ラベル 二十四節気論争 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 二十四節気論争 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年6月21日金曜日

『二十四節気論争』(追加)/筑紫磐井

『二十四節気論争』(筑紫磐井編二五年一月刊)の「四.参考資料(二)二十四節気見直し問題の経緯」に、一月以降の二十四節気見直し問題の経緯を追加としてまとめた。

(☆は日本気象協会の活動、★は俳人の活動、○はジャーナリズムの反応。()内は編者が発表文などから要旨をまとめたもの)

☆二〇一三年四月二五日日本気象協会が「新しい季節のことば」を発表

日本気象協会が「新しい季節のことば」を発表した。「季節のことば 選考委員会」(日本版二十四節気専門委員会を改称)により「季節のことば36選」(各月三つの予定であったが、じっさいは七月はしぼりきれず四つのため37)を選定したもの。
(選考委員会委員は、委員長新田尚(元気象庁長官)、安達功(時事通信編集局長)、石井和子(元TBSアナウンサー,日本気象予報士会顧問)、岡田芳朗氏(暦の会会長)、梶原しげる(フリーアナウンサー,東京成徳大学応用心理学部客員教授)、片山真人(国立天文台暦計算室長)、長谷川櫂(東海大学文学部文芸創作学科特任教授,朝日俳壇選者)、山口仲美(明治大学国際日本学部教授))。

【春】

三月 ひな祭り、なごり雪、おぼろ月
四月 入学式、花吹雪、春眠
五月 風薫る、鯉のぼり、卯の花

【夏】

六月 あじさい、梅雨、蛍舞う
七月 蝉しぐれ、ひまわり、入道雲、夏休み
八月 原爆忌(広島と長崎)、流れ星、朝顔

【秋】

九月 いわし雲、虫の声、お月見
十月 紅葉前線、秋祭り、冬支度
十一月 木枯らし1号、七五三、時雨

【冬】

十二月 冬将軍、クリスマス、除夜の鐘
一月 初詣、寒稽古、雪おろし
二月 節分、バレンタインデー、春一番

【経緯】この発表に当たっての経緯で、日本気象協会は、「今回の取り組みは、二十四節気を変えるものではありません。取り組み開始当初、「新しい季節のことば」には“日本版 二十四節気”とキャッチフレーズがついていたため、「従来からの二十四節気を否定する、変更しようとしている」というとらえられ方をされて取り組み自体に反対意見も多くでました。誤解を避けるため、取り組みを進める中で当初のキャッチフレーズは封印し、「季節を感じることば」を応募する方々の自由な感覚で記載していただきました。」とあり、「季節のことば選考委員会では、一年のめぐりを二十四の言葉で表現している「二十四節気」のひとこと解説もつくりました。伝統ある二十四節気はこれからも親しんでいきたい“季節のことば”の一つです。」と述べている。以下にその解説を掲げる。(従来の解説と大幅に異なるところもあるので、参考までに、角川文庫『俳句歳時記(第4版)』の解説を[]内に掲げた)

二月

 立春(りっしゅん)春の生まれるころ[角川・暦の上ではこの日から春になる]
雨水(うすい)春の雨が降りはじめる[角川・降る雪が雨に変わり、積もった雪や氷が解けて水となるとの意]

三月 

啓蟄(けいちつ) 地中の虫が目覚める[角川・暖かくなってきて、冬眠していた蟻・地虫・蛇・蛙などが穴を出るころ]
春分(しゅんぶん)春のなかば[角川・昼夜の時間がほぼ等しくなる日]

四月

 清明(せいめい) 麗か[角川・清浄明潔を略したものといわれ、万物が溌剌としている意]
穀雨 (こくう)穀物が芽吹くころ[角川・穀物を育てる雨という意]

五月

 立夏(りっか)夏の生まれるころ[角川・暦の上ではこの日から夏が始まる]
小満(しょうまん) 若葉の輝くころ[角川・万物がしだいに長じて満つるの意]

六月

 芒種(ぼうしゅ) 麦の熟れるころ[角川・禾(のぎ)のある穀物を播く時期の意]
夏至(げし)昼がいちばん長いころ[角川・一年中で昼が最も長い]

七月

 小暑(しょうしょ)暑さが厳しくなる
大暑(たいしょ) 暑さ極まるころ

八月

 立秋(りっしゅう)秋の生まれるころ[角川・暦の上ではこの日から秋に入る]
処暑(しょしょ)暑さが衰える[角川・処は収まるの意]

九月 

白露(はくろ)露が白々と結ぶ[露が凝って白くなるの意]
秋分(しゅうぶん)秋のなかば[角川・昼夜の時間がほぼ等しくなる日]

十月

 寒露(かんろ)肌寒さを覚える[角川・露が寒さで凝って霜になるの意]
霜降(そうこう)早霜[角川・霜が初めておりる意]

十一月

立冬(りっとう)冬の生まれるころ[角川・暦の上ではこの日から冬に入る]
小雪(しょうせつ)初雪

十二月

大雪(たいせつ)雪が降る[角川・小雪に対して、雪が多い意]
冬至(とうじ)昼がいちばん短いころ[角川・一年中で昼が最も短い]

一月

 小寒(しょうかん)寒さが厳しくなる[角川・寒の入りの日]
大寒(だいかん)寒さ極まるころ[角川・一年で最も気温が低い時期]


○朝日新聞四月二八日/「卯の花・蝉しぐれ…季節のことば36選 気象協会が発表」
(「季節のことば36選」を紹介し、今後はテレビの天気予報などでおなじみになりそうだという。なお二七日の「天声人語」でも一言紹介があり、賛否を交えて話題を呼びそうと書いている。)

★「俳壇年鑑」(五月刊)/筑紫磐井「伝統の見直し」(巻頭言)
(一年間の回顧記事の中で、日本気象協会の二十四節気の見直し、新しい季節のことばの募集の状況を報告する(執筆段階では新しい季節のことばはまだ未発表)。)

★「俳句」六月号/櫂未知子「現代俳句時評6 季語は誰が決めるのか」
(季語の話題の中で、日本気象協会の二十四節気の見直しに触れ、気象協会が民間団体であること、募集した季節のことばに著作権を設けようとしていること、などを批判する(執筆段階では新しい季節のことばはまだ未発表)。)

★「俳壇」七月号/筑紫磐井「季節のことば37?選」(俳壇時評)
(「季節のことば36選」が決まったことを紹介し、問題点を四つ紹介する。また、この問題に暦の会会長岡田芳朗氏の責任が重いことを指摘する。)


2013年5月3日金曜日

最新版!:日本気象協会「季節のことば37?選」

「二十四節気論争――日本気象協会と俳人の論争――」を4月まで連載してきたが、日本気象協会は、二十四節気見直しに関し、4月25日付で「季節のことば36選」を選定したと発表した。

http://www.jwa.or.jp/content/view/full/4979/

気象協会が発表している文書はHP内に複数あるので紛らわしいが、読んでみると次のようなことが書かれているようだ。

これに対する批判は末尾にまとめて書いたのでご覧頂きたい。

【発表内容(筑紫が抜粋)】

1.経緯

「日本気象協会では、平成23年(2011年)2月より、現代の季節感にあう「新しい季節のことば」を提案するための取り組みとして、「日本版二十四節気 専門委員会」を設置し議論を行ってまいりました。

その結果、いにしえより伝わる二十四節気の重みを重要視し、委員会名を「“季節のことば”選考委員会」と変更し、二十四節気とは別になじみのあることばや、最近の風物詩となることばを選び「季節のことば36選」を選定することにしました。」

「この冊子は、「季節のことば選考委員会」が厳選した“季節のことば36選、二十四節気ひとこと解説”や、自由な感覚で応募された“ことば”をとりまとめたものです。」

「今回の取り組みは、二十四節気を変えるものではありません。取り組み開始当初、「新しい季節のことば」には“日本版 二十四節気”とキャッチフレーズがついていたため、「従来からの二十四節気を否定する、変更しようとしている」というとらえられ方をされて取り組み自体に反対意見も多くでました。誤解を避けるため、取り組みを進める中で当初のキャッチフレーズは封印し、「季節を感じることば」を応募する方々の自由な感覚で記載していただきました。 
季節のことば選考委員会では、一年のめぐりを二十四の言葉で表現している「二十四節気」のひとこと解説もつくりました。伝統ある二十四節気はこれからも親しんでいきたい“季節のことば”の1つです。」

2.季節のことばの公募

「2012年8月~12月には、あなたが感じる「季節のことば」と題して、広く一般の方から季節のことばを募集しました。 
その結果、寒暖に関するつぶやきから、行事、服装など身近な生活のこと、食べ物、植物、動物、地名・人物名まで5000件を超えるご意見(春夏秋冬の各季節1200以上)、ことば数としては1588件(各季節400程度)のご応募をいただきました。」

3.37の季節のことば

「2013年3月、8人の委員とともに選考委員会を開き、人気のあることば(応募数の多い言葉)や、季節の先取り感をイメージできることばに焦点を当て、「季節のことば36選」を選定しました。「季節のことば36選」は、ひと月あたり3つのことばを選定したことにちなんだ呼び名です。(実際には、7月は3つに絞り込むことができず、4つのことばを選定し、全37個となりました。)」

では37の季節のことばをながめてみよう。ほとんど既存の季語のようである(少し表現が違うのは、「蛍舞う」「木枯らし1号」ぐらいであろうか)。

1月 初詣、寒稽古、雪おろし
2月 節分、バレンタインデー、春一番
3月 ひな祭り、なごり雪、おぼろ月
4月 入学式、花吹雪、春眠
5月 風薫る、鯉のぼり、卯の花
6月 あじさい、梅雨、蛍舞う
7月 蝉しぐれ、ひまわり、入道雲、夏休み
8月 原爆忌(広島と長崎)、流れ星、朝顔
9月 いわし雲、虫の声、お月見
10月 紅葉前線、秋祭り、冬支度
11月 木枯らし1号、七五三、時雨
12月 冬将軍、クリスマス、除夜の鐘

応募された季節のことばで比較的件数の多かったものが参考で掲げられているので示す。傍線を付したものは、「37の季節のことば」と厳密に合致するものである。言葉の問題であるので、「木枯らし」と「木枯らし1号」、「紅葉」と「紅葉前線」などは異なるものとして扱った。

●「春のことば」(数字は応募者数)

「入学式」(17) 「春一番」(17)「花粉症(くしゃみなど)」(15)「雪解け」(14)「春眠(春眠暁を覚えず、眠気など)」(13)「春がすみ」(12) 「ふきのとう」(12)「桜」(12) 「芽吹き」(11)「花祭り」(11) 「つくし」(10)「菜の花」(9) 「震災」(9)「おぼろ月」(8) 「花吹雪」(8)「春風」(8) 「鯉のぼり」(8)

●「夏のことば」(数字は応募者数)

「蝉しぐれ」(19) 「夏休み」(19)「入道雲、積乱雲」(17)「海水浴」(16) 「花火(16)」
「お盆」(15) 「七夕、七夕祭り」(13)「夕立」(11) 「雷、雷雨」(11)「夏祭り」(11) 「梅雨」(10)「ひまわり」(9) 「蝉」(9)「節電」(9) 「夏至」(8)「熱帯夜」(8) 「梅雨明け」(8)
「高校野球、甲子園」(8)

●「秋のことば」(数字は応募者数)

「紅葉」(18) 「運動会」(16)「落葉」(15) 「紅葉狩り」(14)「冬支度」(13) 「稲刈り」(13)
「台風」(10) 「秋分」(10)「いわし雲」(9) 「コスモス」(9)「夜長」(9) 「学芸会」(8)「小春日和」(8)「キノコとり」(8)「七五三」(8)「秋刀魚(サンマ)」(8)

●「冬のことば」(数字は応募者数)

「木枯らし」(16) 「クリスマス」(16)「冬至」(15) 「こたつ(こたつで丸く、こたつでみかん等)(14) 「雪かき」(13)「」(12) 「霜柱」(10)「白鳥、白鳥飛来」(10)「冬休み」(10)
「スキー」(9) 「マラソン」(9)「オリオン座」(8) 「冬ごもり」(8)「冬靴( 長靴等)」(8)
「鍋」(8) 「大掃除」(8)

4.新しい季節区分

気象的な区分と暦学や文学的な区分を両方掲げて、一つにまとめるという考え方は取らないこととした。

気象的な区分       暦学や文学
春  3月・ 4月・ 5月   立春(2月はじめ頃)~立夏(5月はじめ頃)
夏  6月・ 7月・ 8月   立夏(5月はじめ頃)~立秋(8月はじめ頃)
秋  9月・10月・11月  立秋(8月はじめ頃)~立冬(11 月はじめ頃)
冬  12月・ 1月・ 2月  立冬(11 月はじめ頃)~立春(2月はじめ頃)

