2026年9月11日金曜日

第275号

 次回更新 9/25


【広告】夏潮別冊虚子研究と余滴の会 》読む

攝津幸彦記念賞応募作品について 》読む

 *

■新現代評論研究

【未来俳句・短期連載】

心身から考える未来俳句 横道誠 》読む

新俳句宣言:坪内稔典氏の反論の吟味   ―文学はどこまで短くなることが出来るのか― 筑紫磐井 》読む

新現代評論研究(第31回)各論:後藤よしみ、村山恭子 》読む

新現代評論研究:『天狼』つれづれ 第12回:「実作者の言葉」…「誓子の万葉揮毫歌碑」/米田恵子 》読む

現代評論研究:第29回各論―テーマ:雲または霧その他― 藤田踏青、土肥あき子、飯田冬眞、しなだしん、北川美美、深谷義紀  》読む

現代評論研究:第22回総論・「遷子を通して戦後俳句史を読む」座談会 》読む

【特別稿】口語俳句の可能性・余滴  筑紫磐井 》読む

新現代評論研究:音楽的俳句論 図像編 川崎果連 》読む

新現代評論研究:音楽的俳句論 解説編(第1回)川崎果連 》読む


■令和俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和七年冬興帖

第一(9/11)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・花尻万博・小沢麻結・岸本尚毅・前北かおる・白石正人・ふけとしこ

■大井恒行の日々彼是 随時更新中!※URL変更 》読む

俳句新空間第22号 発行※NEW!

■連載

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(73) ふけとしこ 》読む

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり56 五十嵐秀彦『無量』 》読む

英国Haiku便り[in Japan](65) 小野裕三 》読む

【新連載】名俳句鑑賞へのラブレター『尾崎紅葉の百句』(高山れおな) 豊里友行 》読む

俳壇観測280 未来俳句論争ーー「俳句」7月号「合評鼎談」より  筑紫磐井 》読む

【豊里友行句集『赤ん坊オーケストラ』を読みたい】4 『赤ん坊オーケストラ』鑑賞 三木基史 》読む

句集歌集逍遙 梶原さい子『震災短歌ノート 東日本大震災ののちに』/佐藤りえ 》読む

【新連載】口語俳句の可能性について・番外

 俳句の虚構―西躰かずよし「窓の海光」論―  金光 舞 》読む

【豊里友行句集『地球のリレー』を読みたい】

 インデックス
 9 「希望」のバトン  宮崎斗士 》読む

【加藤知子句集『情死一擲』を読みたい】④ 破局有情――加藤知子句集『情死一擲』について 関悦史 》読む

現代俳句協会評論教室・フォローアップ研究会 7 筑紫磐井 》読む

【連載】伝統の風景――林翔を通してみる戦後伝統俳句

 7.梅若忌 筑紫磐井 》読む

【豊里友行句集『母よ』を読みたい】③ 豊里友行句集『母よ』より 小松風写 選句 》読む

【渡部有紀子句集『山羊の乳』を読みたい】⑯ 生き物への眼差し 笠原小百合 》読む

インデックス

およそ日刊俳句新空間 》読む

9月の執筆者(渡邉美保)…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々 …



■Recent entries

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい インデックス

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい インデックス

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前衛から見た子規の覚書/筑紫磐井 インデックス

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉜ のどか 》読む

俳句新空間を読む 》読む
…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子

【告知】攝津幸彦記念賞応募作品について

 本年度の第11回攝津幸彦記念賞(評論賞)は12編の応募作があった。応募者各位に深く感謝申し上げる。これらの作品については、「BLOG俳句新空間」で全編の紹介と選評を行った。以下それらの作品の表題と執筆者を紹介する。

 今後は最終選考を行い正賞を決めることとしている。正賞作品は「豈」69号に掲載される予定である。


1 「文人俳句の俳諧性―紅葉・鏡花を中心に―」  辻村栗栖 》読む

2 「今村俊三『鳩の頸』の再評価——あるいは俳句的遺産の発掘について」  横山航路 》読む

3 「面の問題について」  蒋草馬 》読む

4 「欠損の詩学―波多野爽波俳句の一解釈」  飯本真矢 》読む

5 「はまなすと未来」  野上翠葉 》読む

6「虚構の奥に立ち上がるもの―寺山修司、黒岩徳将の句におけるリアリティとは」  冨嶋桂晃 》読む

7 「平井照敏~詩と俳について」  馬場叶羽 》読む

8 「口語俳句の詩情について」   金光舞 》読む

9 「未来の俳句は、どこに宿るか」  山根もなか 》読む

10 「俳句の本質—時空を超えて語り継がれるもの—」  村山恭子 》読む

11 「西川徹郎の叙情―その初期の要求―」   田村転々 》読む

12 「新京大俳句創刊宣言」  原案者 蒋草馬 》読む


【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり56 五十嵐秀彦『無量』 豊里友行

 五十嵐秀彦句集『無量』(2013年、書肆アルス)を何度も読み返す。

 どの俳句からも五十嵐秀彦の北方俳句の味がする。

 選ぶ俳句の多さに内心の嬉しい悲鳴であった。


 黒田杏子先生による五十嵐秀彦第一句集『無量』に寄せてあたたかな賞賛がある。


 「日本中に句友を持ち、老若男女に愛されるゆたかな人間性と作家性」の持ち主である五十嵐秀彦の句集に序文を寄せる機会を得たことを、心から光栄に思う。」(黒田杏子)


 帯文の裏面の文も記しておきたい。


 「おお、しばれるわ」と、五十嵐さんは襟をたてながら小樽の街角へ紛れた。天に無言の銀河が冴えわたるばかり。「毛虫焼く記憶の器官ちりちりと」(銀河)繊細な少年時代の記憶に相違ない。今は、「一代の咎あれば言へ沙羅の花」(一代の咎)と禅問答のような境地に至るも、「魂ひとつ青野に還す血曼荼羅」(無神論)と凍土の闇をのぞかせる。毛細血管に包まれたような五十嵐秀彦の宇宙。さ迷ってもいいだろう。そう、「うららかに行方知れずとなりにけり」(鰐を飼ふ)だからだ。(吉田類)


 「刻降り積もる」(深谷雄大)においても俳句の五十嵐秀彦俳句鑑賞を丁寧に鑑賞されている。


僅か十七音・十三字を以って、これだけのことが言える、俳句という詩形のリゴリズムを示す作である。」(深谷雄大)


