(3)気象庁が天気予報等で用いる予報用語
一般(文芸も含む)で用いられている気象・気候に関する言葉であっても、科学的ではないために予報や解説には用いられないものもある。参考までに、気象庁が天気予報等で用いる予報用語(2011年3月現在)のうち季節現象に関するものを掲げてみる。
これらは、日本人が体験してきた気象現象を踏まえつつも、科学独特の価値判断から選ばれたり再定義されている用語であり、文芸に使われている気象用語とは異なるところがある。そこでは、①「明確さ」(情報の受け手に正確に伝わるように意味の明確な用語を用いる)、②「平易さ」(広く一般の人を対象として発表しているので、専門的な用語は最小限とし、誰にでも理解できるような用語を選択する)、③「聞き取りやすさ」(気象に関する情報は活字ばかりではなく、ラジオ・テレビなど音声でも提供され、文字では1目瞭然な用語でも、音声にすると意味を取り違えたり、わかりにくくなったりするものがあるため、音声で伝えることも意識した用語を用いるようにする)、④「時代への適応」(用語は時代とともに変化し、新しい用語が生まれるので、用語の選択にあたっては、固定的にとらえずに、社会一般の言語感覚と遊離しないようにしている)という4つの条件で精査されている。気象学では最も権威ある判断と言うべきであり、これらから見ても、季節のことばはその当否は別として、気象協会ではなく、気象庁が検討するのが適当であろう。
以下、天気予報等で用いる予報用語の中から、季節に関係する用語を眺めておこう。大きくは、季節現象(ある季節にだけ現れ、その季節を特徴づける生物活動や大気・地面の現象。梅雨、春1番、桜の開花、秋雨、初霜、初雪、初氷、初冠雪など。)とその他があるが1括して紹介する。
紹介に当たっては、気象庁の告示に従い、予報用語、解説用語と使用を控える用語を対比して示した。解説以外に適宜注が加えられている
【注】。予報用語(○)・解説用語(△)を最初に、おおむね季節ごとにまとめて掲げ、最後に使用を控える用語(×)を掲げて、気象用語になじまない季節用語が明白に分かるようにした。
分類(用語の冒頭に付されている記号で示す)
○:予報用語:気象庁が発表する各種の予報、注意報、警報、気象情報などに用いる用語
△:解説用語:気象庁が発表する報道発表資料、予報解説資料などに用いる用語
×:使用を控える用語
【春】
△春めく 解説なし【備考】意味が曖眛なので発表文には使用しない。
△菜種梅雨 菜の花の咲く頃の長雨。
○春1番 冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風。【備考】気象庁では立春から春分までの間に、広い範囲(地方予報区くらい)で初めて吹く、暖かく(やや)強い南よりの風としている。
○霧 微小な浮遊水滴により視程が1km未満の状態。【用例】霧が発生する。霧が薄く(濃く)なる。
△もや 微小な浮遊水滴や湿った微粒子により視程が1km以上、10km未満となっている状態。
△煙霧 乾いた微粒子により視程が10km未満となっている状態。
○黄砂 アジア内陸部の砂漠や黄土高原などで強風によって上空に舞い上がった多量の砂じんが、上空の風で運ばれ、徐々に降下する現象。春に観測されることが多い。【用例】黄砂現象があった。黄砂を観測した。
【夏】
○梅雨 晩春から夏にかけて雨や曇りの日が多く現れる現象、またはその期間。【備考】梅雨前線のように「ばいう」と読む場合もあるが、単独では「つゆ」と読む。
△さつき晴れ 5月の晴天。【備考】本来は旧暦の五月(さつき)からきたことばで、梅雨の合間の晴れのことを指していた。
△梅雨入り(明け)の発表 解説なし【備考】数日から1週間程度の天候予想に基づき、地方予報中枢官署が気象情報として発表する。情報文には予報的な要素を含んでいる。「梅雨入り(明け)の宣言」は使用しない。
△空梅雨 梅雨期間に雨の日が非常に少なく、降水量も少ない場合をいう。
○梅雨明け 梅雨の期間が終わること。
○暑(寒)さ 解説なし【用例】(a)暑(寒)さが加わる(和らぐ、戻る)。(b) 厳しい暑(寒)さ。【備考】「暑(寒)さ」は気温に湿度や風の効果が加わった主観的なものであるから「気温の高(低)さ」と混同して用いないこと。例えば、フェーンによる高温は「8月頃の暑さ」ではなく「8月頃の気温」というべきである。