5.新しい24節気の解説を「季節のことば選考委員会」で行っている。

6.著作権の扱いについて

今回発表された季節のことばについては、著作権等による制限があることは書かれていない。

7.補足的な委員の意見

暦の会会長 岡田芳朗氏「“今日の日本人の季節感にふさわしい新しい二十四節気を考えてみよう“という趣旨の日本気象協会の提案は、社会に大きな反響を巻き起こしました。特に暦や季語に関心をもつ人達は強い衝撃を受け、早速反発する人もありました。

しかし、東洋文化の精華であり、日本の伝統や文学の根源として、天与の存在のように考えられてきた二十四節気について、改めて現代の視点から考察し直す機会を生むこととなりました。

その結果、日本の季節を表すのにふさわしい言葉を一般から募って「季節のことば36選」となり、やや難解な古代漢語を易しい日本語で表した「二十四節気ひとこと解説」としてまとまりました。
これは、これから日本人が季節を考える時に大切な拠所となるものと思われます。」

   *

国立天文台暦計算室長 片山真人氏「オリオン座など星座を挙げた方もおられましたが、星座の多くは時間次第でほぼ1 年中見られますので、星座で季節を表現するにはいつ、どの方向に見えるかといった情報も必要です。たとえば、ふたご座の和名「かどぐい(門杭)」は旧正月の夜明け頃、ふたご座が西の空に縦になって沈んでいく様が正月の門飾りに似ていることに由来しますし、アークトゥルスが麦星・麦熟れ星・麦刈り星などと呼ばれるのは、麦が熟れる5 月下旬~6 月上旬頃に一晩中眺めることができる星だからです。」

【感想と批判】

①季節のことばは37である。公表した表題の「季節のことば36選」と齟齬があり混乱が生まれそうである。【注1】

②伝統ある二十四節気はこれからも親しんでいきたいとしている。また、個々の季節のことばはほとんど既存の季語と合致している。

③必ずしも応募で寄せられた季節のことばの上位が採用されているのではなく、「季節のことば選考委員会」が独自に提案したものが多い。また、その根拠も示されていない。【注2】

④季節を、「気象的な区分」と「暦学や文学的な区分」に分けたのは、この種の問題に相対的な視点を採用したもので適切であると思われるが、実は世界にはもう一つ重要な区分があるはずであり、それは「キリスト教や天文学的な区分」である(倉嶋厚著『日本の気候』などによる)。例えばキリスト教の重要な儀式の復活祭はこの区分によって行われている。多様化する国際社会の相互理解のためにもこうした慣習があることは示してもよかった。

春 春分(3月下旬頃)~夏至の前日(6月下旬頃)
夏 夏至(6月下旬頃)~秋分の前日(9月下旬頃)
秋 秋分(9月下旬頃)~当時の前日(12月下旬頃)
冬 冬至(12月下旬頃)~春分の前日(3月下旬頃)

⑤歳時記の季節区分とその考え方の整理は難しいものだが、今回の季節のことばでも十分な解説がないため理解困難なものがある(一般の人には冬支度等もそうであろう)。【注2】

冬:春一番
秋:木枯らし1号、時雨

⑥季節のことば選考委員会の行っている新しい24節気の解説はおおむねが分かりやすい通俗的な表現になっているが、一部で全く別の事項の解説をしてしまっているものがある。これは解説を超えており(4月5日の解説、5月21日の解説というならまだ分かるが)、「今回の取り組みは、二十四節気を変えるものではありません」と言っているにもかかわらず、二十四節気を変えてしまいたいようだ。小満、芒種は気象協会が日本版24節気を提案した時、常に批判していた在来の節気である。

清明:麗か(本義は、清浄明潔な春のよい時期の意味で、踏青のシーズン)
小満:若葉の輝くころ(本義は、陽気盛んで万物が長じて満つる時期という意味)
芒種:麦の熟れるころ(本義は、禾(のぎ)のある穀物を蒔く時期と言う意味)

⑦日本気象協会の作業はこれで終わりになるようであるが、気象協会メセナでの発言や今回の委員意見などから見ても、岡田芳朗氏が24節気見直し問題の発端を作られた張本人であるように思われるので、岡田氏は「日本人が季節を考える」道筋を今後しっかりと示される責任があろう。


【注1】
気象庁地球環境・海洋部帰国情報化予報官前田修平氏は、「1ヶ月を2つに分ける(24)節気は、現在気象庁では使わない。上旬中旬下旬という月を3分割した36(10日なので「旬」という)を用いる。さらに72に分けた「半旬」(5日)を用いることもある。」と述べられており、36区分は一応合理的と考えられる。しかしそれは、3つのことばが月内の厳密な季節区分になっている(当該月の上旬、中旬、下旬ごとに対応することばとなっている)ならば科学的であるということである。1月の特徴をなんとなく3つないし4つのことばで示すとすると余り気象学的な配慮が働いているとはいえないであろう。

【注2】
現代俳句協会は平成11年に新しい季節区分に基づく『現代俳句歳時記』を編纂したが、この時は5年間に渡り延べ60回の委員会を開催して矛盾点を洗い出した。たった1回の「季節のことば選考委員会」でどれほどの議が尽くされたのかやや不安である。

2013年4月5日金曜日

二十四節気論争(10)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編


5.まとめ



(1)24節気の見直しの不必要性



①日本の季節変化と24節気の合致



紀元前以前からエジプトやメソポタミアでは天文観測は発達し、天体の運行に基づく暦が作られ、夏至や冬至も正確に分かっていた。しかし気象観測はその観測手段はなく、主観的な基準しかなかった。恒常的かつ科学的な気温の測定は近代になってから可能となったのである(日本では1870年の気象台の設置)。つまり暑いか寒いかの絶対基準は存在せず、24節気が季節変化とずれているかどうかは科学的に確認しようがなかった。



では、近代以降確立した観測方法に基づき観測して、科学的に24節気と季節変化はずれているのか。季節変化といっても基準がはっきりしないので、最も寒い日・最も暑い日で比較することにしよう。以下は最新の石原幸司論文に基づく考察である。



24節気が生まれた中国と24節気を輸入した日本とでは気象が異なる可能性がある。中国の最も寒い日・最も暑い日と日本の最も寒い日・最も暑い日を比較してみると、1年月平均気温で、中国黄河中・下流域4地点(鄭州・安陽・運城・西安)では最も寒いのは1月、最も暑いのは7月となっているのに対し、日本3地点(石巻・水戸・宮崎)では最も寒いのは1~2月、最も暑いのは8月となっていることから、中国黄河流域と日本とでは季節変化の違いが現れている。



しかしこれは中国と日本の比較であって、24節気と日本の気候の違いではない。この比較の前に24節気が「節入りの日」(立春であれば2月4日)か「節入りから次の節入りの日の前日までの約15日間」(立春であれば2月4日~19日)を示すのかは気象学者によっても解釈は異なる。石原氏は後者の15日説を取る(通説と言ってよいであろう)ことを注意しておく。



24節気の節の「節入りから次の節入りの日の前日までの約15日間」について中国と日本の期間平均気温を比較すると、中国黄河中・下流域は最も寒いのは小寒~大寒、最も暑いのは小暑~大暑となっているのに対し、日本は最も寒いのは大寒、最も暑いのは大暑となっていることが解析され、日本の季節変化は24節気にほぼ合致していると証明している。



編者の私見であるが、立春と立秋の直後の節である雨水と処暑も見てみよう。「雨水」(雪・氷が解けて雨・水となる)は2月19日から始まる節(2月19日~3月6日。気象庁が春の始めとする3月1日はこの節の中にある)、「処暑」(暑さが処(や)む)は8月23日から始まる節(8月23日~9月7日。気象庁が秋の始めとする9月1日はこの節の中にある)とされ、体感される春と秋は雨水と処暑で始まることを24節気自身が示している。これも決して不合理ではないのである。



②春の始めとは何を言うのか



以上のように、気象において、最も寒い日・最も暑い日は科学的にただちに示すことが出来るが、春とはいつかとは地域ごとの文化によって異なっている。



西洋の伝統的春の開始は春分の日である(この伝統は、科学の分野では天文学における春に援用されている)。従って春とは、次の期間である。
3月21日~6月21日


東洋の伝統的春の開始は立春の日である。従って春とは、次の期間である。


2月4日~5月5日


この2つの伝統的季節感はいずれも近代的な生活にうまく合致しないところから、次のように月で表示する基準が社会通念として用いられ、日本の気象庁もこの基準に従って季節の基準としている。


3月1日~5月31日


それでも欧米においてはまだ、伝統的な3月21日~6月21日を春とする説が強力に主張されている。これはもっぱら宗教的な理由に基づくものかも知れない(例えばキリスト教で重要な行事である復活祭(イースター)は、春分の後の最初の満月の後の日曜日とされている)。これに対し中国を中心とした東洋では、事象の兆しを重視し、春についてもその気配の立つ立春を春の始めとした(これは易の思想ではないかと思われる)。洋の東西を問わず、古代からの深い思想に基づく季節の移り変わりの言葉を、安直に現代人が科学的の名の下に変更(特に抹殺)することは慎まれなければならない。



③24節気に関する気象庁と天文台の見解



気象庁は「天気予報等で用いる予報用語(2011年3月現在)」の中で、「残暑」を「立秋(8月8日頃)から秋分(9月23日頃)までの間の暑さ。」と定めて24節気の立秋を使用している。



また、国立天文台は毎年2月に官報公告する翌年の公式暦である「暦要項」において、国民の祝日(春分と秋分については国民の祝日に関する法律では未定とされ、毎年、暦要項の24節気によって初めて定められる)、日曜表、朔弦望、東京の日出入、日食および月食等のほか、24節気及び雑節が定められている。24節気は暦上の必須項目なのである。



④アンケートと総意



俳人に対して行ったアンケートでは、上記の考え方を支持していることがよく分かるであろう。特に根拠としている伝統や歴史は無視できない。



ここには掲げなかったが一般人4500人に対して行ったという気象協会の認知度調査では、24節気を知っているかどうかは調査したが、24節気を変えた方がいいかどうかは調査していない。これに対して、我々の行ったアンケート調査ではこの点をはっきり理由まで付して調査している。24節気見直しの議論の有力な資料となると考える。



(2)気象庁と気象協会の違い




今回の見直しないし季節のことばの公募は、気象協会が行っているのであり、気象庁が行っているのではない。この点は、24節気問題について憂慮している有力俳人でさえ誤解しているようである(宇多喜代子氏は「俳句」8月号の座談会においてこの問題を論じているが、「俳句アルファ」12月号で「今、気象庁が「小満」とか余りにも実用に向かない言葉があるからそれを全部消しちゃって今に合うように書きかえようという委員会をつくって・・」と述べている。これは気象協会の誤りである)。



気象庁は国の機関であり気象観測・解析や情報提供を任務としているが、「一般財団法人日本気象協会」は気象庁のデータを使って予報業務などの各種サービスを行う数ある民間気象会社の1つに他ならない(小林気象協会理事長の談。気象庁のリンク先としては気象協会を含め23の法人・会社が挙がっている)。気象協会が見直しないし季節のことばの選定を行っても、気象庁やその他多数の予報会社は影響を受けないのである。



例えばウェザーマップ社長森田正光氏(元TBS気象キャスターで著名)は気象協会の24節気の見直しに関して自らのブログで、違和感を感じる、筋が悪い・・と書かれている。



むしろこうした仕事は気象庁にこそふさわしいのであり、じっさい気象庁は「天気予報等で用いる予報用語」(2011年3月現在)を定めている。その中から、俳人には違和感のある気象用語を再出してみる。ただ、気象協会の24節気の見直しないし季節のことばの公募と違うのは、気象庁が予報を出す際の科学的な内規として使われるのであって、これを一般社会に普及する意図はないことである。



かすみ 気象観測において定義がされていないので用いない。



 微小な浮遊水滴により視程が1km未満の状態。



もや 微小な浮遊水滴や湿った微粒子により視程が1km以上、10km未満となっている状態。



桜前線 「桜の開花日の等期日線」と言いかえる。



花曇り 桜の咲く頃の曇り。通俗的な用語のため予報、解説には用いない。



さみだれ 梅雨期の雨(旧暦5月の雨、「五月雨」と書く)。通俗的な用語のため予報、解説には用いない。



梅雨寒 梅雨期間に現れる顕著な低温。通俗的な用語のため予報、解説には用いない。



(3)著作権の問題



最後に24節気と全く関係のない話題で締め括りたい。現在気象協会は、新しい24節気を提案することを断念して、季節のことばを定めるために公募をはじめている。気象協会が季節のことばを公募し、選定・発表するというが、問題はその優秀作品について「著作権等1切」が協会に帰属するものとすると説明していることである。いままで、俳人や評論家により創出された季語は沢山ある(「秋の夜」「万緑」など)が、未だかつて季語に著作権を主張した人はいない。気象協会が何を意図しているか極めて危惧されるのである。