 五十嵐秀彦氏による「あとがき」において「無量」について言及があるので記す。


 「無量」といえば仏教用語で「無限」というのとほぼ同じ意味のようですが、しかし私は特に仏教哲学に詳しいわけではありませんので、このふたつの句以上のものを知っているわけでも、言いたいわけでもありません。体の中から生まれてくる言葉たちをなんとか十七音に変換するだけで精一杯でした。一読してわかりにくい、イメージが彷徨うような句ばかりです。しかし、ああ、こんなにも私は「古代」と「現代」を往来したがっているのだ、こんなにも私は「この世」と「あの世」を往来したいのだ、今回そのことに気づかされたのであった。千年、二千年を遡っていくと、そこに未来があるのではないか。「この世」を見つめ続けると、そこに「あの世」の穴が見えるのではないか。言ってしまえば私の俳句はそんな具合に両界を往来しているように思うのでした。そして、言葉を使って何かを構築しようとするような句を作ってみたり、言葉それ自体を壊そうとしてみたり、なかなか定まらない十五年でありましたが、あえてそれはそのまま収載することとしました。


ひとひらは春の月面まで届く

 花のひとひらは、春の月面まで届きますよと解す。

 モノの本質を鷲掴みした俳句が随所に見受けられる。


うしろ手に菫隠してゐたりけり

 物語をうしろ手にクローズ・アップしたことで読み手に無量の物語を拡げている。


氷湖厚くみなぎるもののありけり

 氷湖の厚みより何かみなぎるものを感受する作者のあるがままの鷲掴み方は、ここで選びきれなかった全ての俳句にも感じた。


夕焚火やがて溶けゆく妻の餓ゑ

ほんたうのことは言はぬよ牡蠣啜る

折合ひのつかぬ暗部の四温光

約束のありかに芽吹くふきのたう

茄子漬の昨日に染まる箸の先

面倒なをとことをんな栗を剝く


 夕焼ける焚火の燻る中で妻の声にならない餓えも溶けてゆく。

 本当のことは言わないで牡蠣を啜り合う。

 人間にも自然にも折り合いの付かない暗部の四温光があるらしい。

 約束の在り処に芽吹く蕗の薹。

 茄子漬の「昨日」に染まるが効いた箸の先だ。

 面倒な男と女だけれどもその違いが豊かさなのかもしれない。

 早急に言葉に落とし込もうとするのは、野暮なもんだ。

 この日本列島のどの立ち位置に居てもそれぞれの折々の季節感や個々が感受するあるがままの生き様で詠めるように多様な豊かさを私は夢みてしまう。だから私たちは、もっともっともっと言葉にしがみついて生きていくのかもしれない。


共鳴句もいただきます。


うららかに行方知れずとなりにけり

クレヨンの青だけが無い大西日

夏の蝶地下水脈を知つてゐる

子の尾花われの尾花と歩みゆく

流星の砕けてふきのたうばかり

すがりつくいのちのかたち雪螢

豊饒の雪のほむらとなりにけり

白に白重ぬる雪の音を聴く

かなしみにふれんと雪の穴を掘る

なあ友よこの世だつて存外寒い

指切りをするたび失せし雪をんな

白シャツにくるむ鷗の屍かな

いたしかたなき夕凪をおくりけり


【新連載】新現代評論研究(第31回)各論:後藤よしみ、村山 恭子

 ★ー3高柳重信の新俳句詩法――「垂直の力学」として読み解く 9    後藤よしみ

第2部

新俳句詩法の妥当性の検証 6

後半:完成段階


3)『日本海軍』

この句集の位置づけ

 『日本海軍』は、高柳重信の新俳句詩法が完成段階へ到達した句集である。

 これまでの形成史を振り返ると、一本の明確な流れが見える。『前略十年』では個人的な実存の感情が萌芽し、『蕗子』『伯爵領』では形式の解体が進み、『罪囚植民地』では制度と死の質量が充填され、『遠耳父母』では血縁と神話の深層へ沈降し、『山海集』では日本の土地と古代語彙が核融合した。そして『日本海軍』では、それらすべてが「近代日本そのもの」へ向かって一挙に作動する。

 この句集の語彙は、「八島」「大兄」「長門」「松島」という日本国家のトポスと、「腹割いて」「杖下」という生々しい暴力の言霊が高密度で混合している。多行形式の空間は、戦死者の呪縛・国家の狂気・古代からの権力闘争という巨大な磁場によって、破裂寸前のまま固定された「立体の要塞」へと組織化されている。

 4原則はここでさらなる強度に達し、6モジュールも全方向へ展開する。「垂直の力学」が日本近代そのものへ突入した、この地点において、『前略十年』以来の全句業が一貫した形成史として完成する。

例句 

  夜をこめて

  哭く

  言霊の

  金剛よ  

【4原則の分析】

① 語彙の地質学

 この句の核心は「金剛」という一語にある。この言葉は、三つの異なる地層を同時に帯びている。

戦艦「金剛」 → 近代日本海軍の巨大な兵器・制度の象徴

仏教の「金剛」 → 最も硬く壊れないものを意味する仏教語

山岳信仰の「金剛」 → 山の霊性・土着的な神話の力

 一語の中に、制度・宗教・神話が同時に重なる。それが「言霊」という言葉と結びつくことで、戦艦という近代の兵器が、哭く霊へと変貌する。語彙の地質学は、この句において高密度な形で作動している。

② 倒語法

 「言霊の/金剛よ」という結合は、意味を固定させない。金剛が言霊なのか、言霊が金剛なのか——どちらとも読める。「戦争の犠牲への悲しみ」を直接語ることを拒み、哭く言霊という虚構の形に置き換える。センチメンタルな反戦の感情は徹底的に排除され、「近代日本という制度が内包する狂気」が、冷徹な構造として読者の前に突きつけられる。意味は宙吊りのままであるが、それによって逃げ場のない問いが生まれる。

③ 沈降の力学

 この句の四行を一行ずつ確認する。

夜をこめて ← 闇の時間の中に閉じ込められる

哭く ← 泣き声だけが垂直に落ちる

言霊の ← 声が霊的な存在へ変質する

金剛よ ← 戦艦の深海へ着地する

 各行の改行は、死の運命のカウントダウンとして機能している。「哭く」という一語だけの行が特に重要である。この短い一行が、意味を削ぎ落とした垂直の落下そのものを体現している。読む行為そのものが、泣き声の深みへ沈んでいく運動になる。

