2013年3月15日金曜日

第11号(2013.03.15) あとがき

北川美美

春興帖に12名の方々の作品を掲載しました。そして戦後俳句では5名の執筆メンバーからの投稿がありました。そして10000アクセスを越えました。ご愛読ありがとうございます。

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3月某日 西東三鬼終焉の地、葉山を訪れました。

三鬼は自宅で息を引き取ったそうですが、私の亡師・山本紫黄が葉山に到着した時は、御遺体は電気毛布に包まれていたということです。臨終の際は、日影茶屋に泊まったということを話していました。日影茶屋は当時の建物を生かし、現在も老舗の風格ある飲食店を営業しています。

三鬼が晩年を過ごした葉山堀内の住居は跡形もありませんが、現在、駐車場とレストランになっています。昨夏にレストランの敷地の一角が偶然に三鬼終焉の地であることに気づきました。葉山森戸海岸の三鬼碑(「秋の暮大魚の骨を海が引く」)は知られていますが、晩年を過ごした堀内の場所は住宅街のためか、あまり知られていません。現在は、終焉の地として句碑(絶句「春を病み松の根つこも見あきたり」)が建立されています。




東京都内から葉山に足を伸ばされ、住宅街のアットホームなレストランで食事をしつつ三鬼の句碑を訪れてみてください。


●サラマンジェ葉山
http://salleamanger-hayama.com/

(※レストランオーナーご夫妻は20年近く足利市・桐生市にて営業。マダムは、史学科卒業後に芸大邦楽科に進み三味線の御師匠さんという経歴の持ち主。気軽なフレンチが楽しめます。)


筑紫磐井

前回の編集後記で芝不器男俳句新人賞の休止について触れたのだが、その直後対馬康子氏(西村英俊夫人)と会い愛媛県のした発表と少し違う事情を聞き、さらにこの賞の企画推進者であった西村英俊氏が賞の休止が賞の廃止に繋がるかのような誤解が生まれるのを危惧しているという話も聞いた。そこで今回は、その西村氏に直接、若い世代に対するメッセージを寄稿していただくことにした。西村氏は、経済産業省の幹部官僚を経て現在国際機関東アジア・ASEAN経済研究センター(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia, ERIA)の事務総長を努められ、閣僚待遇という影響力の強い立場にいる。万が一国内で芝不器男俳句新人賞の承継が見つからないとしても、むしろそれは国際的な賞に発展する道筋が生まれるということなのかもしれない。久しぶりに帰国した西村氏から経済産業省のクールジャパン計画の話を聞いたりしていると、とんでもなく大きな仕掛けが動いているような気がした次第である。

また、春興帖については思わぬところで反響をいただいた。是非ご覧頂きたいと思う。

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