○残暑 立秋(8月8日頃)から秋分(9月23日頃)までの間の暑さ。
△涼しい 暑くなく、体温が快い程度に奪われる感じのこと。
○朝(夕)なぎ 海陸風の弱まる朝夕に沿岸でほとんど風が吹かなくなること。
△やませ 春から夏に吹く冷たく湿った東よりの風。東北地方では凶作風といわれる。【備考】 主として、東北地方の太平洋側を中心に用いられる。
△夕立 解説なし【備考】夏期のみに用いる。
【秋】
△秋めく 解説なし【備考】意味が曖眛なので発表文には使用しない。
○秋雨 秋に降る雨、長雨になりやすい。【備考】(a) おおむね、8月後半から10月にかけての現象だが、地域差がある。(b) 季節予報では主に解説などで用いる。予報文では「曇りや雨の日が多い」などとする。
△秋晴れ 秋のよく晴れわたった天気。
○吹き返しの風 台風が通過した後にそれまでと大きく異なる風向から吹く強い風。
△小春日和 晩秋から初冬にかけての暖かく穏やかな晴天。
○弱い霜 植物の葉などの限られた部分にしか認められない程度の霜。【備考】晩霜の時期には「弱い霜」でも霜害を引き起こすことがある。
○強い霜 畑の植物や地面が一面に白く見えるような霜。
○初霜 秋から冬にかけて初めておりる霜。
○早霜(はや霜) 秋の季節外れに早い霜。農作物に被害が出ることがある。【備考】音声伝達では「はや霜」を用いる。
○晩霜(おそ霜) 晩春から初夏にかけての霜。農作物に被害が出ることが多い。【備考】音声伝達では「おそ霜」を用いる。
【冬】
○初雪 寒候期が来て初めて降る雪。みぞれでもよい。【備考】富士山などの高い山ではその年の日平均気温の高極が出た日以後の雪を初雪とする。
○季節風 季節によって特有な風向を持つ風で、一般には大循環規模など空間スケールの大きなものをいう。【用例】北西の季節風。【備考】(a)日本付近では、冬期には大陸から海洋に向かって一般には北西の風が吹き、夏期には海洋から大陸に向かって一般には南東または南西の風が吹く。(b)普通は、寒候期の北西の季節風に用いることが多い。
△おろし 山から吹きおろす局地的な強風。【用例】六甲おろし。赤城おろし。
△だし 陸から海に向かって吹き、船出に便利な風であることからきた風の名。【用例】清川だし。
○木枯らし 晩秋から初冬にかけて吹く、北よりの(やや)強い風。
△空っ風 山越えの乾燥した、寒くて、(やや)強い風。【備考】主として、寒候期に関東地方で用いられる。
○寒波 主として冬期に、広い地域に2~3日、またはそれ以上にわたって顕著な気温の低下をもたらすような寒気が到来すること。
△3寒4温 冬期に3日間くらい寒い日が続き、次の4日間くらい暖かく、これが繰り返されること。中国北部、朝鮮半島などに顕著な現象。
○みぞれ 雨まじりに降る雪。または、解けかかって降る雪。【備考】「みぞれ」を予報することは難しいので、予報文では「雨または雪」、「雪または雨」と表現することが多い。
○あられ 雲から落下する白色不透明・半透明または透明な氷の粒で、直径が5mm未満のもの。【備考】(a) 直径5mm以上は「ひょう」とする。(b)「雪あられ」と「氷あられ」とがある。予報文では、「雪あられ」は雪、「氷あられ」は雨に含める。
○ひょう 積乱雲から降る直径5mm以上の氷塊。
△凍雨 雨滴が凍って落下する透明の氷の粒。【備考】透明な氷粒であるが、予報文では「雪」として扱う。
△ 細氷(ダイヤモンドダスト) 大気中の水蒸気が昇華し、ゆっくりと降下する微細な氷の結晶。
△氷霧 微細な氷の結晶が大気中に浮遊して視程が1km未満となっている状態。予報では「霧」とする。【備考】「こおりぎり」と読む。
○ふぶき 「やや強い風」程度以上の風が雪を伴って吹く状態。降雪がある場合と、降雪はないが積もった雪が風に舞上げられる場合(地ふぶき)とがある。【用例】ふぶく、ふぶきになる、ふぶきがおさまる。
○しぐれ 大陸からの寒気が日本海や東シナ海の海面で暖められて発生した対流雲が次々に通るために晴れや曇りが繰り返し、断続的に雨や雪の降る状態。「通り雨」として用いられる場合もある。【用例】北陸地方ではしぐれる。【備考】主に晩秋から初冬にかけて、北陸から山陰地方や九州の西岸などで使われる。関東地方では後者の意味で用いられる。