④ 深層の噴出

 この句から噴出するのは、「言葉そのものの慟哭」である。高度経済成長の中で日本人が忘却しようとしていた戦争の血、古代からの権力闘争の犠牲者——それらの「日本の歴史の暗黒の無意識」が、言霊となって多行の裂け目から噴出する。これは作者個人の悲しみではない。日本語という言語全体が、その底に積み重ねてきた死者たちの記憶が、声を上げている。

【6モジュールの分析】

 モジュールのこの句での働き  

①身体:「哭く」という言葉が、喉や胸から絞り出される肉体的苦痛として届く  

②音韻:「こ」「ご」という重低音の連打が、深海に沈む戦艦の重量感を生む  

③視覚:闇夜の海に沈む巨大戦艦という、暗く静かな映像が広がる  

④歴史:近代日本の海軍・太平洋戦争・国家の崩壊という歴史的事実が背景を覆う  

⑤心理:国家と自己が融合しながら同時に崩壊していく感覚  

⑥受容:反戦詩としても、日本語そのものへの挽歌としても読める

 この段階の6モジュールは、多行形式が作り出す垂直の落下運動に、鉄と血の物理的な質量を与える高圧の固定具として機能している。音韻モジュールが生む重低音の響きは、言葉をただの文字ではなく「物質」として脳内に届かせる。視覚・歴史・身体のモジュールが全方向へ展開し、「立体の詩学」が完全に作動している。

【まとめ:この句が示すもの】

 この句が示す重要なことは、一つの言葉が複数の地層を同時に震わせることで、「日本語の全歴史が一句の中で鳴り響く」という、新俳句詩法の完成形が実現していることである。

 「金剛」という一語は、戦艦でもあり、仏教語でもあり、山の霊でもある。「言霊」という言葉と結びつくことで、近代の兵器が死者の声へと変貌する。制度と神話と自然が一語の中で核融合する——これが語彙の地質学の到達点である。

また、「哭く」という一語だけの行が、この句全体の核心である。説明も修飾も一切ない。ただ「哭く」という動詞だけが、一行として空間に置かれる。この削ぎ落とされた言葉の孤独な存在感こそが、戦後日本が抱えてきた沈黙の重さを、もっとも雄弁に語っている。

 重信はこの句集において、日本という巨大な言語体そのものを、多行俳句の内部で解体し、沈降させ、再噴出させた。新俳句詩法は、その全過程を一貫して説明する理論である。


4)「日本海軍・補遺」

この句集の位置づけ

 「日本海軍・補遺」は、新俳句詩法が「完成後さらに純化された段階」を示す句群である。

 『日本海軍』では、歴史・国家・戦争という巨大な質量を持つ語彙が、多行形式の中で要塞化された。しかし「補遺」では、そこからさらに一段階進む。助詞も動詞も、言葉と言葉をつなぐ文法上の「糊」がすべて取り除かれ、名詞だけが空白の中に配置される。

なぜそのような形式を取るのか。答えは単純である。言葉が意味の糸でつながれているとき、読者はその糸を伝って意味を消費してしまう。しかし、糸が消えると名詞という「言葉の岩石」がそのままの質量で垂直に落下し、読者の脳に直撃する。これが「名詞による建築」である。

 変化はもう一点ある。読み方そのものが変わる。意味を読むのではなく、名詞と名詞の間の空白を、読者自身の感覚で埋めることが求められる。視覚・音韻・身体・歴史——6つのモジュールが個別にではなく、一瞬で同時にスパークする。これが「立体詩空間」の完成形である。

 形成史として整理すると、初期に感情が萌芽し、中期に形式が解体され、後期に歴史・神話の質量が充填された。そして「補遺」において、文法すら消去することで、言葉の純粋な核融合が起きる。これが新俳句詩法の最終到達点の一つである。

例句

  峯風

  絶景

  十六夜

  秘曲・百済琴

【4原則の分析】

① 語彙の地質学

 この句には、時代も文化も異なる四種類の言葉が同一空間に並べられている。

「峯風」 → 駆逐艦の名前であると同時に、山の頂を渡る自然の風

「十六夜」 → 古典和歌の世界・月の満ち欠けという時間の記憶

「百済琴」 → 古代朝鮮から日本へ伝わった弦楽器・渡来文化の古層

「秘曲」 → 芸能・呪術・失われた音楽

 軍事語彙・古典語彙・渡来文化の語彙・音楽の語彙が、説明なしに一つの空間へ投げ込まれる。これは「語彙の地質学」が最も高密度に達した形であり、日本・朝鮮・帝国という歴史の多層が一句の中で同時に震動する。

② 倒語法

 この句には「何がどうした」という文法的な主語も述語もない。しかし、だからこそ読者は語と語の間に自分で関係を生成し始める。

峯風が秘曲を運んでくる

十六夜が百済琴を照らしている

軍艦が古代の音楽へと変質していく

 意味は作者が語るのではなく、読者の内部で生まれる。これが倒語法の極限形態である。直言を拒むどころか、文法そのものを解体することで、意味の生成を完全に読者へ委ねている。

③ 沈降の力学

この句の四行を確認する。

峯風 ← 軍艦と自然が重なる

絶景 ← 視界が広く開かれる

十六夜 ← 月の時間へ引き込まれる

秘曲・百済琴 ← 古代の闇の底へ着地する

 一語ずつの切断が垂直の落下を作る。助詞がないため、各行の言葉はそれぞれの質量のまま下へ落ちる。読む行為そのものが、日本の歴史層を垂直にスクロールする体験になる。多行形式は「説明停止装置」として完全に機能しており、意味を止めることで沈降の速度が上がる。

④ 深層の噴出

 この句から最終的に立ち上がるのは、「滅びた文明の音が、軍艦の残響として夜に鳴っている」という感覚である。それは意味として理解されるのではなく、文明的な哀歌として身体に届く。百済琴という失われた楽器の音が、帝国の記憶と重なり、噴出する。これは作者の個人的な感情ではなく、日本語の底に眠っていた文明の記憶そのものの叫びである。