俳人が、珍しい言葉を新しい季節のことばと考えて皆に広く使ってもらおうと思い、気象協会の公募に応募し、選定委員によって新しい「季節のことば」として選ばれたとすると、気象協会の言い分に従えばこの言葉は新季語として気象協会に著作権が発生することになるわけだ。気象協会はどうするのだろうか。角川書店などが新しい季語として『俳句歳時記』に掲載しようとするとき、気象協会に使用料を払うのであろうか。いい言葉だと思ってこの季語で句を作って結社誌に投稿すると、後からその投稿者に気象協会から季語使用料として請求書が舞い込むのであろうか。あるいは作品を公表した雑誌の主宰者が使用料を立て替えるのであろうか。



結語



『二十四節気論争』は匆匆のうちにまとめたために多くの誤りや漏らしがあるかもしれない。ご指摘をいただければ幸甚である。


2013年3月29日金曜日

二十四節気論争(9)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編

(3)気象庁が天気予報等で用いる予報用語


一般(文芸も含む)で用いられている気象・気候に関する言葉であっても、科学的ではないために予報や解説には用いられないものもある。参考までに、気象庁が天気予報等で用いる予報用語(2011年3月現在)のうち季節現象に関するものを掲げてみる。

これらは、日本人が体験してきた気象現象を踏まえつつも、科学独特の価値判断から選ばれたり再定義されている用語であり、文芸に使われている気象用語とは異なるところがある。そこでは、①「明確さ」(情報の受け手に正確に伝わるように意味の明確な用語を用いる)、②「平易さ」(広く一般の人を対象として発表しているので、専門的な用語は最小限とし、誰にでも理解できるような用語を選択する)、③「聞き取りやすさ」(気象に関する情報は活字ばかりではなく、ラジオ・テレビなど音声でも提供され、文字では1目瞭然な用語でも、音声にすると意味を取り違えたり、わかりにくくなったりするものがあるため、音声で伝えることも意識した用語を用いるようにする)、④「時代への適応」(用語は時代とともに変化し、新しい用語が生まれるので、用語の選択にあたっては、固定的にとらえずに、社会一般の言語感覚と遊離しないようにしている)という4つの条件で精査されている。気象学では最も権威ある判断と言うべきであり、これらから見ても、季節のことばはその当否は別として、気象協会ではなく、気象庁が検討するのが適当であろう。

以下、天気予報等で用いる予報用語の中から、季節に関係する用語を眺めておこう。大きくは、季節現象(ある季節にだけ現れ、その季節を特徴づける生物活動や大気・地面の現象。梅雨、春1番、桜の開花、秋雨、初霜、初雪、初氷、初冠雪など。)とその他があるが1括して紹介する。

紹介に当たっては、気象庁の告示に従い、予報用語、解説用語と使用を控える用語を対比して示した。解説以外に適宜注が加えられている

【注】。予報用語(○)・解説用語(△)を最初に、おおむね季節ごとにまとめて掲げ、最後に使用を控える用語(×)を掲げて、気象用語になじまない季節用語が明白に分かるようにした。

分類(用語の冒頭に付されている記号で示す)
○:予報用語:気象庁が発表する各種の予報、注意報、警報、気象情報などに用いる用語
△:解説用語:気象庁が発表する報道発表資料、予報解説資料などに用いる用語
×:使用を控える用語

【春】

△春めく 解説なし【備考】意味が曖眛なので発表文には使用しない。

△菜種梅雨 菜の花の咲く頃の長雨。

○春1番 冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風。【備考】気象庁では立春から春分までの間に、広い範囲(地方予報区くらい)で初めて吹く、暖かく(やや)強い南よりの風としている。

○霧 微小な浮遊水滴により視程が1km未満の状態。【用例】霧が発生する。霧が薄く(濃く)なる。

△もや 微小な浮遊水滴や湿った微粒子により視程が1km以上、10km未満となっている状態。

△煙霧 乾いた微粒子により視程が10km未満となっている状態。

○黄砂 アジア内陸部の砂漠や黄土高原などで強風によって上空に舞い上がった多量の砂じんが、上空の風で運ばれ、徐々に降下する現象。春に観測されることが多い。【用例】黄砂現象があった。黄砂を観測した。

【夏】

○梅雨 晩春から夏にかけて雨や曇りの日が多く現れる現象、またはその期間。【備考】梅雨前線のように「ばいう」と読む場合もあるが、単独では「つゆ」と読む。

△さつき晴れ 5月の晴天。【備考】本来は旧暦の五月(さつき)からきたことばで、梅雨の合間の晴れのことを指していた。

△梅雨入り(明け)の発表 解説なし【備考】数日から1週間程度の天候予想に基づき、地方予報中枢官署が気象情報として発表する。情報文には予報的な要素を含んでいる。「梅雨入り(明け)の宣言」は使用しない。

△空梅雨 梅雨期間に雨の日が非常に少なく、降水量も少ない場合をいう。

○梅雨明け 梅雨の期間が終わること。

○暑(寒)さ 解説なし【用例】(a)暑(寒)さが加わる(和らぐ、戻る)。(b) 厳しい暑(寒)さ。【備考】「暑(寒)さ」は気温に湿度や風の効果が加わった主観的なものであるから「気温の高(低)さ」と混同して用いないこと。例えば、フェーンによる高温は「8月頃の暑さ」ではなく「8月頃の気温」というべきである。

○残暑 立秋(8月8日頃)から秋分(9月23日頃)までの間の暑さ。

△涼しい 暑くなく、体温が快い程度に奪われる感じのこと。

○朝(夕)なぎ 海陸風の弱まる朝夕に沿岸でほとんど風が吹かなくなること。

△やませ 春から夏に吹く冷たく湿った東よりの風。東北地方では凶作風といわれる。【備考】 主として、東北地方の太平洋側を中心に用いられる。

△夕立 解説なし【備考】夏期のみに用いる。

【秋】

△秋めく 解説なし【備考】意味が曖眛なので発表文には使用しない。

○秋雨 秋に降る雨、長雨になりやすい。【備考】(a) おおむね、8月後半から10月にかけての現象だが、地域差がある。(b) 季節予報では主に解説などで用いる。予報文では「曇りや雨の日が多い」などとする。

△秋晴れ 秋のよく晴れわたった天気。

○吹き返しの風 台風が通過した後にそれまでと大きく異なる風向から吹く強い風。

△小春日和 晩秋から初冬にかけての暖かく穏やかな晴天。

○弱い霜 植物の葉などの限られた部分にしか認められない程度の霜。【備考】晩霜の時期には「弱い霜」でも霜害を引き起こすことがある。

○強い霜 畑の植物や地面が一面に白く見えるような霜。

○初霜 秋から冬にかけて初めておりる霜。

○早霜(はや霜) 秋の季節外れに早い霜。農作物に被害が出ることがある。【備考】音声伝達では「はや霜」を用いる。

○晩霜(おそ霜) 晩春から初夏にかけての霜。農作物に被害が出ることが多い。【備考】音声伝達では「おそ霜」を用いる。

【冬】

○初雪 寒候期が来て初めて降る雪。みぞれでもよい。【備考】富士山などの高い山ではその年の日平均気温の高極が出た日以後の雪を初雪とする。

○季節風 季節によって特有な風向を持つ風で、一般には大循環規模など空間スケールの大きなものをいう。【用例】北西の季節風。【備考】(a)日本付近では、冬期には大陸から海洋に向かって一般には北西の風が吹き、夏期には海洋から大陸に向かって一般には南東または南西の風が吹く。(b)普通は、寒候期の北西の季節風に用いることが多い。

△おろし 山から吹きおろす局地的な強風。【用例】六甲おろし。赤城おろし。

△だし 陸から海に向かって吹き、船出に便利な風であることからきた風の名。【用例】清川だし。

○木枯らし 晩秋から初冬にかけて吹く、北よりの(やや)強い風。

△空っ風 山越えの乾燥した、寒くて、(やや)強い風。【備考】主として、寒候期に関東地方で用いられる。

○寒波 主として冬期に、広い地域に2~3日、またはそれ以上にわたって顕著な気温の低下をもたらすような寒気が到来すること。

△3寒4温 冬期に3日間くらい寒い日が続き、次の4日間くらい暖かく、これが繰り返されること。中国北部、朝鮮半島などに顕著な現象。

○みぞれ 雨まじりに降る雪。または、解けかかって降る雪。【備考】「みぞれ」を予報することは難しいので、予報文では「雨または雪」、「雪または雨」と表現することが多い。

○あられ 雲から落下する白色不透明・半透明または透明な氷の粒で、直径が5mm未満のもの。【備考】(a) 直径5mm以上は「ひょう」とする。(b)「雪あられ」と「氷あられ」とがある。予報文では、「雪あられ」は雪、「氷あられ」は雨に含める。

○ひょう 積乱雲から降る直径5mm以上の氷塊。

△凍雨 雨滴が凍って落下する透明の氷の粒。【備考】透明な氷粒であるが、予報文では「雪」として扱う。

△ 細氷(ダイヤモンドダスト) 大気中の水蒸気が昇華し、ゆっくりと降下する微細な氷の結晶。

△氷霧 微細な氷の結晶が大気中に浮遊して視程が1km未満となっている状態。予報では「霧」とする。【備考】「こおりぎり」と読む。

○ふぶき 「やや強い風」程度以上の風が雪を伴って吹く状態。降雪がある場合と、降雪はないが積もった雪が風に舞上げられる場合(地ふぶき)とがある。【用例】ふぶく、ふぶきになる、ふぶきがおさまる。

○しぐれ 大陸からの寒気が日本海や東シナ海の海面で暖められて発生した対流雲が次々に通るために晴れや曇りが繰り返し、断続的に雨や雪の降る状態。「通り雨」として用いられる場合もある。【用例】北陸地方ではしぐれる。【備考】主に晩秋から初冬にかけて、北陸から山陰地方や九州の西岸などで使われる。関東地方では後者の意味で用いられる。

△里雪 山地に加えて平野部でも多く降る雪。【備考】「山雪」、「里雪」は北陸を中心に使われており、季節風による雪の降り方を表す。

○着氷(船体着氷)  水滴が地物に付いて凍結する現象。海上で低温と風により波しぶき、雨や霧が船体に付着し、凍結する現象を特に「船体着氷」という。【備考】航空機にも発現する場合がある。

○着雪 湿った雪が電線や樹木などに付着する現象。

○落雪 屋根等に積もった雪が落下すること。【備考】大雪や、気温が上昇し雪解けが進むようなとき、天気概況や気象情報の本文で、「屋根からの落雪にも注意してください」等の表現で使用する。

△湿り雪 含水率の大きい雪。大きな雪片となりやすく、着雪の被害を起こしやすい。【備考】予報用語としては、「湿った(重い)雪」などの平易な用語を用いる。ただし、北日本など「湿り雪」という用語が一般に浸透している所では用いてもよい。

○なだれ 山などの斜面に積もった雪が、重力により崩れ落ちる現象。表層なだれと全層なだれとがある。

△結氷 解説なし【備考】(a) 予報用語としては「氷がはる」を用いる。(b) 湖、川、海岸などの固有名詞を付す場合は用いてもよい。【用例】諏訪湖の結氷。

○流氷初日 視界外の海域から漂流してきた流氷が、視界内の海面で初めて見られた日。

○海明け 全氷量が5以下になり、かつ沿岸水路ができて船舶の航行が可能になった最初の日。

【その他】

○長雨 数日以上続く雨の天気。【備考】気象情報の見出しなどに用いる。

△風雨 雨をともなった風。【備考】「風雨」は用いない。天気予報文では「風雨が強い」とはせずに、風と雨について個別に強さを示す。例えば、「~の風が強く、雨」。

【使用を控える用語】

×桜前線 →桜の開花日の等期日線。

×花曇り 桜の咲く頃の曇り。【備考】通俗的な用語のため予報、解説には用いない。

×さみだれ 梅雨期の雨(旧暦5月の雨、「五月雨」と書く)。【備考】通俗的な用語のため予報、解説には用いない。

×梅雨寒 梅雨期間に現れる顕著な低温。【備考】通俗的な用語のため予報、解説には用いない。

×紅葉前線 →カエデの紅葉日の等期日線。

×かすみ 解説なし【備考】気象観測において定義がされていないので用いない。

×激しい雷雨 →強い雷。【備考】激しいのは雷なのか雨なのかわかりにくいので用いない。

【注】(説明文中に付されている記号・用語)

【用例】:用語の使い方の例。使用する際の注意事項。用語の運用の取り決め。音声伝達の用語。

【備考】:その他のただし書き

→:使用を控える用語(使用しない用語)に対して言い換える用語があることを示す。
この他「解説なし」は自明のことであり特に解説が施されていないことを示す。

(4)天文台と24節気


現在国の定める暦とは、国立天文台が毎年2月に官報公告する翌年の公式暦である「暦要項」であり、これには国民の祝日、日曜表、朔弦望、東京の日出入、日食および月食等のほか、24節気及び雑節が定められている。24節気は暦上の必須項目なのである。

