この2か月で心ざわめくこと――蒋草馬・齋藤慎爾・黒田杏子について  筑紫磐井

 二,三月は華やかな季節である。俳人協会、現代俳句協会の二つの協会関係で俳句関係の受賞が一斉に行われている。俳人協会の俳人協会賞、俳人協会新人賞、現代俳句協会の兜太現代俳句新人賞、現代俳句大賞である(このほかの、現代俳句協会賞、年度賞は後日発表される)。今年は話題になりそうな受賞が多かった。特に4月の新年度を迎えて新人登用の受賞はほほえましくてよいのではないか。


○第62回俳人協会賞

  森賀まり『しみづあたたかをふくむ』

○第46回俳人協会新人賞

  相子智恵『呼応』

  高柳克弘『涼しき無』

○第23回現代俳句大賞

  齋藤慎爾

○第40回兜太現代俳句新人賞

  正賞 土井探花「こころの孤島」

  佳作 内野義悠「息づかひ」

  佳作 加藤絵理子「神無月」

  佳作 蒋草馬「たらの話」

  佳作 楠本奇蹄「長き弔ひ」

         (中略)

 受賞に関して、何と言っても関心が深いのは全く新しい俳人が新しい俳句を提示してくれることである。兜太現代俳句新人賞では、惜しくも佳作となった(得点的には受賞作と僅差の次席に評価されていた)が、16歳の高校生俳人(海城高校文芸部)がとんでもない作品を示してくれた。

  たらの話

                       蒋草馬

花の名の薬局ばかり更衣

戦車の重さなら蒲公英が知つてゐる

たとえばいつか東京が白詰草で埋もれたらの話


 表題「たらの話」のたらが、一般俳人のよく使う鱈か楤かと思ったが、助詞のたらであったわけだ。16歳の仕掛けに冒頭からまんまとは嵌ってしまう。16歳で俳句雑誌「牧羊神」を創刊した青森高校の寺山修司の再来と言ってもよいかもしれない。

        *

齋藤慎爾

 16歳に比較すると高齢の齋藤慎爾が受賞した現代俳句大賞は加藤楸邨、永田耕衣、高屋窓秋、金子兜太、鈴木六林男も受賞した由緒ある賞である。伝統、前衛にわけ隔てない広い視野で選考されている。また俳句の賞としては珍しく、俳句作品、評論以外に、日本文学研究などで功績のあった研究者なども含まれている。齋藤慎爾は、もちろん俳句実作、評論での評価も高かったが、今回の受賞に当たっては俳句関係の出版に寄与したことも大きな理由に挙げられている。現代俳句大賞のスコープをさらに広げた受賞となったのだ。代表的なものでは、「アサヒグラフ」増刊号の7回にわたる俳句特集、朝日文庫「現代俳句の世界」16巻、三一書房の「俳句の現在」16巻、ビクターの「映像による現代俳句の世界」がある。昭和後期に俳句を始めた青年たちに衝撃を与えた企画は多く齋藤氏が関与していたのである。最近の例で言えば、『20世紀名句手帳』(河出書房新社)全8巻があり、明治の子規以来現在までの一万六千句を精選した壮大な叢書である。

 言っておくが、齋藤慎爾は深夜叢書社の社主である。しかしここに掲げた本は何れも深夜叢書社とは関係のない、別の大手出版社の企画ばかりであり、齋藤慎爾はこうした大手出版社の厚い信頼をもとに俳壇の新たな展望を与えていたのである。いずれにしろ、現代俳句大賞が出版人まで含めて一段と広い対象を含めてくれることは励みになる。

     *

 さて黒田杏子が20年前に戦後俳人13人にインタビューをした『証言・昭和の俳句』を20年ぶりにコールサック社から『増補新装版 証言・昭和の俳句』として刊行したが、全体のしめくくりで齋藤慎爾に「散策」と題した総括を依頼した。締めくくりにふさわしい力作であるが、あまりに興が乗りすぎて許容枚数の倍を超える原稿となってしまい、泣く泣く削ることとなったと黒田杏子が嬉しそうに語っていた。齋藤慎爾と黒田杏子はその世代から言ってもこうした歴史観を共感できる作家たちであったのだ。

 その証拠が令和元年二月に「件」の会で、「八〇代の可能性」と題して宮坂静生・高橋睦郎・齋藤慎爾・黒田杏子の四人の八〇代が未来を語っているのである。黒田杏子は、兜太、寂聴、ドナルド・キーン以上に最近齋藤慎爾と仕事をする機会が増えていた。例えば寂聴を俳句に導きいれ、句集を上梓させたのは二人の尽力によるところが大きい。

 実は、こんな思い出話を書くのも、その当事者の黒田杏子が3月13日に急逝したからだ。驚きである。

 そしてさらに驚きは、そんな斎藤慎爾が3月27日に黒田の後を追うようになくなってしまったことだ。現代俳壇の名プロデューサーが一斉に消えてしまったのだ。

 桜の咲く春は、華やかであるとともに物悲しい季節である。

 ※詳しくは俳句四季5月号をご覧下さい