【6モジュールの分析】

 モジュールとこの句での働き  

①身体:百済琴の音が、説明を経ずに身体の内部へ直接響いてくる  

②音韻:「ぜ」「じゅ」「ひ」「きょく」という濁音の連なりが、古層の重量感と

暗さを生む。さらに「峯風(5)・絶景(4)・十六夜(5)・秘曲・百済琴

(4・5)」という形式の中に、五七五の崩れたリズムが幽霊のように潜ん

でいる  

③視覚:月光の下に浮かぶ軍艦という幽霊船のイメージが網膜に焼きつく  

④歴史:日本・朝鮮・帝国史が一句の中で交差する  

⑤心理:主体は完全に消え、語群だけが空間に浮遊する  

⑥受容:読む世代や立場によって「雅」「戦争」「植民地の記憶」など、届く響き

        がまったく異なる

 この段階の6モジュールは、同時に作動する。助詞がないからこそ、読者は行間を自分の感覚で埋めることを強制される。その瞬間に視覚・音韻・身体・歴史のモジュールが同時にスパークし、平坦な名詞の列が四次元の立体時空へと拡散する。

【まとめ:この句が示すもの】

 この句が示す重要なことは、文法を消去することが詩の破壊ではなく、詩の完成であるということである。

 助詞や動詞という「糊」が消えたとき、言葉はより自由になるのではなく、より重くなる。名詞という岩石が糸から解放されて、そのままの質量で垂直に落下する。「峯風」「十六夜」「百済琴」という言葉の岩石が、順番に積み重なるとき、軍事と古典と渡来文化という三つの歴史の地層が同時に崩落する。

 また、この句において重信が達成したのは、「日本海軍という制度の形式」を句の構造そのものに刻み込むことである。感情を許さず、冷徹で硬質な名詞の配列——これは海軍という国家の軍事システムの写し鏡である。内容だけでなく、形式そのものが意味を持つ。これが新俳句詩法の最終段階において実現した「内容と形式の完全な一致」である。

 初期の感情の萌芽から、中期の形式の解体、後期の質量の充填を経て、「補遺」における文法の消去へ——重信の全句業は一貫した必然の道筋として読むことができる。そして、この極限状態があるからこそ、後期の『山川蟬夫句集』における「一行への帰還」が、退却ではなくある種の統合として理解される。

(つづく)


★―7:藤木清子を読む19 / 村山 恭子 

19 昭和12年 ⑥


神戸山手街

青き窓日本のすだれ垂らせりき      京大俳句9月

 青き窓は洋館でしょう。夏の強い日差しを避け風を通すすだれがその窓にかかっています。「日本の」で竹や葦などの伝統的な素材を感じさせ、侘び寂びを表しています。また青い窓に垂れている様子に詩情をもたらします。

季語=すだれ(夏)


舗道灼けトーア・アパート花車に擬す   同上

 舗道が熱く焼けている夏。トーア・アパートの玄関や窓には花車のように花々があふれています。黒い舗道、夏の花ならではの鮮やかな色彩の対比が美しく、瑞々しい情景です。

季語=灼く(夏)


わがかげのまずし外人街区ゆく      同上

 我が影がまずしい。痩せ細り品格がないと嘆きながら、外人街区を行きます。外人街区

は豊かさの象徴で、まずしを一層際立たせています。

季語=無季


山手街

六月の山鬱然と背負へりき        天の川9月

 六月の草木がこんもりと茂っている山。勢いが盛んな様子とは裏腹に、気分がすぐれずふさぎこんでいる様子を背負っていると表現し、心の内を吐露しています。

季語=六月(夏)


日本に古り住み泰山木咲けり       同上

 日本に長く住んで来ました。米国から渡来した泰山木が大きな白い花を天に向かって広げています。古り住みと甘い芳香の瑞々しさが対比的です。

季語=泰山木の花(夏)


月涼しよきおもひ出をもたぬわれ     旗艦34号・10月

 昼の暑さが去り、夜空に輝く月の涼やかな情景。良い思い出を持たない私を卑下し、月を眺めながら過去を反芻しています。

季語=月涼し(夏)


幸福な人はつれなくうつくしき      同上

 幸福なひとはつれないけれど美しいと言っています。作者は幸福ではないと暗喩しますが、「つれなくうつくしき」の平仮名表記が優しく、読み終えた後に静寂が広がります。

季語=無季


きりぎりす昼が沈んでゆくおもひ    旗艦34号・10月、天の川10月

 体感で捉えた昼が沈んでゆく思い。きりぎりすは日常生活や人と密接に関りがあり、沈みゆく思いへの展開が巧みです。

季語=きりぎりす(秋)


冷房の窓の戸固きのぼる                      同上 

 冷房のかかっている窓が固く閉まっています。階段を登っていますが、そこには冷房が効いていないのでしょう。冷房の窓の内にいる人、階段を登る人。夏の暑さが読み取れます。

季語=冷房(夏)


少女の四肢ほそくかしこく冷房に     旗艦34号・10月 

 少女の細い四肢。かしこくから礼儀正しく揃えられている様子が伺えます。すらっと伸びた四肢は美しく、冷房の効いた室内でのますます涼しげな情景を表わしています。

季語=冷房(夏)


兵征けりしろき峰雲ゆるぎなく     旗艦34号・10月、天の川10月

 兵は征ってしまいました。白く大きな峰雲は力強く揺るぎない。出陣した兵は峰雲のように雄々しく気高い姿でした。兵の無事を願っています。

季語=峰雲(夏)


【連載】新現代評論研究:『天狼』つれづれ 第12回:「実作者の言葉」…「誓子の万葉揮毫歌碑」 米田恵子

 「天狼をよむ会」というのが2021年1月に発足し、現在も不定期ではあるが続いている。山口誓子記念館の私としては、本当に有意義な会になっている。戦後すぐの雑誌なので、まだまだ旧漢字や旧仮名遣いがあり、また、内容的にも何が書いてあるのか、正直言ってわからない評論があったりする。そんなとき、理解できた人の意見や説明を聞くと、ああそうかと納得できたりする。本当に貴重な会である。

 私は山口誓子記念館で誓子の資料や蔵書の管理・整理の仕事をしているが、たまに、誓子について問い合わせが来ることがある。完全に忘れていたことを思い出させてくれたりするが、それにしても誓子について知らないことが多い。しかし、速度は遅いけれど、ずっと謎だったことが解決することもある。今回は、「実作者の言葉」とは直接関係ないかもしれないが、何年も謎だったことが解決したということを紹介したい。