国立天文台(暦計算室)では、旧暦と新暦の関係について次のように述べており、穏当な見解ということができる。

 
「例えば、「旧暦」では1月から3月が「春」とされていましたが、現在でも「新春」などと言うときには、「旧暦」と現在の暦が1ヶ月ずれていることを考慮せず、現在の1月から3月を「春」と考えてしまいます。「1月は寒くてとても春とは言えない」など季節感のずれを感じることには、こんなことが影響しているのではないでしょうか。これは、現在の暦より「旧暦」のほうが季節をうまく表しているということではなく、「旧暦」から現在の暦への日付の読み替えがうまくいっていないということです。

 
昔ながらの季節感や伝統行事について考えるときには、こんなふうに「旧暦」と現在の暦の成り立ちにも思いをはせると、より深い楽しみ方ができるのではないでしょうか。」

「現在でも、太陰太陽暦にしたがっておこなっていた習慣は、私たちの生活の中で生きています。例えば、「中秋の名月」は太陰太陽暦の8月15日の夜の月のことをいい、たいへん美しいものとして古くから鑑賞されてきました。また、「七夕」も本来は太陰太陽暦の7月7日におこなっていたものです。

太陰太陽暦は使われなくなりましたが、このような昔からの習慣の意味やそこに込められた心は、これからも受け継いでいきたいものです。」

2013年3月22日金曜日

二十四節気論争(8)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編

(2)24節気と日本の気象に関する論文


 24節気については歴史学者の藪内清により、節気の季節は洛陽など黄河中流域の季節で日本とは違う、という説が唱えられこれが一般的な通説となっているようである。しかし、気象に関する専門家(気象研究所や大学の気象学者)は24節気についてあまり研究を発表していないようである。これに関する論文としては、いささか古いが倉嶋厚氏のもの、それを批判する3角幸夫氏、さらにそれを批判する石原幸司氏に代表的な論文があり、24節気問題を考えるに当たって必須な論文と考える(気象協会のずれているから24節気を見直すという主張や俳人の季節のずれこそ文化であるとする説の前提が正しいかどうかを検証する意味で)。因みに、倉嶋氏、石原氏は24節気を肯定し、三角氏は否定している。

○倉嶋厚氏(元気象庁主任予報官、鹿児島地方気象台長)の『日本の気候』(1966年刊古今書院)

後述の三角幸夫によれば、24節気と日本の季節についての議論は、倉嶋氏のこの論文しかないと紹介している。倉嶋氏は、東洋の四季は光の季節、西洋の四季は気温の季節と考え、古い中国の太陰太陽暦は、その緻密な校正、鋭い自然観測などの点で、東洋文明の高さを示すものであり、季節学の上でも、ただたんに古いといって捨て去ってはならぬ文化遺産であるとのべている。
 因みに戦後の代表的な百科事典の24節気に関する記載は倉嶋氏が記述しているものが多い。

○三角幸夫氏(元気象研究所予報部予報課、現松江地方気象台長)の「「今日は暦の上では立秋です」とは?24節気と日本の季節」(「天気」【注1】2004年4月)

倉嶋論文を引用批判し、2002~2003年の各国の月平均気温データを比較しつつ、24節気は黄河中流域の季節進行に準拠して作られたが、黄河中流域を含む中国北西部は、北半球中高緯度で太陽高度の季節変化と気温の季節変化との差が最も少ない地域に当り、一方日本はこの差が最も大きい地域に含まれる、結果として日本の気温季節変化は黄河中流域に比べ1ヶ月近く遅れているとする。

特に倉嶋氏の意見の科学性は認めつつも、倉嶋氏の指摘はあくまで中国での話で、季節進行が違う日本で守り続けるべきものではなく、特に中国北西部の体感季節からから名付けられた大寒・大暑・大雪等が周知されることは、いたずらに日本の季節進行に対する誤解を生じさせている。中国の季節区分に固執することなく、日本に合致した新しい季節区分を導入すべきであるとする。
 以上を踏まえて24節気しか季節の指標がなかった昔は別として、太陽暦を導入した現在、気象学的にも体感的にも日本の季節進行と大きくずれている24節気が気象関係者によって使われ続けている現状を1度見直すべきではないかと提言する【注2】。立秋を夏の最も暑い時期と理解して使い続ければよいというような意見は、言葉の意味を無視した用法と考えると厳しく批判する。

【注1】「天気」は日本気象学会の機関誌。
【注2】倉嶋氏が指摘するヨーロッパの季節区分が、春分ー夏至ー秋分ー冬至で行われていることを月平均気温データーで確認し、日本の場合もほぼ正確にこの区分で気温季節に分割されると指摘している。つまり3月21日から春、9月23日から秋とすべきと見るのである。

○石原幸司氏(現気象庁気象研究所気候研究部)の「24節気は本当に日本の季節変化とずれている?」(「天気」2008年11月)

従来の24節気を論じた論文の問題として、節気を①節気入りの日(「立春」であれば2月4日)、②節気から次の節気入りの前日までの期間(「立春」であれば2月4日~18日)、のいずれと解するかで答が違うという。専門家の間でも、和達清夫監修『気象の事典』(1993年)は本来は②であるが通常は①、日本気象学会編『気象科学事典』(1998年)は②、と微妙に解説が分かれているという。石原氏によれば、黄道の等分点を通過する日付として決まっている冬至・春分・夏至・秋分は時間(何時何分何秒)まで決まっているから①以外あり得ないが、大寒や大暑は②と解する方が合理的であるとする。

実際この期間の考え方によって、再解析データJRA―25の1979~2004年の日別平均気温データを使った各節気の期間平均気温の平均値を計算し、中国黄河流域4地点と日本の代表的3地点の最も寒い日と最も暑い日の期間平均気温を比較してみると、最も暑い日は黄河流域では小暑~大暑、日本では大暑となり、最も寒い日は黄河流域では小寒~大寒、日本では大寒となる。黄河流域に比べ日本は季節変化の遅れが見られるが、しかし24節気と日本の季節変化はほぼ合致していることが確かめられたという。

石原氏は、体感させてくれる気象要素が日平均気温ではなく、日最低気温や日最高気温などの諸要素の検証も必要であると慎重な態度を取っているが、「24節気は日本の季節変化とずれている」というNHK放送文化研究所編『NHK気象・災害ハンドブック』や3角論文(2004年)に対する疑問を提示している。石原氏の提案は、「今日は暦の上では・・・です」ではなく「今日から暦の上では・・・です」という使い方が適していると結論づけている。

以上のように論文は、大暑と大寒(最も寒い日と最も暑い日)についての議論が中心だが、石原氏は「今回の調査が、24節気を「日本の季節進行とはずれがある中国の古い暦」としてではなく、「すでに日本で広く親しまれている暦」という現状を活かした用い方へと見直すきっかけになれば幸である。」と結んでいる。

(アカデミックな論文なので編者の引用間違いもあるかも知れないが、要旨は押さえたつもりである。)

【総評】

倉嶋氏が東洋の四季は光の季節、西洋の四季は気温の季節と指摘していることに対して、三角氏はこの説明は東洋にあって中国の四季の説明とはなるが、日本の四季の説明とはなっていないと批判し、月平均気温では中国と日本では1ヶ月の季節の差があると指摘する。これに対し石原氏は、24節気を①節気入りの日と②節気から次の節気入りの前日までの期間に分けて考えるべきことを指摘し、三角氏が「月平均気温」で比較している中国と日本の比較を「各節気の期間平均気温」で比較することにより、確かに(三角氏のいうように)黄河流域に比べ日本は季節変化の遅れが見られるが、しかし、24節気自身(特に大寒と大暑)との比較では日本の気候と合致していることを示した。

2013年3月15日金曜日

二十四節気論争(7)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編

4.参考資料

(1)24節気論争の経緯

(☆は気象協会の活動、●は俳人の活動、○はジャーナリズムの反応。()内は編者が発表文などから要旨をまとめたもの)

☆2011年2月22日気象協会発表

日本版24節気~日本気象協会は新しい季節のことばの提案に取り組みます~
(従来の24節気は古代中国で成立したため、地域や時代などの違いから日本の季節感と合致しないところがあり、現代の日本にはなじみの薄い節気の呼称がある。気象協会は、専門委員会の設置やメセナシンポジウムの開催などを通して、広く一般の方々からのご意見を募集し、2012年秋を目途に日本版24節気を提案する予定)


☆気象協会平成23年度事業計画

一般社団法人日本気象協会の公益目的支出計画事業として「一般市民への防災知識などの普及を図る事業」の1つとして「日本の気候風土に合った新しい24節気(「日本版24節気」)を提案する」ことと定める。


○朝日新聞5月10日/「日本版の24節気つくります 気象協会、意見公募も」

(気象協会が、日本の気候風土に合った新しい24節気(日本版24節気)を提案する事業を紹介)

●共同通信6月/片山由美子「俳句時評 俳句はいま」

(気象協会が、季語体系の中枢をなす24節気の見直しを提案することに対する危惧)

●「俳句」8月号/片山由美子「伝えたい季語変化する歳時記20」

(気象協会の24節気の見直しの提案を紹介し、詳細に批判を行う)

☆8月/気象協会が全国4000名を対象に実施した24節気に関する認知度調査(楽天リサーチ株式会社協力)実施


☆12月9日気象協会発表

「日本版24節気 専門委員会」第1回を開催しました(12月8日)
(気象協会が提案する、より親しみを感じられる「日本版24節気~新しい季節のことば~」について、天文学や日本語学など広い分野の専門家の意見を聞くため開催。専門委員会メンバーは次の通り。) 
委員長・新田尚氏(元気象庁長官)
  • 安達功氏(時事通信社編集局長)
  • 石井和子氏(元TBSアナウンサー、
日本気象予報士会顧問)
  • 岡田芳朗氏(暦の会会長)
  • 梶原しげる氏(フリーアナウンサー、
東京成徳大学応用心理学部客員教授)
  • 片山真人氏(国立天文台暦計算室長)
  • 長谷川櫂氏(俳人、朝日俳壇選者、きごさい代表)
  • 山口仲美氏(明治大学国際日本学部教授)

☆2012年1月25日気象協会発表

第3回日本気象協会メセナ 「季節が薫るひととき」を開催(2012年2月10日(金))
 (4名の専門家を迎え、日本の気候や日本人の季節感、24節気などについて語る。パネラーは、岡田芳朗(暦の会会長)・梶原しげる(フリーアナウンサー)・長谷川櫂(俳人、朝日俳壇選者、きごさい代表)・前田修平(気象庁地球環境・海洋部帰国情報化予報官))

☆2月20日気象協会発表

第3回日本気象協会メセナ 季節が薫るひととき 開催報告
(暦、俳句、気象の各分野の専門家により、24節気はいつごろ作られたのか、いつ頃日本に伝わり、どのように使われてきたのか、そして、その頃の気候はどのようなものだったのか、また、日本人の季節感は、日本の四季を通してどのようにして育まれてきたのかなどについて議論。以下は編者による抽出)
小林堅吾気象協会理事長「新しい24節気を提案してみたい、ご意見を頂戴したい」
岡田芳朗「24節気は機械的であり、過去それなりの価値はあったが、現在季節を表すのにぴったりであるかは問題がある。」「24節気ではなく72候は江戸時代に日本版72候を作ったことがあるが、地域ごとに異なるし結局普及しなかった。やる意味があるかも知れないが、気象協会が提案してやるものではなくて地域で考えるべきだ。」「24節気はいじらないで別に親しみやすい言葉を探してもいい。」
長谷川櫂「暦と季節感はずれているのが日本の文化であり、フィクションを愉しむものである。」
前田修平「1ヶ月を2つに分ける(24)節気は、現在気象庁では使わない。上旬中旬下旬という月を3分割した36(10日なので「旬」という)を用いる。さらに72に分けた「半旬」(5日)を用いることもある。」

●東京新聞2月25日/筑紫磐井「俳句月評 立春が消える?」

(気象協会の24節気の見直しの提案を紹介し、立春や立秋が消えたりするおそれを指摘)
☆気象協会平成24年度事業計画
気象協会の公益目的支出計画事業の「一般市民への防災知識などの普及を図る事業」を「日本の気候風土に合った新しい季節のことばを提案する」と改めた。

●俳句四季4月号/筑紫磐井「俳壇観測 日本気象協会の24節気見直し」

(気象協会の24節気の見直しの提案を紹介し、気象協会の主張の矛盾点や問題点を詳細に批判)

○日経新聞4月9日/「「24節気」見直し論議 季節感や言葉 現代風に」

(気象協会の24節気の見直しの提案を紹介し、岡田芳朗、長谷川櫂、山口仲美氏らの意見を紹介)

○中日新聞4月29日/「「24節気」に日本版を!」

(気象協会の24節気の見直しの提案を紹介するとともに、気象協会は当初の方針を変えて、24節気を新しい言葉に置き換えるのではなく「新しい季節の言葉集」を作ることにしたと報告)

