【俳句作品】
- 平成二十六年歳旦帖 第四
……近 恵、黄土眠兎、堀田季何、小澤麻結、栗山 心、
これは互いに交わらないかもしれないし、ときには敵視しあう。俳句が大衆的な基盤を保ちつつ作られ続けるだろうということは見越せるとしても、その内部ではいろんな軋轢、反目はなくならないでしょうね。それを活力に転じることが出来るか、非生産的な消耗戦として遂行していくかという違いはあるにしても。
俳句形式に固有の聖性への回路があるとすれば、それは日常生活・技術・物・溺死者といった断片的個人的なものたちに凝集された歴史性と、聖性・法・道徳律といった不可視の統合性との間にあるものとしての人間に、脇句以下を欠いた断片として独立し、個人の内面や言説性をその短さと滑稽性によって相対化しつつ、ひとつの統合性を示すという俳句のあり方とが構造的に相似であるという点に他ならない。俳句の懐かしさはここにある。俳句は飛躍と断裂と驚異によって自己や因果律を離れ、その上で他界的なものを含みつつ再統合を果たすものなのだ。
ここでの句作は、大災害の表現不能性に直面することではなく、涙を誘う程度には理解・受容の可能なものへと震災をスケールダウンしていくことにひたすら奉仕しており、この句集の達成と限界はいずれもそこにある。(略)
繰り返すが、嘆き、泣くという感情的な反応に回収可能な、綺麗なものへと震災体験を変貌させることが、照井翠にとっての震災俳句の意義なのだ。(「俳句形式の胸で泣く 照井翠句集『龍宮』を読む」『週刊俳句』二〇一二・一二・一六)
この句集が読者にとって辛いのは、震災体験に晒された人の苦しみに巻き込まれるからということだけではなく、涙に俳句を奉仕させることの倫理的ともいうべき是非に、作者とともに立ち会わされるからである。
不幸の度合いが大きければ大きいほど、被写体としての価値は増大する。当たり前のこと。でもならばなぜ、人は誰かの不幸に興味があるのだろう。そもそも僕はなぜここにいるのだろう。なぜ両親を亡くした子どもを撮りたいなどと考えたのだろう。(略)
事件や事故、そして災害は、すべて「人の不幸」が前提だ。愛を訴えるとか絆を確認するとか後世の教訓にするとか、そんな綺麗ごとで自分や誰かをごまかしたくない。状況が悲惨であればあるほど、記事や映像は価値を持つ。だって人は人の不幸を見たいのだ。そして僕たちは、人のその卑しい本能の代理人だ。つまり鬼畜。謙虚でも開き直りでも比喩でもなく、鬼畜のような行状を仕事に選んだのだ。(森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治・佐藤忠男『311を撮る』岩波書店、二〇一二)
三角錐 正木ゆう子
髪切りてどこかにひとつめの蓮華
いぬふぐり母への言葉溜めてをり
きさらぎの昼クリスタル眠る地下
春宵の蒼さの底にゐてひとり
無人の夢見て三月の朝遠し
蘇枋咲く頃部屋隅の三角錐
雪の夜の夢の放恣を許しけり
眠らねば朝来ぬごとく雪降れり
雪の中を行くべき手紙投函す
六月やナルシシズムの果ての月
しづかなる反戦 筑紫磐井
ヒロシマや万緑の奥うづきにたへ
原爆忌呪縛のごとき火の明るさ
八月の怒りしづかにまなこ灼く
円柱の胸間よぎる黒い蛇
妄執に餓鬼道のみづ水を恋ふ
ひるねざめ血のうみのゆめだぶだぶと
原爆忌雪の如くに人は消え
死者は行くな青葉密なる白き河
しづかなる反戦の夜火蛾よとべ
雪しんしん俳句を捨てて銃持てとや
「純真と自愛」 友岡子郷
髪切りてどこかにひとつめの蓮華 正木ゆう子
清らかさとどこか隠微な美しさとがうっすらと重なり合った感じがある。もともと、いくぶんの奔放さを秘めた多才の人のようで、次の作品などにその片鱗が覗く。
きさらぎの昼クリスタル眠る地下
蘇枋咲く頃部屋隅の三角錐
どこかつっけんどんだが、若い才能を開花させるためには、こういう多少の粗さをためらってはならないと思う。
八月の怒りしづかにまなこ灼く 筑紫磐井
「八月の怒り」は、ほぼ「原爆投下への怒り」と普遍してとらえられるであろうから、この句は一応の独立性を持つと見てよい。