 『天狼』昭和26年4月号の「選後獨断」(誓子選の読者の投句欄「遠星集」の誓子の評)に述べられていることである。特選に入った八田木枯の句「夫婦となり空につめたき日が一つ」の評に、誓子は万葉集の「敷島の日本(やまと)の国に人二人ありとし念(おも)はば何か嗟(なげ)かむ」の和歌をあげている。八田木枯の句は、新婚の夫婦を詠んでいるが、誓子はこの「つめたき日」が「夫婦生活を規定し、夫婦の間の震撼たる雰囲気を傳へて来る。夫婦にはなったが、二人とも燃え立つこともなく、しづかで素っ気ない」と述べる。確かに、誓子と波津女の新婚時代からすると、考えられないような冷たさである。

 ところで、和歌のほうであるが、現在の解釈は、この国にあなたが二人いるのだと思えるなら、どうしてこれほど嘆くであろうか、という解釈のようである。しかし、以前は「人二人」を「私とあなた」ととり、「この国に私とあなたの二人しかいないと思えば、嘆くことなどあるはずがない」と「二人のために世界はあるの~」という熱い二人という解釈であったそうだ。だから、誓子もアツアツの二人と解釈し、新婚夫婦の冷たさはこの和歌と正反対だと述べる。(参考:『山の辺の歌碑をたずねて』犬養孝監修、タイムス、昭和48年)

 さて、和歌の解釈はおいて、この和歌は、誓子が揮毫した歌碑として、奈良の「山の辺の道」にある志(し)貴(き)御県座(みあがたにます)神社という小さな神社に建立されている。この神社は数仁天皇の磯城瑞籬宮(しきみづがきのみや)跡だそうである。誓子とこの神社とは関係がないようであるし、数仁天皇とこの和歌も関係がないようである。だから、なぜ誓子はこの和歌を揮毫したのか、ずっと疑問であった。当時の桜井市が桜井市長と桜井市出身の文芸評論家、保田與重郎氏を中心に心ある人々に記紀歌謡を楽しんでもらおうという意図から山の辺の道に有名な文人によって揮毫された歌碑を建立したということである。

 しかし、誓子はどうしてこの和歌を選んだのか、わからなかった。すでに揮毫の和歌は桜井市のほうで決まっていて書いたのかと想像するほかなかった。しかし、その和歌が『天狼』昭和26年4月号の「選後獨断」に載っていたのである。どうやらどんな和歌を揮毫するかは文人に任せられていたようだ。きっと、誓子もどんな和歌を選んだらいいか、悩んだことだろう。そこで、思い出したのが以前『天狼』に紹介した「磯城島の」和歌だったのだ。

 実に10年以上経ってやっとわかった。桜井市の担当者から言われるがままに揮毫したのではなく、以前興味を持っていたこの和歌を選び、揮毫したのである。長年の疑問が解けて嬉しくもあり、学芸員的な仕事もしている私にとって、ほっとしたものである。

 しかし、「天狼を読む会」の出席者の前でこのことを言うと、何が嬉しいの?という反応であった。俳句の揮毫ならまだしも歌碑の揮毫など、俳人や研究者には関心のないことであろうし、俳句や誓子に興味があっても、記紀歌謡には関心がないといえるかもしれない。八田木枯の夫婦の句のように「つめたき日が一つ」あることを感じてしまった。

【発行人補足】

 現在、山口誓子記念講演会として「誓子と三鬼」が開かれています。小林恭二氏『三鬼』(講談社)が話題となっています。ご参加ください。


【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(73)  ふけとしこ

  ぶんぶん

猛暑とや酷暑とや掃除機をぶんぶん

ポップコーンに爆ぜぬ一粒秋暑し

重ね目を正せば紙に秋の影

ゆきあひの空や詐欺師のこゑの良き

鰭強し銀河の淵に棲む魚の

       ・・・

 フトモモを再び。

 ただし、今回のフトモモは「捕手の太腿」ではなく植物のフトモモのことである。漢字で書けば蒲桃。英名はrose apple。

 「フトモモ科よ」と説明すると、多くの人は「エーッ!」と言って笑い出す。これは「太腿」を連想してのことだと思う。私のアタマでも聞いた瞬間についこの漢字へ変換してしまうからとてもよく分かる。  

 フトモモと言われるとどんな物? となるが、蒲桃(ホトウ)とかローズアップルとか聞けば何となく食べられそう、美味しそう、と感じる。

 植物図鑑を見ているとフトモモ科という説明によく出合うのだが、私は長くフトモモ自体を知らなかった。

 図鑑やネットなどにその名が出てくる度に、どんな植物なのだろう? と思い、知りたいと思うようになった。

 ユーカリ・ブラシノキ・グアバ(バンジロウ)・ティーツリー・フェイジョア・ギンバイカ等々、フトモモ科に分類されている物は多い。そのどれもが樹形や樹高はさておき、草本ではなく木本である。

 更に共通するのは、その花である。ブラシノキ(牧野植物図鑑ではマキバブラシノキだったか)を思えば手っ取り早いが、とにかく、花の形を云々する前に長くて数の多い雄蕊が目立つのである。

 あやふやな記憶だが、どこかの植物園の温室で出合えた。それは大きな不愛想な木だった。花の時期ではなかったから、暗緑色の細長い葉ばかりが茂っていたのだが、これが、その本家本元のフトモモなのか……と見上げたのだった。

 後日落ち着いて調べてみたら、果樹の扱いになっていた。生食の他、ゼリーやジュース、ソースなどに加工されるのだという。そもそもは東南アジアやアメリカ、日本では沖縄などの熱帯地方で自生が見られ、栽培もされているとのことだ。加工品として出回っているのであれば、私も知らないままに口にしていたかも知れない。

 写真で見ると、赤くて艶のある綺麗な果実である。

 しかも芳香を放つという。そういうことならば、是非とも実のある時期に出合ってみたいものだ。

 仲間であるフェイジョアはよく知っている。花の特徴、例えるならば紅と白の絹の摘み細工のような美しさもあり、庭木にされていることも多い。

 実は熟れても灰緑色。楕円型で長径が4センチ程しかなく、目立つものでもないが、食べると何とも美味しい。とても爽やかな味である。

                               (2026・8)


【未来俳句・短期連載1】心身から考える未来俳句  横道誠

  吾輩は俳人ではない。名前はもうある。大阪で生まれ、京都で生きてることには見当がついている。文学研究者であり、自閉スペクトラム症など多くの問題の当事者である。「未来俳句宣言」と山根もなか氏の「未来俳句宣言に寄せて──「短律」という武器、あるいは二重露光にいて」を読んで、俳句の未来と同時に、俳句を受けとる吾輩の心身のことを思った。