☆6月21日日本気象協会発表

24節気と季節のことばに関する街頭インタビュー調査報告
(24節気の芒種である6月5日(火)に、東京都台東区にある上野恩賜公園で、24節気と季節を感じる言葉に関する街頭インタビューを実施。一般人99人を対象に実施。)

●俳壇8月号/筑紫磐井「巻頭エッセイ 季節の文化の破壊」

(24節気の見直しは日本の文化の破壊をもたらすおそれがあることを指摘)

○俳句8月号/岡田芳郎×宇多喜代子×長谷川櫂緊急座談会「どうなる!?24節気」

(日本版24節気専門委員会委員2人と宇多が24節気見直し問題を論じる)

●7月28日「こもろ・日盛俳句祭」シンポジウム「私にとって季語とは パート2」(パネラー:気象協会金丸努事業課長、片山由美子、櫂未知子、筑紫磐井、本井英)。

金丸課長:「24節気の見直しは気象協会という技術集団の素朴な質問から発したもので、広く専門家の意見を徴することとした。その過程で、気象予報の先輩である倉嶋氏などいろいろな人から批判もあり、現在は、24節気は変えず、解説とか言い添える形で分かりやすくしたい、季節を今の言葉で言い表すことが大事と考えている。一方で季節の言葉を公募したいと思う。」
またこのシンポジウムに関連して、こもろ・日盛俳句祭会場での「24節気アンケート」、インターネット上の「24節気アンケート(最終集計)」により計184件の回答を得た。

●里8月発行号(名目3月号)/島田牙城「「輸入品の24節気とはずれがある」は間違ひだ!」

(俳句8月号/緊急座談会「どうなる!?24節気」の読後評)

☆8月15日気象協会発表



第4回日本気象協会メセナ 「季節のことば、今昔物語。」を開催(2012年8月31日(金))
(気象協会では、2011年度から「日本の季節を彩る新しい季節のことばの提案」に取り組んでおり、「季節のことば」を知る、使う、創ることをテーマとしたイベントをサンシャイン噴水広場で開催。)
第1部 「ことばと暦の歴史」
  • 梶原しげる氏(フリーアナウンサー)・石井和子氏(元TBSアナウンサー 日本気象予報士会顧問)・岡田芳朗氏(暦の会会長)・片山真人氏(国立天文台暦計算室長)・三遊亭右京氏(落語家)
第2部 「お天気キャスターのことばの使い方」
  • 金田一秀穂氏(杏林大学外国語学部教授)、お天気キャスター天達武史氏・南利幸氏・福冨里香氏
第3部 季節の言葉で遊ぼう!「お天気クイズ」 気象の知識うそ?ホント!!

●毎日新聞8月15日/片山由美子「揺れる24節気――」



(気象協会の24節気の見直しの提案、俳句8月号の緊急座談会、「こもろ・日盛俳句祭」シンポジウムを紹介し、気象協会としては、知られていない魅力的な季節のことばを紹介することの方が必要であると指摘)

☆8月16日気象協会発表



あなたが感じる「季節のことば」募集!
(気象協会では、現代の日本の気候風土や日本人の慣習になじむ季節のことばを募集して、現代人にとって身近な生活の指標となるものを提供したいと考えました。募集期間:2012年8月7日(立秋)~12月21日(冬至)。発表:2013年4月(予定)。各選定委員が季節ごとに収集作品を選考、優秀作品はホームページに掲載する他協会の広報活動に使用、作品の著作権等1切は協会に帰属、賞品:優秀作品に応募された方の中から1名に5万円相当の旅行券、その他多数。)

●8月17日/24節気を考える俳人の会(本井英・筑紫磐井・片山由美子)「24節気シンポジウムと24節気アンケート結果について」公表



(「こもろ・日盛俳句祭」シンポジウムに際して行われた24節気アンケート結果について取りまとめて新聞・雑誌等編集部に送付)

 

●東京新聞9月15日/筑紫磐井「俳句月評 季語に著作権が発生?」



(「こもろ・日盛俳句祭」シンポジウム後、気象協会が「季節のことば」が公募したが、その際、前例のない作品の著作権等1切は協会に帰属することを条件としているために、気象協会が新しい季語に著作権を主張するおそれがあることを指摘)
○毎日新聞9月27日/「〈日本版24節気〉俳句界などの反発で解説作りに方針転換」
(気象協会は昨年、名称を変更したり、時期をずらしたりすることも視野に入れ、日本版を作成するとホームページなどで公表した。これに対し、一般からも電話がかかるなど批判が殺到。これを受け、24節気それぞれに簡潔な解説を付ける方向に変換した。一方で「季節のことば」の公募を開始。)

●俳句四季10月号/筑紫磐井「俳壇観測 本井英が本気になったとき」



(本井英氏の主導で開催された「こもろ・日盛俳句祭」シンポジウムの経緯とその後の展開を報告)

●銀漢11月号/伊藤伊那男「24節気見直し問題」

(気象協会の24節気見直し問題、こもろシンポジウムの経緯、季節のことばの公募に伴う著作権問題への危惧などを指摘)

2013年3月8日金曜日

二十四節気論争(6)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編

第4群 節気・季語の根本論


24節気を論じて行く過程で節気・季語の根本論に遡って行く意見が出てきた。太陽暦の採用の間違い、気象協会や俳人たちも含めての季節区分の間違い、あるいはアンケートを採った俳人たちの中には無季派の方もいるところから24節気不要、季語不要等の意見も提出された。
極論のようにも見えるが、根本的な点での問題提起と考えておきたい。

〈①暦を旧暦にすべき〉

●暦を旧暦に直すべき。先ずは5節句が分かりやすいかも。真冬の7草粥、桃のない雛祭り、生えたばかりの菖蒲、梅雨最中の7夕、見ているだけで暑い菊人形…まともな俳句が作れません(-_-#)
●太陽の運行に基く24節気と月の満ち欠けとを組み合わせた太陽太陰暦(所謂旧暦)はとても優れたもので長年我が国の季節と付き合ってきた古人の生活によく合っていた。農業に携わる人が減った今でも十分使用に堪えるものと思っている。グレゴリオ暦は世界標準という意味では外せないけれども太陽太陰暦を見直してもいいのでは?

〈②欧米の考え方を入れたのが間違い〉

●立春・立秋が厳寒・猛暑期にあるというのは考え方の違いに過ぎません。「峠」の考え方をしてみるといいのです。寒さの峠、暑さの峠をこえるのがちょうど立春・立秋の頃です。日本における「24節気千3百年の歴史」をわれわれの時代に変更するというのは、日本の暮らし・文化への冒涜です。それより急務なのは、明治初期に導入された欧州文化のシーズンと、極東文化の季節の混同を正すことです。晩夏・初秋にサマーバケーションを直訳で入れた、など。日本気象協会には、天気予報での「『暦の上では』秋」という言い方を改めて頂きたいと思います。「立秋です。暑さのピーク・峠を越えます。早朝散歩に出てみて下さい。秋の象徴である露がおりていますよ」とでも呼び掛けて頂きたいと思います。
(別件)1番の問題は立冬なのです。これは温暖化問題。日本文学で重要な「紅葉」が今や初冬の景色と化しています。磐井さん、当日発言したいなー。牙城

〈③季節区分することが間違っている〉

●季節の言葉は大切にすべきだと思います。24節気は美しい名称が多く、失いたくありません。現状の気象変化に節気を当てはめるのではなく、その節気の言葉を感じたとき、出会ったときに詠みたいものです。季感はグラデーション、流れです。四季にこだわらず沖縄歳時記にあるように月ごとにまとめた歳時記でよいのではないかと思っています。これは夏の季語、いや秋だというやり取りはおかしいのではないかと思うのです。気象変化は地球規模でこれからも変わってきます。四季ごとに4角4面に編集する従来の歳時記を考え直すことを提案します。季語と現状のギャップは旧暦に基づいていることが問題のひとつではないかと思っています。

〈④24節気だからといって季語ではない〉

●昭和9年初版の高濱虚子編『新歳時記』には24節気のうち季題(季語)として採用されているのは、立春、立夏、立秋、立冬、啓蟄、夏至、冬至、小寒、大寒の9つにすぎません。その理由として「序」のなかで虚子は「季はあるには相違ないが俳句の季題としては不適当なものである」と退けています。よって「ホトトギス」および伝統俳句協会系の俳人たちの多くは、24節気72候を季題として諷詠しないようです。一方、現代俳句協会編の歳時記および俳人協会と密接な関係にある角川書店刊(現角川学芸出版刊)の合本俳句歳時記には全項目に例句が収録されております。現在の俳句作者たちが作句の拠り所としている歳時記に掲載されているか否かで、このような違いが生まれることこそを探究すべきであろうかと思います。よって今回の日本気象協会の判断が俳人および歳時記編纂者に影響を与えうるか否か、を問うべきではないでしょうか。

〈⑤24節気は不要である〉

●俳人以外は、必要としていない言葉という気もします。
●必要ないです

〈⑥季語は制度であり間違っている〉

●季語自体、いまや極めて制度的な言語に成り下がっている。表現者は少なくとも制度的言語を脱する試みを行なわなければ、伝統の更新は不可能である。24節気と季語は実は似て非なるものだ。人間の生活の知恵として24節気は切実なものである。季語は元々遊芸の約束ごとに過ぎない。

〈⑦24節気以外の季節問題〉

●夏至、冬至のように気象上ぴったりするものもあれば、少し頭を傾げたくなるものもある。しかし24節気についてはあまり抵抗を感じない。むしろ、例えば「7夕」「お盆」などについて各俳句協会のはっきりとしたまとまった意見を示すべきだと思う。先頭に立ってまとめる俳人はいないのか?人集め、金集めに躍起になり、肝心の俳句の基本を忘れているのではないか。残念である。
○7夕は7月7日になっていますが、本来は8月中旬頃では?よく星の見える時に移動した方がいいのでは?季語は秋です。同じ事が朝顔にも言えます。朝顔市は夏。朝顔は秋です。

第5群 いずれにも属しない意見

〈①24節気アンケートの設問の問題〉

●このアンケートに関してですが、問[い]7を必須にするのは、おかしいとおもいます。「〝新しい季節の言葉〟をつくる必要がない」と上でこたえた人の意思を無視した質問だとおもいます。

〈②不明な回答〉

●地球温暖化そのた[他]で、気象の変化が見られる。地球上に住んでいる私達は季節に敏感であって欲しいと思う。しかし、俳句を創る時はあまり節気は気にしない。
○太陽黄径から理解している。個々の名称については良く判らない。
○現在、特に勉強をしていませんが、気をつけていこうと思います。
○なんとなく知っているというのが実情です。1度詳しく、どういうものか教えて頂きたいと思います。
○このことについては全く無知というレベルですが、俳句を始めて関心が持てるようになりました。
○虚子の日盛の会のことを知りました。
○気象の知識は英会話などと同じで、あれば便利だが、無いからといって、駄目であるとは言えない。

考察

気象協会は、24節気は古代中国で成立したため日本の季節感と合致しないところがあり(本当に合致しないかどうかについては4.(2)を参照)、現代の日本にはなじみの薄い節気の呼称があることを理由に在来の24節気を見直すべきことを主張している。

アンケート〈意見〉では、気象協会が提案した在来の24節気見直しに反対するものが圧倒的に多かった。

見直し反対論では、具体的理由を挙げていないものもあるが、「24節気は伝統である」、(ずれが生じるとしても)「日本人独特の季節感である」、「文化として残すべきである」を理由に掲げるものが多かった。この問題を契機に、「もっと24節気を普及したい」という意見もあった。気象協会の提案に対しては、在来の季節感と在来の24節気が結びついているものであるから、24にこだわって24節気を「新しく作ることは余計である」、むしろ「24節気と無関係に季節のことばを作ればよい」という批判的な意見も強かった。

気象協会の提案については、在来の24節気を新しい24節気に作り直すことに賛成の意見は皆無であった。ただ協会が指摘している、季節感がずれているとか難しい用語が多いという点については「1部は変更すべきである」という意見も若干あった。24節気に新旧「2つあってよい」という意見もあるが、提出された意見の記述をよく分析すると、〈旧24節気と新24節気と2つあってよい〉という意見は少なく、〈在来の24節気と新しい季節のことば(24節気とは言わない)〉があってよいというものであり、言いかえれば「節季と無関係に作ればよい」という意見とも共通している。

なお、反対論、賛成論の両者に対して「どうでもよい、淘汰されるから」という虚無的な意見も少数あった。

24節気を論じて行く過程で節気・季語の根本論に遡って行く意見が出てきた。「暦を旧暦にすべき」「欧米の考え方を入れたのが間違い」「季節区分が間違っている」という現代の季節にかかわる制度そのものに懐疑的な意見もあった。また俳句に関しては花鳥諷詠派や無季俳句の立場に立つ人々も回答していただいたところから「24節気だからといって季語ではない(虚子が定めたものが季語・季題である)」「24節気は不要である」「季語は制度であり間違っている」という意見も当然出てきた。また24節気以外の季節問題として、現代において季節感は存在しなくなったり、混乱している実情を述べている意見が補足的記述も含めて多かった。