この一編、反戦への疼きをテーマにしているが、そのような社会的政治的な渇望を持つことは、詩人の究極のヒューマニティに関わる重要事に違いない。問題はどう現わすかである。
死者は行くな青葉密なる白き河
しづかなる反戦の夜火蛾よとべ
力詠だが、やはり平均作と見る。正木ゆう子は第一句集『水晶体』には「髪切りて」「雪の中」の句を納めているだけである。まだそれ程自信があるわけではなかったであろう。ただ、ある独特の雰囲気が、失敗作であろうと、句集に残さなかった句であろうと、漂っているのである。例えばそれが青春だと言ってしまえば言えなくもない雰囲気なのである。
髪切りてどこかにひとつめの蓮華
きさらぎの昼クリスタル眠る地下
蘇枋咲く頃部屋隅の三角錐
雪の夜の夢の放恣を許しけり
雪の中を行くべき手紙投函す
六月やナルシシズムの果ての月
厄といふ赤み帯びたるもの落す 「青」1989(平成元)年3月号
ニコチンで肺がまつくろ磯巾着 〃 5月
チューリップ花びら外れかけてをり 〃 6月
水遊びする子に手紙来ることなく 〃 8月
北風や椿油は瓶の底 〃 1990(平成2)年1月号
世を捨てて 山に入るとも味噌醤油 酒の通ひ路 無くてかなはじ 狂歌師・大田蜀山人上記の歌はキッコーマン社のサイトから醤油のルーツとなる歌をみつけた。世捨て人となり山に入るにも味噌醤油は無くてはならないものだという歌だろう。永遠に使い続けられる醤を父としているのであるから、無くてはならない存在という意味として解してよいと思える。それが肉醤であるというのだから、ケモノの匂いのする父を想像するのである。
夏を愛する人は 心強き人 岩をくだく波のような 僕の父親一般的に父というのは、荒々しく厳しく、強いというイメージがある。では、肉醤にそのイメージがあるのかということになるが、ケモノから作った醤(ひしお)であるのだから、プリミティブ、野蛮ということを思う。
冬を愛する人は 心広き人 根雪をとかす大地のような 僕の母親
「四季の歌」詞・曲:荒木とよひさ
水赤き捨井を父を継ぎ絶やす
父はひとり麓の水に湯をうめる
父はまた雪より早く出立ちぬ
馬強き野山のむかし散る父ら
さし湯して永久(とは)に父なる肉醤(にくびしほ
少年老い諸手ざはりに夜の父
an empty elevator
opens
closes
JACK CAINビジュアル的にも惹かれてしまい、「俳句的」な思考が確かにあると思った。言葉による映像である。これは説明するに及ばず、言葉が目に入り、脳を通して頭の中で映像となるという連鎖反応が起こり読者がそれぞれの映像を想像する。私は上掲詩により、映画監督・デイビットリンチ的な不可思議な世界を思い、説明すると一気に野暮になるのだが、空っぽのエレベーターの扉が開いたり閉ったり永遠とつづく「映像」を想像し、妙な感動を覚える。これは短詩型でなければ起らないことだろう。
RIDING PIECE
Ride a coffin car all over the city.
1962 winter Yoko Ono”grapefruits”命令形であるはずだが、街中を霊柩車に乗って行くという空想の何物でもない気がする。しかし、オノ・ヨーコは実際にこの言葉からメルセデスベンツの霊柩車を制作して実際に街中を走るのである。こういうクレイジーな感じがするところが60年代の世界の風潮にも合っていたのだと思う。
頭の中で白い夏野となってゐる 高屋窓秋
蒼い橋 正木ゆう子
角ごとに風が生まれる二月の街
青き踏むスカートの裾軽く
桃咲いて部屋の四隅のやはらかし
シャボン玉ぱちんとはじけ山遠し
春暁の首すんなりと起き出づる
春浅しギターの弦を強く張る
春病めば足が遠くにあるごとし
恋いくつ籠めて春夜の喫茶店
バスが渡る春の夜の蒼い橋
喉の奥に狂気が育つ桜かげ
サイネリア咲くかしら咲くかしら水をやる
春のセーターからひとすじのラメを抜く
春の夜の髪の重さをもてあます
粉砂糖ほろほろこぼれ春寒し
故郷や母の後ろに連翹散り
昭和27年6月22日
浅瀬から沖へ