 山根氏はあえて「身体」に焦点をあてている。そのほうが衝撃力は大きい。しかし吾輩は心身一元論者、あるいはむしろ心身一・五元論者なので、「心身」として考えたい。どんな形式ならどんな心身が息をしやすいのか、とはおもしろい問いだと考える。

 私事にわたるが、吾輩が海外でもっとも感動した場所のひとつとして、パリが挙げられる。凡庸な趣味だと非難されることは、甘んじて受けいれる。また以下の内容は、吾輩の『発達障害者が旅をすると世界はどう見えるのか──イスタンブールで青に溺れる』(文春文庫)のパリに関する記述と部分的に重なっていることをご寛恕いただきたい。

 ルーヴル美術館からコンコルド広場、シャンゼリゼ通り、エトワール凱旋門、さらに新凱旋門へと伸びる直線。エコール・ミリテール、シャン・ド・マルス、エッフェル塔、トロカデロへと伸びるもう一本の直線。それらを別の軸がつらぬく。

 建物が美しいだけではない。建物と建物の配列が美しい。

 自閉スペクトラム症者には、集めて並べることに強く惹かれる人が多い。吾輩も例外ではない。物を集め、書物を集め、知識を集め、経験を集めてきた。ひとつのものより、ものともののあいだに生まれる秩序を見つめてきた。パリはまさに、巨大な収集および配列として賞味にあたいした。

 以前、中学校の国語教科書のために十五句を選ぶならどうするか、と考える機会を持った。そのとき吾輩の脳裏にはパリが背景として展開した。


古池や蛙(かわず)飛びこむ水の音 松尾芭蕉

斧入れて香(か)におどろくや冬木立 与謝蕪村

をととひのへちまの水も取らざりき 正岡子規

赤い椿白い椿と落ちにけり 河東碧梧桐

分け入っても分け入っても青い山 種田山頭火

水枕ガバリと寒い海がある 西東三鬼

萬緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男

炎天の遠き帆やわがこころの帆 山口誓子

草二本だけ生えてゐる 時間 富澤赤黄男

戦争が廊下の奥に立つてゐた 渡辺白泉

ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜 桂信子

彎曲し火傷し爆心地のマラソン 金子兜太

かぶとむし地球を損なわずに歩く 宇多喜代子

皿皿皿皿皿血皿皿皿皿 関悦史

起立礼着席青葉風過ぎた 神野紗希

 

 並びは俳人の生年順である。

 この十五句はいずれもそれ自体として、パリと何の関係も結んでいない。それでも吾輩には、十五句をとおして立ちあがる香気が、パリの美と等しいものに感じられた。

 芭蕉の水音は一点をうがつ。蕪村の斧は冬木立の内部から香をひらく。子規の句には、飲まれないままの水と戻らない時間が屹立する。碧梧桐の赤と白は、並んだまま落下する。山頭火は同じ言葉をつぶやきながら、深い山のなかへと進んでいく。

 そこから海、帆、歯、時間、戦争、蛍、爆心地、地球、血、青葉風へと広がる。

 五七五に収まる句もある。収まらない句もある。未来の俳句を考えるならば、もっと自由律は多いほうが良い選択だろうか。季語が句を支えることもあれば、語の反復、空白、漢字の形、散文的な長さ、命令のようなリズムが句を支えることもある。十五句は同じ器に入っていない。けれども並べるとひとつの街になる。

 短律に向かい、文法を削り、語と語の谷間を大きくする。富澤赤黄男の〈草二本だけ生えてゐる 時間〉では、空白が草と時間を隔て、つないでいる。この方向には強く惹かれる。他方で関悦史の〈皿皿皿皿皿血皿皿皿皿〉では、文字列が出来事と化す。神野紗希の〈起立礼着席青葉風過ぎた〉では、教室の規律を青葉風が一息に吹きとおる。

 形式はすでに音数だけのものではない。

 山根氏は、先ほど名指した文章で、定型を享受しにくい知覚を持つ者にとって、短律は己の知覚に合った新しい器になりうると述べている。吾輩はこの見方に賛同する。

 もちろん形式からの解放が、すべての心身にとって解放になるわけではない。しかし従来の形式が苦しい人はいる。定型の器に己の知覚を押しこめることで、呼吸しづらくなる人がいる。その一方で形式があるから安心して言葉を置ける人もいる。

 反復。順序。枠。数。

 吾輩のような自閉スペクトラム症者にとって、それらは拘束になることもあれば、不安定な世界を歩くための手すりになることもある。古い器を壊せば自由になる、と単純には言えない。器を集め、選べることから何かが始まる。

 五七五という器。

 自由律という器。

 短律という器。

 視覚による器。

 まだ名前のない器。

 心身が形式を生み、形式が心身を支える。その往復のなかに俳句がある。

 最後に吾輩の俳句を記しておこう。

 

地震かと貧乏ゆすりを友の言ふ 

俳句 春夏罰秋冬ついに五季 

青い海白い雲そして太陽そして


【横道誠(よこみち・まこと) 一九七九年、大阪市生まれ。京都府立大学文学部准教授、博士(文学)。専門は文学・当事者研究。著書に『みんな水の中』(医学書院)、『当事者対決! 心と体でケンカする』(頭木弘樹氏との共著、世界思想社)、『読書嫌いを覚醒させる至高のブックリスト』(ちくまプリマー新書)ほか多数。】

【未来俳句・短期連載2】新俳句宣言:坪内稔典氏の反論の吟味  ―文学はどこまで短くなることが出来るのか―  筑紫磐井

 ウエップ俳句152号で、「筑紫磐井の〈新俳句宣言〉にたいして」が特集された。ウエップ俳句15Ⅰ号で筑紫が執筆した「未来俳句宣言――俳句が芸術となるために」に対し、俳人121人に原稿依頼し、諾57、否58、無回答6であり、その回答諾者の発言をすべてまとめたものだ。回答諾の57人の内6割は否定的回答、4割が或る程度共感といったところか。