    *     *

以上をまとめれば、俳人たちは在来の24節気に代えて気象協会が提案するような新しい24節気が必要であるとする意見は少なく、まして新24節気を必要とする積極的な理由が俳人たちから挙がってくることはなかった。

ただし、在来の24節気と無関係に新しい季節のことばが生まれることについては否定的ではない。アンケート回答でも、新しい季節の言葉ができたら季語として使いたいという回答が多かった。
 現在気象協会は、新しい24節気を提案することを断念して、季節のことばを定めるために公募をはじめているという(毎日新聞9月27日付記事)。これはこれで否定するものではない、問題は気象協会は、季節のことばを公募し、選定・発表するというが、その優秀作品について「著作権等1切」が気象協会に帰属するものとすると説明していることである。いままで、俳人や評論家により創出された季語は沢山ある(「秋の夜」「万緑」など)が、未だかつて季語に著作権を主張した人はいない。気象協会が何を意図しているか極めて危惧されるのである。

2013年3月1日金曜日

二十四節気論争(5)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編


第2群 修正追加の肯定論

(1)1部は変更すべきである

全く新しい24節気を作るべきという意見は皆無であった。
しかし、在来の24節気の1部が合理的でないのであればその1部を変更すべきであるという意見が若干あった。
  • 立春、立秋はいつも頭にきます。共に季節から外れすぎ。あと小満も意味不明。残りはそのままでいいと思います

  • 個人的には好きだが俳句に必須の概念として(歳時記など)初心者に教え込むのはどうかと思う。

○残念ながら地球の温暖化で季節にズレが生じている以上、何か新たな方向を目指すのは現代の責任ではないかと思います。

     ○俳句のグローバル化に伴って、各国別に考える必要があると思います。

    ○昔のようにはっきりした節気を決めるには、地球温暖化の外、生活様式の進歩などで、大きな誤差があると考えます。多少なりとも現在に合った節気を考え。直すこともあると思います。
○言葉と同じ、淘汰されるものもあって良いと思う。

(2)2つあってよい

前項(1)と並行して、在来の24節気と新しい言葉が有ってもよいという意見が比較的多くあった。
 ただしこの中には、①旧24節気と新24節気を対比する考えと、②旧24節気と(24にこだわらない)季節のことばを対比する意見とがあり、後者が多かった。
前者については、何故「24」節気を作り直すべきか、気象協会が主張しているからという以上の理由は意見からは見いだせなかった(22頁前田予報官の説明によれば36節気の方が適切のようだ)。

〈①旧24節気と新24節気と2つあってよい〉


  • もともと日本人に四季の概念はないのでは。24節気と同じで中国大陸からの輸入物で、概念に過ぎず、違っていて当たり前。難しいから優しくというのは余計なお世話。その起源、受容、変容を押さえて、自由自在に遊べばよい。旧字旧かなが読めない若者は新字新かなでも本は読まないのと同じ。漫画やアニメやyoutubeや映像が彼らの理解し易いもので、易しさとは違う。昔は昔のままの感性で、今は今の感性で、別に並行してあってもいい。24節気も、中国のあり、江戸時代のあり、平成のありでいいのでは。

  • もともと中国の気候に合わせて作られたものをそのまま使うということ自体無理があるのだから、日本独自のものを作っても何の問題もないのでは。それに気象庁がやることについて俳人がとやかく言うことではないでしょう。24節気は俳人や歌人の為にあるのではないわけですし。歳時記に季語としてあるから使う機会があるけれど、もともと季節的な実感がないまま季語として使用してきた言葉は、単に俳句的風雅な言葉として俳句歳時記には今までの24節気と、日本の風土に合った新しい24節気と両方載せればよいではないか。今までの24節気を外してしまうと、古くに詠まれた俳句の意味すら読み解けなくなってしまう可能性もあるわけだし。「竜淵に…」「雀蛤と…」等も季語として使用しているが、まったくの俳句的風雅な言葉として実感を伴わず使っている訳だから、別に何の問題もないんじゃないですか。旧24節気、新24節気で。

  • 新しいものと、古いものが両方あったらいいと思います。
○24節気を完璧に残した上で、実生活に即した新たな節気を作ってゆきたい。
○今の24節気はそのまま残し、「新24節気」を提案し、それを俳人が実際に使えるかどうか、試行期間を経て、作って見てはどうか。それよりも季節と季題のブレが最近非常に多いので、その調整を。

〈②在来の24節季と新しい季節のことば(24節気とは言わない)を対比する考え方〉


  • 24節気は、旧暦とは言いながら、太陽の運行=季節のうつろいに合わせて作られた言葉なので、現在と季節的に大きく変わるわけではない。むしろ太陰暦と季節のずれを調整するために太陽暦に従って作られたもの。季節のずれは地球の気候そのものの変化と人の都会的生活への変化なので、新しい季語ができることはいいが、24節気を無くしてはいけない。それは伝統や民俗、歴史、文化の否定につながるので反対。

  • 気象現象が変化しつつあるからこそ2四季[衍字か?]節気のような季節の節目(古くても)が必要であり、古典俳句などの解説に必要です。新しい季語と古い季語があっての伝統だと思う。使う使わないはという基準は必要がない。

  • 現行の暦でははかりきれないものがあると思います。新しいものを「悪」とはしません(どちらかというと受け入れ態勢)が、古いものを切り捨てることはないと思います。

  • 現在の季語に満足しているし、特に不便も感じていないので、個人的には問題はないが、新しい季語が出来れば、それはそれで良いし、使ってみると思う。

  • 今の太陽暦とは、やはりずれがありますから、ずれを調整しならがら詠んでいる時があります。新季語が自然に生まれているように、節目や移り変わりに敏感でありながら、注釈なしで読み取れるようなそんな呼び方が生まれても良いと思います。

  • 気象協会が新しい季節の言葉を作っても、俳句では24節気を使えばいいのではないだろうか。歳時記に24節気のそれぞれに、何月何日頃と記載してあれば、新しい暦に載らなくても使えると思うが。もともと歳時記は京都を元にしてあるので、地方によってずれがある。24節気で詠んだ過去の多くの作品を今の状態で残すことも考えたい。俳句は読者イコール作者であると言えそうなので、歳時記がしっかりしていれば、違和感がなく24節気は残せるのではないだろうか。

  • 24節気はそのまま残して、日本気象協会が基準とする季節の気象用語を使用すればよいと思います。
○四季をこまかく感じることのできる24節気は生活の中に根付いていると思います。新しい季語の増えていくことも大事なことと思います。
○24節気はそれなりの歴史、伝統もある言葉なので、廃止するのは淋しい気がします。実際に実生活、環境実態とのズレあり、違和感を覚える個々の言葉について考えていけたらと思う。
○「座の文芸」であるから「座」で考えればよい。
○地球温暖化の点から、固執するのはどうかと考えています。素人で恥ずかしいのですが、多少、自由にしても良いのではと思います。
第3群 虚無的態度(どうでもよい、淘汰されるから)

第1群でも第2群でもなく、どうでもよい、不適当な言葉は淘汰されるからという虚無的な意見が2件あった。

  • 高校ぐらいまでは歳時記は知識の宝庫であった。今も季節感は好きであるが、自分の詩にはあまり用いなくなった。復古の好きな人は解説・力説すればよいし、うるさい人は使わなければ良い。季節に関する語に限らず、新しい・欲しい言葉は、浮かべばどんどん書けばよい。そしてすべて自然に淘汰されれば良い。言葉は作家よりも優れた言語感覚を持った人(人々)が作る。

  • 問5、6は気象協会の提案を前提にして答えたが、もとより新しい季節の言葉は実作を通して産まれるべし。当面、24節気が消滅するはずもなく、メディアと、俳句実作者の所謂市場原理に任せればよい。なお気象=季語(24節気)に感動するのではなく、気象を言語化した、その歴史の厚みに感応し、現実との齟齬にも感応するところに、現代俳句の妙味もあるのではないか。24節気は別として季語はどんどん増やすべし、きっと虚子ならそうしたな。

2013年2月22日金曜日

二十四節気論争(4)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編

(5)文化として残すべきである

前項(4)の意見をさらにつきつめ、1見不合理に思われる在来の24節気のよって立つ季節感は日本伝来の文化であるという意見を主張する。

  • 古来、中国より伝わり日本の風土に適合されてきたもの。季語の世界だけでなく、農業(水稲作)をする上でも、重要な季節区分であり、これからも文化として残すべき

  • 古人の営みに触れることができる貴重な財産だと思います。全て漢字2文字できりっと揃っているところも大好きです。

  • かつて24節気はアジア全体のグローバルスタンダードでした。日本の歳時記、中国の歳時記、朝鮮の歳時記、台湾の歳時記をみると少しづつずれながらもアジアに共有された文化が、これらの世界をつなげていたことが分かります。なぜグローバルスタンダードというと、英米圏や、英語圏を連想するようになったのか不思議です。アジアがひとつとは言いませんが、アジアの思想を共有する言葉が残っていることは必要だと思います。

  • 24節気は中国伝来の古くから使われてきた季節の呼び名。現状と合わないと言って置き換えられるものではない。節気はそのままにして新しい解釈や新しい切り口を発見することが現代の詩人の役割。

  • 短歌をつくっています。短歌に使うことがあります。言葉は流動的なもので仮に現状の気象に即した言葉をあてられてもまた『現状』の気象は早いサイクルで変化するものと感じます。むしろ古い文化としてあえて古いサイクルの言葉を用いて作歌することも古い形式の詩をつくるたのしみのようにも感じています。勝手を申しました。場をつくっていただいてありがとうございました。

  • 24節季は昔から今へと綿々とつながる日本文化を象徴するものの1つだと思います。これを廃止し、新しいものに置き換えることは文化の断絶をもたらすことになり、避けるべきことと思います。

  • 長い間使われてきた現在の24節気は、それぞれにとても好きな言葉で、日本語の美しさを感じます。大切にしていきたいと思います。

  • 永く親しんできたものなので今後も大事にしていきたい。

  • 新しい「季語」を提唱しても、本意の歴史が確立していないので季語として役に立たない(季節性を表せても言葉としての力がない)。24節季はそのままで良い。伝統のある季語はほぼ全て中国発なので、それらも変えてしまうのか(ばからしい)。日本でも北と南では季節感が違い、季節感のずれは当たり前。しかも、24節気は太陽暦に基づくものであって旧暦でも新暦でも同じ日(日付の数字は違うが)である。そのままにしておいてほしい。立春や冬至が別の名前になるなんて考えたくもない。現代人の国語力のなさ(啓蟄の意味がわからない)を「季節感のずれ」として問題をすり替えているにすぎない。
    ○歴史的にあったものは大切に。

    ○文化(歴史・伝統など)を大切にしたい。24節気は「あさがお」「あまざけ」とは違う。

(6)もっと24節気を普及したい

前項(4)(5)の立場を踏まえ、在来の24節気に基づく季節感を肯定するためにも、24節気に対する知識を普及することが重要だと指摘する。

  • 私たちは、自然に大きく影響を受けており、四季によって豊かな情操を培われています。四季の中でも、初め、中、終わりのころの自然は違い、さらに初めでも前の季節を残している橋渡しの移ろいを宿していたりして微妙です。昔の人々はほんとうに季節を細やかに感じていてからこそ、こうして細かく分類してきました。もっと自然を身近に感じていたいから、24節気をもっと普及したいと思っています。実際の季節感と24節気がずれているということについて。それは、24節気は天文学的に考えられているからです。ずれは、地球が温まるのに1か月かかるところからきています。太陽が南中するのは12時、けれども最高気温になるのは2時。このずれはしっかり日常生活で吸収しています。季節によるずれを吸収できていないのは、まだ日本人が季節感に対して天体の運行をもとにした理解をすることができていないからでしょう。これを、周知させることが先決。

  • 伝統的な24節気の由来などを、啓蒙しないツケが今になって来てる。新しいものを作る前に、そういう啓蒙活動が大切では、ないか。伝統のものと、新しいものとが2重に使われることの混乱が心配。

  • 言葉を変えることも必要かもしれませんが、今使っている言葉を少しは残しつつ、それを大衆に広く伝える努力も必要だと思います。例えば、僕は「啓蟄」の言葉の響きを強く愛しています。なくなってしまっても、そのままこの季語を使って作り続ける俳人は多いのではないでしょうか。また、この議論とは別に思うのですが、24節気は俳人や詩人だけの問題ではなく、そうでない人にこれらの言葉を知っていただく機会を作るほうがより重要かとも思います。

  • とても面白く、美しい言葉ですが中国伝来のものが多く、一般的にはなじみがなくわかりにくいと思う。中国への反感もあると思う。しかし、俳句を楽しんでいる我々にはなくなって欲しくないものです。一般の人には存在すらご存じないと思う。面白さをアピールしていかなければ、現代と合ってませんと言われれば、では、いらないとなるでしょう。また、気象庁は勝手に決めるのではなく、問題提起をして話し合いの場を持つべきです。日本の役所は、なんでも、国民抜きで決めてしまい、腹がたちます。