去年の夏の或る日、黄色い小菊を抱いて歩いていると、ふと季語入りの十七文字の短い言葉が口をついて出て来た。それ以来、まるで子供が浅瀬で水遊びをするようにピチャピチャと俳句を読み、俳句とも言えないようなものを作ってきた。今、半年たって、自分にとっての俳句を意識して見ると、その魅力はもう浅瀬ではなく、引き返せなくなっていることに気づく。こうなったら覚悟を決めて、沖へ泳ぎ出すだけだと思っている。
秩父魚虫図 筑紫磐井
始祖鳥のまぼろしと啼く草いきれ
廃屋に蛇の睡りのわだかまる
蜘蛛去って鬼気ただよへり蜂むくろ
青蝿の一瞬に消え屍を残す
秩父には魑魅棲みつぐと油蝉
不気味にも夜の雲ちぎれ蛙なく
水底の我が影はめるかと大群
泉底に小さき修羅場や藻が隠す
炎天のどこから湧ける山の婆
水中花睡りの中にのみ揺れて
※
廃屋の枝垂れ桜は夜が妖し
白梅の混み合ふ上を日が流れ
ものの芽にあはあはとおく別れ雪
霜の空蝶渡りたく息絶えぬ
愛憎の屋に夜明けをり漱石忌
昭和25年1月14日
民族の伝承詩
俳句は文芸ではない。それは、作者の境涯からも、私性からも解き放たれた「伝承のうた」である。作者の悲しみは、一人の立場を離れ、民衆の挽歌として残されてゆく。滅びとて同様である。
いつの日か、俳句の滅び去る日がくるかもしれない。しかし、そこにうたわれた時代の心は、文学以上の価値をもって人々を永遠に感動せしめうるであろう。
6点 春病めば足が遠くにあるごとし 正木ゆう子
6点 炎天のどこから湧ける山の婆 筑紫磐井
6点 水音のくもる高さに囀れり 能村研三
4点 桃咲いて部屋の四隅のやはらかし 正木ゆう子
●正木ゆう子
俳句一家にあると言う環境も、本人次第で良くも悪くもなるものだ。
溶けそびれまた夜となる渓の雪
見つめられ柿輪郭を濃くしたり
俳句の骨法を第一に教えられたようだが、多少、少女趣味におちる位の自在性を持っていないと、いつか俳句を投げ出したくなる日がきたときに詰まってしまう。新鮮さがこの人の魅力なのだから、ある程度の柔軟性が欲しい。
●筑紫磐井
磐井君もまた学生である。彼の特性は極めて口数の少ない淡白な詠いぶりにある。
更けてきて炭火の起こる夜の乾き
雪わづか降る夜ほのかに咳もれぬ
雪降りに焚く火の色は母の色
など平明で、状況に対する反応は柔軟。しかし与えられた世界を変革してゆこうという気迫にかけるのは残念である。新しい展開が課題であろう。
●蒼い橋(正木ゆう子氏)
先ず何より魅力的なのは、ナイーブで柔軟な可能性であろう。
角ごとに風が生まれる二月の街
恋いくつ籠めて春夜の喫茶店
都会的な俳句は非常に骨が折れるものだが、ポイントとなる季感が的確なため、感情に押し流されていない。他の句もほとんどが都会的な素材を扱っており、つぶやきのような不思議な俳句を見せてくれる。
桃咲いて部屋の四隅のやはらかし
春病めば足が遠くにあるごとし
サイネリア咲くかしら咲くかしら水をやる
一句目、二句目の女性らしい完成。三句目の素直さ、奔放さ。今後もさらにこの世界の拡大を願っておこう。ただ「青き踏むスカートの裾軽く」の安易さや「喉の奥に狂気が育つ桜かげ」のポーズは止めにして・・・。
●秩父魚虫図(筑紫磐井氏)
現実への妥協を拒みつつ、具象を超えた何かに肉薄しようとする試みは貴重だ。だがその意欲が先行してしまって、観念の消化が不十分な作品も散見したがどうだろう。
秩父には魑魅棲みつぐと油蝉
泉底に小さき修羅場や藻が隠す
炎天のどこから湧ける山の婆
これらの句は虚実感を伴って筆者の胸に楔を打つ。山深い秩父の里で、作者はおどろおどろしき怨念のように詩への闘志を燃やしていたのであろう。「泉底に」の句は秀吟である。
廃屋の枝垂れ桜は夜が妖し
霜の空蝶渡りたく息絶えぬ
現実を直視したときに湧くある種の触発を、いかに形に現わすかという作業は難しい。「始祖鳥のまぼろしと啼く草いきれ」「愛憎の屋に夜明けをり漱石忌」は観念過剰と見た。
評者自身が若いから、自らの文章に溺れてしまっているようだが、なかなかいい線をいっているようには見える。