△里雪 山地に加えて平野部でも多く降る雪。【備考】「山雪」、「里雪」は北陸を中心に使われており、季節風による雪の降り方を表す。
○着氷(船体着氷) 水滴が地物に付いて凍結する現象。海上で低温と風により波しぶき、雨や霧が船体に付着し、凍結する現象を特に「船体着氷」という。【備考】航空機にも発現する場合がある。
○着雪 湿った雪が電線や樹木などに付着する現象。
○落雪 屋根等に積もった雪が落下すること。【備考】大雪や、気温が上昇し雪解けが進むようなとき、天気概況や気象情報の本文で、「屋根からの落雪にも注意してください」等の表現で使用する。
△湿り雪 含水率の大きい雪。大きな雪片となりやすく、着雪の被害を起こしやすい。【備考】予報用語としては、「湿った(重い)雪」などの平易な用語を用いる。ただし、北日本など「湿り雪」という用語が一般に浸透している所では用いてもよい。
○なだれ 山などの斜面に積もった雪が、重力により崩れ落ちる現象。表層なだれと全層なだれとがある。
△結氷 解説なし【備考】(a) 予報用語としては「氷がはる」を用いる。(b) 湖、川、海岸などの固有名詞を付す場合は用いてもよい。【用例】諏訪湖の結氷。
○流氷初日 視界外の海域から漂流してきた流氷が、視界内の海面で初めて見られた日。
○海明け 全氷量が5以下になり、かつ沿岸水路ができて船舶の航行が可能になった最初の日。
【その他】
○長雨 数日以上続く雨の天気。【備考】気象情報の見出しなどに用いる。
△風雨 雨をともなった風。【備考】「風雨」は用いない。天気予報文では「風雨が強い」とはせずに、風と雨について個別に強さを示す。例えば、「~の風が強く、雨」。
【使用を控える用語】
×桜前線 →桜の開花日の等期日線。
×花曇り 桜の咲く頃の曇り。【備考】通俗的な用語のため予報、解説には用いない。
×さみだれ 梅雨期の雨(旧暦5月の雨、「五月雨」と書く)。【備考】通俗的な用語のため予報、解説には用いない。
×梅雨寒 梅雨期間に現れる顕著な低温。【備考】通俗的な用語のため予報、解説には用いない。
×紅葉前線 →カエデの紅葉日の等期日線。
×かすみ 解説なし【備考】気象観測において定義がされていないので用いない。
×激しい雷雨 →強い雷。【備考】激しいのは雷なのか雨なのかわかりにくいので用いない。
【注】(説明文中に付されている記号・用語)
【用例】:用語の使い方の例。使用する際の注意事項。用語の運用の取り決め。音声伝達の用語。
【備考】:その他のただし書き
→:使用を控える用語(使用しない用語)に対して言い換える用語があることを示す。
この他「解説なし」は自明のことであり特に解説が施されていないことを示す。
(4)天文台と24節気
現在国の定める暦とは、国立天文台が毎年2月に官報公告する翌年の公式暦である「暦要項」であり、これには国民の祝日、日曜表、朔弦望、東京の日出入、日食および月食等のほか、24節気及び雑節が定められている。24節気は暦上の必須項目なのである。
国立天文台(暦計算室)では、旧暦と新暦の関係について次のように述べており、穏当な見解ということができる。
「例えば、「旧暦」では1月から3月が「春」とされていましたが、現在でも「新春」などと言うときには、「旧暦」と現在の暦が1ヶ月ずれていることを考慮せず、現在の1月から3月を「春」と考えてしまいます。「1月は寒くてとても春とは言えない」など季節感のずれを感じることには、こんなことが影響しているのではないでしょうか。これは、現在の暦より「旧暦」のほうが季節をうまく表しているということではなく、「旧暦」から現在の暦への日付の読み替えがうまくいっていないということです。
昔ながらの季節感や伝統行事について考えるときには、こんなふうに「旧暦」と現在の暦の成り立ちにも思いをはせると、より深い楽しみ方ができるのではないでしょうか。」
「現在でも、太陰太陽暦にしたがっておこなっていた習慣は、私たちの生活の中で生きています。例えば、「中秋の名月」は太陰太陽暦の8月15日の夜の月のことをいい、たいへん美しいものとして古くから鑑賞されてきました。また、「七夕」も本来は太陰太陽暦の7月7日におこなっていたものです。
太陰太陽暦は使われなくなりましたが、このような昔からの習慣の意味やそこに込められた心は、これからも受け継いでいきたいものです。」