  • 24節気は、最近、頑張って覚えてみました。天気予報の当たり外れだけに、1喜1憂する日々が、虚しくなったからです。空を見て、外気に触れること。その上で、天気図に目を通したり、24節気や季語に思いを致し、自分で判断するようになったら、精神的にも物理的にも、すっきりしました。私は俳句に、季題や季語が無くても全く構わない立場ですが、「24節気」の考え方は、かなり合理的に出来ているのではないかと思います。最近、ゼミ形式で学生と話し合う機会があったのですが、「24節気」、わりあいウケました。手帳を見ながら、1年の行動を振り返ると、(「立夏」=GW、「大暑」=夏休み、「冬至」=柚子湯=クリスマスツリーはもともと、太陽信仰に基づく冬至の習わしをキリスト教が採用したもの等々)、なるほどと思うようです。若い世代の方が、素直に受け入れられるかもしれません。
    ○難しい言葉だから止めるのではなく、若い人に「こういうものだ」と教えると、なる程と喜ばれま す。言葉の成り立ちも判るし、日本語の素晴らしさが分かるのではないでしょうか。

    ○もっと知らしめる工夫が必要。

(7)新しく24節気を作ることは余計である

24節気を廃止改変することは不要と言うだけでなく、在来の24節気から伝統的な(あるいは東洋・中国由来の)季節感が生まれるのであるから、現代的な(あるいは欧米由来の)季節感に立つからといって、ことさら「新しい24節気」を作る必要などないという主張である。むしろ転じて24節気と無関係に季節のことばを考えればよいと言う。

〈①新しく作ることは余計である〉

  • 24節気に加え、さらに1節気につき3候に細分化した72項まであるので、新たに節を加えるというのは抵抗がある、というより不用に思います。俳句なら、魅力的な季語を加え良い句が生まれることで事足りると考えます。

  • 現代の気候と24節気が合わなくなっているということも確かにありますが、実際には人の生活が季節と合わなくなっているのではと思います。高気密住宅での冷暖房、外来植物・外来生物の存在、生活習慣の変化などの影響を注意深く除いていけば、まだまだ24節気はゆるがないと思います。

  • 季節の言葉は、俳句の専売特許ではない。言葉を選ぶのは俳人としても、新たに作るとは馬鹿げた考えだ。

  • 新しい季節の言葉をつくる、という必要を全く感じませんし、定着するとも思えません。いまある言葉が、時代と共に自然と変化していくならともかく、どこかの誰かに突然提案されても、す[ん]なり受け入れらないのでは。

  • 確かにあまり使われていないもの、難しいものもあるが、無理に新しい言葉を作っても浸透しないと思う。

  • 新しい24節気がそう簡単に定着するとも思えませんが、季節感のズレのような問題もそう簡単に割り切れるものでもないと思います。

〈②節気と無関係に作ればよい〉
  • 古来の24節気はそのまま残す。どうせ新暦になっても、旧暦を知らねば古句を作者の状況に沿って鑑賞出来ないように、新旧両方を知らねばならないから。新しい季節の言葉はそれなりに必要だが、節気に拘らず作っていけば良いと思う。ただ最近の「猛暑日」や「ゲリラ豪雨」は言葉が刺々しい。もう少し優しい言葉が欲しい。

  • 24節気についてはほとんど知識がなく、いつからいつまでかも知りませんでしたが、言葉としては味があるので好きです。現在の季節とのズレがあることについては、元々地域差もあるので仕方ないものとして、新しい言葉をたくさん取り入れてその中で人気のあるものが残ればいいと思います。

  • 気象協会の言い分もわかりますが、それならそもそも、別な概念の言葉を冠すべきであって、あえて節気を持ち出す必要はないと思います。むしろ、従来の季感と大幅にずれている地域など、縁辺部の充実を図るような活動をなさったらいいのではないでしょうか。そもそもが公的機関なんだから余計な似非美しい日本プロジェクトなど行う必要はないと思います。これを提案したからと言って自然災害に備えがいくわけでなし。

2013年2月15日金曜日

二十四節気論争(3)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編

3.「24節気アンケート」の〈意見〉の分析


気象協会の24節気見直しの提案に関して行った「24節気アンケート」の自由記述による「意見」の最終集計結果を、意見の内容に応じて分類して原文のまま掲げてみた。俳人たちの24節気及び季節に関する多様な意見をうかがうことが出来、今後の季語論の参考になると考えるものである。

各意見の前についている●は資料②インターネット上の「24節気アンケート(最終集計)」、〇は資料①こもろ・日盛俳句祭会場での「24節気アンケート」である。②の意見の方が詳細であったので先に掲げる。提出された99件の意見は漏れなく拾ってある。文は、原則投稿されたままとしたが、1部誤字や修正が必要なものは[]で編集者が加えておいた。

内容分類

第1群 在来24節気の見直し反対論

第2群 修正追加の肯定論

第3群 虚無的態度(どうでもよい、淘汰されるから)

第4群 節気・季語の根本論

第5群 いずれにも属しない意見

 まとめ(考察)

 

 

第1群 在来24節気の見直し反対論


(1)廃止すべきではない


最も多い意見は、在来の24節気を廃止すべきではないという意見である。後述するようにいくつかの根拠をあげるものがあるが、そうした明確な根拠を掲げていない意見についてまず総論的に掲げておくこととしたい。

  • 24節気も好きだけど、72候も好き。どちらも歳時記から外さないで欲しい(せめて表として残しておいて欲しい)。

  • 24節気のうち半分位は一般に知られていると思えるし、名称が難しいと言うが、「啓蟄」だってかなり難しい。当然ながら、要は慣れにあるのでは。立春、立夏、立秋、立冬などは、なるほどという感があり、違和感はありません。詳しくは知りませんが、24節気はそっとして置いてもいいと思う。

  • 季節の区切りとして、肌身に感じる言葉として、俳句をいたすものならば24節気は最低限知るべきである。


(2)24節気は伝統である


廃止すべきでない理由として、伝統として24節季の維持を主張する意見がある。後述(5)の文化論に近い。

  • 専門は自由詩ですので俳句はめったに作りません。あまり的確な回答はできません。ただ、強制によって過去の歴史を消していく方向は避けたいものです。

  • 日本の大切な、伝えていかなければいけないものだと思う。

  • 古の人達が、当時の気候や風習・ならわしなどを通じて自分達が肌で感じたものを言葉に変えたものでしょうから、これからも大切にしていきたいと思います。

  • 私は24節気の廃止には絶対に反対です。私は俳句に関わる以前から24節気について心に留めて生活をしていました。日本料理やお茶席、芝居・寄席演芸、着付け・・・等々、筋目筋目に季節を早取りして感じる日本の文化では、中国から借り受けた24節気は大切な役割を担っているのです。そもそも24節気というものは、俳壇における狭義の「季語」である以前に、私たち東洋の生活の背景となっている様式美であることを忘れてはいけません。1年のライフサイクルの中での、いわば「韻律」となっているものなのです。俳壇の枠に捉われず、24節気を大切にしている人々と手を携え、24節気の安易な改廃には強く反対を表明することを希望します。(「都市」本多燐)

  • 漢字の熟語としても大切。当然知っておくべき言葉。

  • 大切な宝です。

  • 素晴らしい伝統であり軽々しく改変すべきではない。

〇古来の言葉を大切にしてゆきたい。1時の思いつきなどで暦をいじるようなことは、決してすべきではないと考えます。

(3)2つの季節感のずれを甘受すべきである


在来の24節気について、気象協会が指摘するように、現代的な(あるいは欧米由来の)季節感と異なる伝統的な(あるいは東洋・中国由来の)季節感のずれは存在すると見る(本当に合致しないかどうかについては4.(2)を参照)が、後者を肯定する立場から、24節気の廃止ないし1部変更に反対する意見が出されている。その中でも具体的な根拠が必ずしも明示されていない意見を先に掲げる。

  • 北海道に、暮らしておりますとズレを感じますがたかだか数ヶ月のこと、そういうものだと割り切ってあります。逆に、北国ならではの季語がありますから!

  • 自分を含め農業に疎い人が多くなって、俳句でも作ってないと出会わない言葉だとおもう。でも西瓜や桃をそのままにして節気だけ新しければいいと言うものでもないような気がします。知らなくても節季があるのは悪くないと思う。

  • 実情とはずれたところがあるにしても、文化としておいておきたい。

  • 「暦の上では」という常套句があるくらい実際の季節とちがうことを前提にとっくに私たちは暮らしているのでこれは残して欲しい。気象庁が口出しすることではないと思います。

  • 農業や一般生活に昔から使われてきた季語。現代のカレンダーと合わないからといって、ほかの言葉に変えることもないし、その必要もない。まだ寒いが立春というと春の訪れが近い感覚があるし、立夏といえばいよいよ夏が来るという期待がある。

  • いまさら変える必要性は感じない。

  • 24節季と実際の季節感とのずれ、これは新暦導入時からの宿命と受け取るしかないと思います。なので下手に合わせようとするのは疑問です。

  • ずれも含めて季節の言葉として生き残れば十分ではないでしょうか。

  • 「新しい季節の言葉」というけれど、どんどん変わる気象条件のなか、「現代」にあわせて言葉を創り出す意味があるのか。今さら農村生活に密着した季語が定着するとは思えず、かといって移ろいやすい都会生活の語彙を「季節の言葉」と制定する意味があるとも思えない。そもそも「24節気」の枠組みが日本にあわないのであって、あわないものをあわないなりに言葉の上で楽しむのが「季語」文化であるのに、あわせようと今さら制定する行為に、多大な無理を感じる。

  • 現行の24節気は確かに実際の季節と1致していないことが多いかと思います。しかしその少しのずれも季節を先取り或い[は]後で思いを致す1つの指標となるのではないでしょうか。新たな24節気ができるとすれば、どのような言葉が生まれるのか楽しみなところです。

    〇1年を24の「季節区分」をされると、凡そ、現在の気象現象とのズレはあるにせよ、生活してゆく折の、季節感の指針となっていると感じます。(農耕民族の日本人の暦となって、歴史は古いのでは)

〇この頃は子供の頃と違って、季節的に「アレ?」と思われることも多いですが、日本人として四季のある生活を大切にしたいと思います。その意味でも24節気は大切と思います。

(4)ずれは日本人独特の季節感である


季節感のずれを認めた上で、単に甘受すべきであるというばかりでなく、日本人独特の季節感であると積極的に肯定する意見も多かった。
  • 24節気はその季節が極大の時に次の季節の匂いを嗅ぎ取る事に大きな意味があるのです。今年の例で言えば8月7日が立秋ですが、まだまだ夏の盛りのこの時に、少しずつ日が短くなってきたりなど、よく観察すれば季節が動いていることを知ることができる。それが分からない今の日本人は季節感が鈍いのです。そんなものに合わせて新しい24節気を作るくらいなら、このまま忘れてしまった方が良いのです。

  • その時期に、「もう立秋だ、芒種だ」と季節を感じさせてくれる。私には欠かせないものとなっています。

  • 昔からある言葉はそれなりの意味があって存在していると思います。単なる記号ならともかく、日本ならではの情緒ある言葉、歴史ある言葉を新しい言葉に置き換えるのは反対です。24節季は大切にしていきたい日本の財産のひとつと思います。かたちあるものだけではなくかたちのない言葉も大切に使い続けていかなければならないと思います。(そういう意味では歴史ある地名が消えていきつつあるのも残念です)。

  • 暑い寒い盛りに立秋、立春になるとか異論もあるかと思いますが、少し気をつければ立秋立春のころには秋や春の気配が感じられます。名称も1つ1つ解説があれば、覚えることも難しくないと思います。新しい言葉を定着させるよりも沢山の背景を持った今の24節季を広めていく方が、豊かな日本語の世界が広がると思います。

  • 24節気は言葉に風情があり、これからも今のまま使っていくのが良いと思う。

  • 24節気は、連綿と繰り返す年々の季節を経て、人ひとりの人生の数十倍もの時間をかけて見いだされた気候のパターンというのも大切なことです。ですがさらに、これまで千年以上、人々はずっとこの24節を意識して、「そろそろ春分だ」「芒種だ」と思いながら時を過ごしてきたということが、1つの価値になっているように思います。過去との断絶が深い現代の文化から、わずかでも過去の人々と現在を繋ぐよすがとして、24節気はもっと意識されてもいいものではないでしょうか。

  • なぜ長く続いてきた文化を現代の浅薄な知識で書き変えようとするのか理解できません。

  • いまのままでいいのは当然のことだと思います。

  • BE俳句に興味を持ち始めた頃は、季語は窮屈に思えましたが、毎日季題を貰える中で、お陰で俳句への興味が広がっていった経過がありました。24節気は、確かに実際の気候より少し早めに思いますが、オーケストラの指揮と同じで、早めの方が来る気候に備えたり、心待ちにしたり、思い起こしたりと、味わい深く思いますので、良いです。併せて、現代らしい季語や地域特性のある季語が増えることは、益々楽しみですが、24節気の地位は揺るぎないかと思います。