1.ウエップ俳句152号特集「筑紫磐井の〈新俳句宣言〉にたいして」特集

 そもそも、筑紫が「未来俳句宣言」を書いた理由を述べておきたい。今年度、現代俳句協会は会員が大幅な減少を示し、最盛期の9000人から4000人を切る状態となっている(これは他の2協会も同様な状況だ)。そうした中で会長・副会長を中心に改革委員会が設けられ近年にない真剣な議論が行われた。協会としては正しい判断だと思う。その中で、あるメンバーから、現俳協は「俳句自由」を理念にしているが、はたして減少している俳句人口の中で「俳句自由の理念」だけで俳人を呼び込めるかという疑問が出された。分かりやすく言えば「現代俳句協会の俳句はなにでもありです」で血が湧き肉が躍るだろうかという疑問なのだ。考えればこの問題は改革委員の一人一人が考えなければならず、一人一人が回答を提示すべきものだろう。そうした経緯から「未来俳句宣言」を書いたものだ。もちろん、上のアンケート結果から明らかなように、現俳協の内部でもこの宣言に反対している会員も多いが、談論風発が特色の現代俳句協会にあっては性急に何が正しいかの結論を出すことではなく、むしろ論議こそが活発化の源泉のはずである。その意味では現代俳句協会のなかのコップの中の嵐としての提言と考えていた。

 ウエップ俳句152号の特集で少し困ったのは、俳壇全体が未来俳句宣言に向かわねばならないか否かという反応を得たことだ。私の未来俳句宣言は、「現代俳句協会のための未来俳句宣言」(誤解を得ないように第一未来俳句宣言とも最近は言っている)であり、前衛俳句をピュアにした「我々は、過去に見たことのない風景を見たい」という姿勢を示す。しかし、俳句に対しては様々な考え方があり、現代俳句協会と対照的な日本伝統俳句協会は花鳥諷詠という理念を持っておりこれを醇化すれば別の未来俳句宣言が見える筈だ。ウエップ俳句153号では「第二未来俳句宣言」を執筆してみた。ここでは、「我々は、過去に見たことのない風景を見たい」ではなく、「如何に卓絶した本質的類想句を見出すか」が求められる。

 実は最後の俳句の協会である俳人協会にも未来俳句宣言が可能かを検討中である。うまくまとまれば俳人協会のための「第三未来俳句宣言」を提示してみたいが今のところなかなか難しい。なぜなら現代俳句協会の「前衛」、伝統俳句協会の「花鳥諷詠」に匹敵する俳人協会の理念がよく分からないからである。もしかして俳人協会に未来俳句宣言が不可能なら、俳人協会に未来はないということにもなりかねない。慎重に検討してみたい。


2.坪内稔典氏の批判

 この特集で坪内稔典氏は「盤井さん、なんだか変だよ。」を書かれているが、未来俳句宣言批判の中で問題を一番集約している意見と思えたのでこれを取り上げてみたい。批判者の論点がほぼ含まれると思うからである。

 その前に言っておくが、私の未来俳句宣言は2部構成となっている。「➀宣言に至る経緯」と「➁宣言集」である。

 「➀宣言に至る経緯」はなぜ個別の宣言が出されるかの背景説明であり、一種の総論であり、「俳句の歴史とは、子規の「新俳句」→新傾向→ホトトギス→新興俳句・人間探求派→社会性俳句→前衛俳句→閉塞の時代(前衛と伝統の固定化)であった。新しい時代の精神は常に前の時代の否定から生まれてきた。」という歴史認識と、「我々は、過去に見たことのない風景を見たい」という指針である。現代俳句協会の人々には、こうした歴史認識と方針を持ってほしいと考えている。ウエップ俳句152号の特集では現代俳句協会の人々はこの点について共感して頂いているようで安心している。

 「➁宣言集」は➀の経緯を踏まえてどれくらい刺激的で野心的な宣言が出るかのコンテストを募集している。❶【筑紫磐井の宣言】としたのは、もともと以下❷❸❹・・と続くことを期待しての提示である。一例としての私の宣言をあげてみたのであるが、袋だたきになることを覚悟している。しかし大事なのは現代俳句協会会員であれば、❶【筑紫磐井の宣言】に猛烈は反発した、別の❷❸❹が出て来るべきだろう。

     *

 坪内氏はまず次のように言う。


 「「新しい時代の精神は常に前の時代の否定から生まれてきた。」「我々は、過去に見たことのない風景を見たいのだ。」。俳句にかかわってのこうした筑紫盤井さんの発言に賛成です。」


 これは私の未来俳句宣言の内の「➀宣言に至る経緯」の部分についての評価である。坪内氏は現代俳句協会会員ではないが比較的近い立場にいた人であり、攝津幸彦、澤好摩と競い合い、その貢献に対して本年度の現代俳句大賞を受賞した先輩である。認識を共同していただけたことが分かり安心した。だが、


 でも「ウェッブ」151号に出た「未来俳句宣言」には反対というか、勝手にどうぞ、という感想です。」


 これは私の未来俳句宣言の内の「②宣言集」――特に❶【筑紫磐井の宣言】についての評価である。


 「その理由はボクなりにはっきりしています。盤井さんが挙げている未来的な作品のほとんどに共感しないからです。「ある日快晴黒い真珠に比喩を磨き」(兜太)がいいですか。「麿、変?」(れおな)に感動しますか。

  藻ねむり

  そよ風、そよ死

  渾 煌く犠

 右は盤井さんの作品ですが、作品以前のメモとしかボクには見えません。一行が「四文字、ないし三文字で十分だ」という盤井さんの未来の俳句には賛同しません。」


 もちろん新しい俳句というのは、常に「勝手にどうぞ」というしかないのだ。虚子は、秋櫻子や人間探求派の俳句を「我等の俳句」ではないといって批判した。これは一種の「勝手にどうぞ」だろう。しかし一方で、虚子は「我等の俳句」ではないところで俳句が詠まれることを否定はしていない。富澤赤黄男の「蝶墜ちて大音響の結氷期」を「面白い処があるんぢゃないかといふ気もするね。草田男は理屈つぽい。『蝶墜ちて』は理屈がなくていゝね。」(拙著『虚子は戦後俳句をどう読んだか』参照)という。自らの制作原理と鑑賞原理は少しずれていた方がいいと思う。

 兜太やれおな、私の俳句等は認めれらないという多くの人もいることを否定しない。しかしそれは未来が解決すべき問題だと思う。

 問題は、そうした結論を出す評価基準についてはある程度客観的な議論をすることが可能と思う。れおなの「麿、変?」や私の「我と無」が作品以前のメモとしか見えないのであれば、およそあらゆる短律が価値が無いことになりかねない。

 れおなや筑紫の句が「作品以前のメモとしかボクには見えません」というなら、次の近現代の俳句はこの基準で評価すべきだろう。


咳をしてもひとり 尾崎放哉

月夜の葦が折れとる

分け入っても分け入っても青い山 種田山頭火

うしろすがたのしぐれてゆくか

陽へ病む 大橋裸木


 坪内基準でいえば「作品以前のメモとしかボクには見えません」と言わねばならないだろう。実は坪内氏は自由律俳句に対しては批判的だ。

 『モーロク俳句ますます盛ん』(岩波書店2009年)では近代俳句史として虚子から戦後までの俳句をわかりやすく解説してくれている。この中で自由律俳句も紹介しているのだが、かなり批判的だ。

 「定型句にない魅力を発揮したのは短律であった」と言いつつ、「放哉と山頭火という今日の人気俳人を生み出した自由律だが、実際はこのふたりのほかは、ほとんど忘れられている。」、「おそらく自由律は言葉の作品として自立することが困難になるだろう。」、「結局は定型による表現以上の魅力を引き出すことはできなかったのではないか。」という。最近の若い自由律作家住宅顕信の作品も放哉・山頭火の文体の模倣に過ぎない、という。

 もちろん、文学的評価を受けないでは作品は残らない。自由律の作品とてそうなのだが、それはいやになるほど存在する有季定型俳句もそうなのだ。放哉・山頭火以外すぐれた自由律作品がないというなら、自由律作品の中でなぜ放哉・山頭火だけが優れているのかも語らねばならない。なぜ、「定型句にない魅力を発揮したのは短律であった」にもかかわらずその可能性を探求してはいけないのだろうか。

 我々はいきあたりばっかりにしか名句と出会うことがないのだ。おそらく短律であれ、長律であれ、定型であれ、形式とは関係なく文学的名作があり得るということだと思う。短律も、長律も、定型も文学的な感興のきっかけにすぎず、その形式にのめり込めるということが大事だ。

 そもそも片言性が最もふさわしいのは短律にほかならないのではないか。「咳をしてもひとり」はまさに片言性そのものだ。坪内氏の片言性に私が共感を持っていたのもそうした理由だったかあらである。


3.坪内稔典氏のモーロク俳句宣言

 坪内氏の最近の過激な発言は『老いの俳句』(ウエップ2023年刊)でますます推し進められている。発端は、次の句である。


天の川わたるお多福豆一列 加藤楸邨


 坪内氏は「この句に私は電撃的と言ってよいくらいに感動したのである」と述べている。天の川にお多福豆一列とは、「常識を逸脱、或いは大きく超えている。これはモーロクして常識的脈絡を逸れたものの表現だ、と私は思った。」。片言俳句論から始まった稔典俳句からは、このモーロク俳句が導き出される必然性はある。私も共感するが、ただ私は、俳句における独自性として〈日本の詩学における西洋的論理主義の否定〉としてとらえなおしてみるべきだと思っている。「片言俳句論」は許容できるが、「モーロク俳句」はそのネーミングから誤っていると思われる。なぜならいわゆる坪内氏の「モーロク俳句」は年齢とは無関係に存在し得るからである。


あさきゆめみしはごまの花なのか    阿部完市

あるはんぶらつく移動祝日の晴ればれ  加藤郁乎

麿、変                高山れおな


 これを坪内氏なら「モーロク俳句」というのではないか。しかし彼らはモーロクしていない。まだ意欲満々で、意識的に反骨の塊で俳句を詠んでいるだけなのだ。

     *

 坪内氏の「モーロク俳句」を読むためには「坪内氏のモーロク俳句宣言」を想定した方がいいであろう。『老いの俳句』で坪内氏は次のように述べる。まさに「モーロク俳句宣言」である。


【坪内氏のモーロク俳句宣言】

「自分へ向かっての発言でもあるのだが、俳人、まして老人は、尋常はだめ、従順もだめ、古びてももちろんだめ。単純にいえば、ハチャメチャに言葉を使うべきなのだ。できるだろうか、そのような言葉使いが。権威とか気高い精神、あるいは悟りや諦念、そうしたものを破壊して乱雑や混迷や混沌の言葉に触れる。それができたら、もしかしたら老人も俳句を生かすかもしれない。


 ・できるだけ口語を使う。

 ・仮名遣いを現代仮名遣いにする。

 ・カタカナ語、流行語などを積極的に用いる。

 ・取り合わせで句を作る。


 これは私が自分に課している作り方。このような作り方を通して現在の流動する日本語

に触れたいのだが、実際はなかなか難しい。次はその試行の一句。

  この朱欒ギリシャの村の道端だ」


 このように述べている。「片言俳句論」以来論理は一貫している。しかし、その上で坪内氏は「お多福豆の句を何度も話題にしたが、モーロク俳句という見方は一向に広がらない。」「みなさん、大口を開いて笑うが、でも、笑うだけで終わってしまう。」「モーロク俳句の意義や可能性を言えば言うほど、仲間というか友達がいなくなるのだ。」と述べる。やはり過激な宣言者は常に寂しいのだ。

 このモーロク俳句宣言を私の宣言と比較してほしい。方向性はかなり違うが、言葉にこだわった宣言(ハチャメチャに言葉を使う)、年齢と関係のない宣言、俳壇からほとんど受け入れられず模倣者も現れないという点では非常によく似ている。


【筑紫磐井の未来俳句宣言】

「詩、とりわけ俳句は――

①一行があまりにも長い。四文字、ないし三文字で十分だ。文法は要らぬ、名詞・動詞だけで辛うじて伝達はできる。文語・詩語、誤字・誤用の駆使も一行を更に短くする。

②一行の中でたやすく(部分的)類想が発生する。だから全体の模倣だけでなく極微の模倣も否定せよ。 

③隣る二行は連想を結合する。行の谷間を極大にせよ、

④一行ですべてを述べ、全体の構想を断ち切ろう。偶然がいつか全体を語るはずだ。」


三、未来俳句宣言の最終の目的

  こう見れば、未来俳句宣言の最終目的が見える筈である。それは「文学はどこまで短くなることが出来るのか」である。ことは俳句をはるかに超えている。我々は、世界で最も短い詩(俳句・haiku)を通じて文学の根源にたどり着く入口に来ている。私たちが問うのは、極限まで短くなることにより文学は何を失うのか、何を獲得するのか、である。