  • 「24節気」は、実際の季節とのずれを含めて大切にしていきたい言葉と思っております。確かにその時々の実感とのずれはありますが、そこからまた季節に対する鋭敏な感覚が養われるのではないでしょうか。24節気を詠み込んだ古人の作品を味わう上でも必要な知識でありましょう。廃止したり、新たに「いまどきの24節気」を設定する必要は全くないと考えます。

2013年2月8日金曜日

二十四節気論争(2)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編

2.「24節気アンケート」回答まとめ

平成24年7月27日から29日までの3日間、小諸市で「こもろ・日盛俳句祭」が開催された。この俳句祭の中で季語シンポジウム「私にとって季語とは パート2」が開かれている(パネラーは気象協会本部管理部の金丸努事業課長、俳人では本井英(司会)、片山由美子、櫂未知子、筑紫磐井)、今回のシンポジウムは気象協会が提案した24節気の見直しに関するものであった。このため主催者はシンポジウムに関連し「24節気アンケート」を実施した。以下「24節気アンケート」の全12問の回答を集計した結果を掲げることとする(問12「意見」の取りまとめは別に3.に掲げる)。
ここで使った資料は次の通りである。

資料①:こもろ・日盛俳句祭会場での「24節気アンケート」(取りまとめ:本井)
[シンポジウム会場でアンケート用紙により回答したもので64名の回答を得た。]

資料②:インターネット上の「24節気アンケート(最終集計)」(取りまとめ:筑紫)
[シンポジウムの2週間前から俳句系ブログ「詩客」「週刊俳句」「スピカ」等で募集してインターネットで回答を求めたもので8月31日までで120名の回答を得た。]

①と②は同じ質問により行われており同質のアンケートと見ることができるので、アンケート結果の概要を2つ対比してまとめて紹介する。

なお、回答者は、①では50~70代(74.8%)、②では40~60代(67.5%)が特に多くなっている(問1年齢関係)。

問2.24節気のうち、いくつ御存じでしたか。

気象協会が6月に上野公園で一般人99人を対象に実施したインタビューでは、「あなたは24節気をいくつ知っていますか」の問いに、
  •   24~19個    17人(17%)
  •   18~13個    16人(16%)
  •   12~7個    42人(42%)
  •   6~1個      21人(21%)
  •   全く知らない      3人(3%)
と回答があった。

今回我々のアンケート調査では、俳人を中心に行った調査であるため圧倒的に24節気の認知度が高かった。①では24個すべてを知っているのは40.6%、②では58.3%、気象協会インタビュー調査の最高レベル層(24~19個)は17%であったが、アンケートでは76.4/80.0%に達している(数値は①/②で比較し示した。以下同)し、気象協会インタビュー調査の最低レベル層(6~0個)は24%であったが、アンケートでは0%/0%であった。 

    
なお①における回答なしの数字は、母数には入れたが各項目では示していないので注意(以下の質問項目でも同様)。

問3.24節気を俳句の季語として使ったことがありますか。   

  • 「はい」が93.7%/90.8%
  • 「いいえ」が3.1%/9.2%

24節気の周知度は、実作に使う必要性からも高いものと推測された。

問4.現行の24節気を廃止する必要があると思いますか。

  •   「はい」が7.8%/1.7%
  •    「いいえ」が85.9%/98.3%
圧倒的に否定的回答が多かった。

問5.新しい季節の言葉を作った方がいいと思いますか。 

  • 「はい」が34.3%/40.8%
  • 「いいえ」が56.2%/59.2%
否定的意見が多かった。

問6.新しい季節の言葉ができたら季語として使いたいと思いますか。 


意外だったのは、
  • 「はい」が60.9/61.7%%
  • 「いいえ」20.3%/38.3%
出来上がった新しい季語には積極的な態度を持っていることであった。

問7.新しい季節の言葉はどのようにして作ればよいですか。

  • 「地域や古くから伝わる言葉を発掘する。」が50.0%/46.7%
  • 「優れた作家が作品で提案する。」が12.5%/27.5%
  • 「気象協会などが提案する。」が10.9%/5.0%
  • 「その他」が6.2%/20.8%であった。
気象協会などへの期待はあまり高くなかった。

問8.季語でありながら一般にあまり知られていない好きな季節の言葉を上げてください。

気象協会が季節のことばを募集する予定であるので、これに対応する季節のことばを俳人に問うこととした。①で23語、②では89語の回答があったが、回答を1つに限ったため多くの季語に分散してしまった。

複数回答は、夜の秋(6)、木の根明く(4)、行き合ひ(3)、虎が雨(3)、穀雨(3)、処暑(2)、白露(2)、新涼(2)、貝寄風(2)、白南風(2)、雲の峰(2)、花筏(2)、明易し(2)、昼寝(3尺寝)(2)、夏の果て(2)、桜隠し(2)、朝曇り(2)など。

問9.季節や気象に関心がありますか。 

  • 「はい」が96.8%/95.8%
  • 「いいえ」が0.0%/4.2%
気象協会が気象に関する普及啓蒙活動を進めるにあたって俳人は有力な集団であることが分かった。

問10.俳句を作るにあたって季節や気象の知識は必要ですか。 

  • 「はい」が95.3%/83.3%
  • 「いいえ」が1.6%/16.7%
上記質問と同様である。

問11.季節や気象の知識はどのように手に入れていますか。(複数回答可)

  • 「歳時記・俳句の書物」が95.3%/92.5%
  • 「季節・気象の啓蒙書」が31.2%/42.5%
  • 「新聞やテレビの番組」が54.6%/35.8%
  • 「その他」が4.7%/42.5%であった。
歳時記・俳句関係の書物への依存度が極めて高いことが分かった。

問12.24節気についてのお考えを自由にお書き下さい。

①では24件の書き入れ、②では75件の書き入れがあり、他のこの種のアンケートに比較して、回答者には能動的な意見の持ち主の多いことが分かる。問1.~11.の質問と異なり、回答者の回答根拠や、さらに派生する問題などについても意見が得られ、貴重な意見集となった。(集計結果は、3.3照のこと。)

2013年2月1日金曜日

二十四節気論争(1)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編

(本資料はすでに1月に冊子として作成し関係方面に配付しているが、印刷部数が僅少であることから、さらに有効な活用が図られる事を期待して10回にわたって「blog俳句空間」に分載して掲載することとした。10回目(以下の目次の「5.まとめ」を掲載予定)が、ちょうど日本気象協会が公募している「季節のことば」を公表し、24節気の新しい、分かり易い解説を作成すると豪語している時期に当たる。

本冊子をまとめるに当り、シンポジウムの開催については本井英氏、片山由美子氏、櫂未知子氏にご協力を頂いた。また、中でも中心をなす「24節気アンケート」については、多くの方々にご回答頂き、またその取りまとめに本井英氏、北川美美氏にご足労をおかけした。ここに感謝申し上げるものである。

なお論争参加を希望し、本連載をまとめてすぐご覧になりたい方は、筑紫にまでご連絡いただければ全編を一括してお送りする。)

目次
1.24節気とは何か
2.「24節気アンケート」回答まとめ
3.「24節気アンケート」の〈意見〉の分析
4.参考資料
(1)24節気論争の経緯
(2)24節気と日本の気象に関する論文
(3)気象庁が天気予報等で用いる予報用語
(4)天文台と24節気
5.まとめ
(1)24節気の見直しの不必要性
(2)気象庁と気象協会の違い
(3)著作権の問題

なぜ「24節気論争」が起きたのか


平成23年から24年にかけて、日本気象協会(以下「気象協会」と略称する)が「24節気は古代中国で成立したものであるため、日本の季節感と合致しない」、「現代の日本にはなじみの薄い節気の呼称がある」という理由で、24節気見直しを提案した。これを受けて、気象関係者だけではなく、俳人などの文学関係者やジャーナリズムで広範な議論が行われた。気象協会が提案した内容や、その運動の進め方については4.で詳しく記録として残したが、その他にも俳人たちにより季節に関するシンポジウムや24節気アンケートが行われ、今後の季語をめぐるさまざまな議論が資料として残された。まだ気象協会の運動は収束しているわけではないが、今後の展開を見届けるためにも1連の資料を整理してみることにした。多くの俳人により関心が惹起されることを期待している。

1.24節気とは何か

旧暦の季節感として、中国の暦(暦法)を知っておく必要がある。1年(365.24日)の中で最も日の短い日と長い日を選ぶと冬至(太陽暦(以下同)12月22日)と夏至(6月22日)になる。さらに冬至と夏至の中間の日、つまり昼夜の長さが同じとなる日を「分」と名付け、春分(3月21日)と秋分(9月23日)とした。日の長さから選ぶ春夏秋冬を代表する基準日がこれできまる(これは世界の様々な太陽暦で共通の基準日だ)。【注1】

次にこの、冬至・春分・夏至・秋分の間のちょうど中間の日を立春(2月4日)・立夏(5月6日)・立秋(8月8日)・立冬(11月8日)と名付けた。春夏秋冬、それぞれの季節に入ったばかりの、季節が「立った」(兆し始めた)気配のある時期である(これは中国独自の基準日である)。

一方で、月が満ちてから欠け、また元に戻るまでの月齢(平均約29.5日)は暦が普及していない原始的な社会では大事な目安であった。世界中の多くの国では日は「月」の満ち欠けではかられた。文字通り1ヶ月で、これを陰暦とよぶ。1年はだいたい12ヶ月となるが、この「だいたい」はかなり大きな誤差があり、年により1ヶ月半近くずれることもある。

1年12ヶ月を、太陽暦の冬至・立春・春分・立夏・夏至・立秋・秋分・立冬(2至2分4立と呼ぶ)の8つの基準に分けるのは中途半端なので、8つの基準をさらに細分し、3倍の24の基準日にすることにした。これで1月に2つの基準日が入ることになる。8つ以外の基準日は、中国の当時の気象の指標を入れた、雨水(雪・氷が解けて雨・水となる)とか、啓蟄(虫が動き始める)とか、清明(空気が清く明るい)とか、穀雨(穀物を雨が潤す)、処暑(暑さが処(や)む)、白露(白露が降りる)、霜降(霜が降りる)とかである。これが「24節気」と言われるもので次に示すとおりである(()内は該当する太陽暦の日付)。【注2】

  • 立春(2月4日)・雨水(2月19日)
  • 啓蟄(3月6日)・春分(3月21日)
  • 清明(4月5日)・穀雨(4月20日)
  • 立夏(5月6日)・小満(5月21日)
  • 芒種(6月6日)・夏至(6月22日)
  • 小暑(7月7日)・大暑(7月23日)
  • 立秋(8月8日)・処暑(8月23日)
  • 白露(9月8日)・秋分(9月23日)
  • 寒露(10月9日)・霜降(10月24日)
  • 立冬(11月8日)・小雪(11月23日)
  • 大雪(12月7日)・冬至(12月22日)
  • 小寒(1月6日)・大寒(1月20日)【注3】

注意したいのは、立春とか立秋を旧暦の中で見つけるものだから、ついつい陰暦(月の巡行を基準とした暦)と考えてしまうが、れっきとした太陽暦なのである。陰暦は太陽の運行と無関係だから、太陽の動きとどんどん齟齬が生じる。しかし農業においては太陽の運行が大事だから、陰暦とは違う太陽暦の基準日を入れないと農作もままならないのである。旧暦は、実は陰暦ではなくて、太陰太陽暦という折衷された暦である。24節気(太陽暦)を使って適時修正を行い、時々閏月を挿入することによって大幅なずれが生じないようにする暦なのである。確かに旧暦は複雑である。しかし、24節気はシンプルなのである。



【注1】
ここにあげた暦法を平気法という。暦法は時代を下ると精緻になり、現在通用している旧暦(天保暦に基づくもの)は、天文学的な春(秋)分 ―― 視太陽が天の赤道をよぎる瞬間、つまり視黄経が0度(180度)になる春(秋)分点を通る瞬間 ―― を含む日(春(秋)分日)を基準に暦が定められている。これを定気法という。また、日の出も日の入も「太陽の上辺が地平線と1致する瞬間」として定義されるため、(太陽面を地平が通過する時間が追加されるため)厳密には春(秋)分日は昼夜の長さが同じとはならない。

【注2】
この24節気表の上段を節気、下段を中気という。重要なのは下段の中気で、旧暦の月は必ず中気を含むように編纂した(平気法)。旧暦正月(年の初めの月は1月といわない)には必ず「雨水」があり、旧暦7月には必ず「処暑」があり、従って中気のない月は「閏月」となる。これにより、月の満ち欠けによる陰暦を用いることによる大幅な月のずれを防ぐことが出来るのである。

【注3】
24節気の日付は年により1日程度ずれることがある。例えば、平成24年の冬至は12月21日。