この頃年のせいか、朝早く目が覚める。特に、夏は夜明け前に目が覚めてしまう。我が家ではクーラーがないので、暑くて寝ていられないからかもしれない。さすがに、冬は暗いうちに目がさめると、そのまま布団の中でぐずぐずする。そこで、俳句でもひらめくか、あるいは次に書く論文(?)の構想でも浮かんでほしいと思うがそんなことはなく、無為に時間が過ぎていく。
このように、夜明け前に目が覚めるようになってから初めて気が付いたのが、『天狼』昭和23年12月号にある「実作者の言葉」の「息の出で入り」である。
障子いま明るむ息の出で入りに (昭和19年11月10日成、『遠星』所収)
誓子のこの句について、ある評家が「鈍感なる誓子」(『新俳句新聞』第20号)という題で、「息の出で入り」という語は「日本語であろうか。畏るべき似而非語(えせひご)である。しかも、己の潔癖を妄信する誓子氏は鮮かに瞞着されて、毛ほども疑ひを容れない気の毒な事である」と書いていたそうだ。ひどい言われようである。
誓子はここで俄然反論する。「息の出で入り」という表現は、先人たちも使っている表現で、岩木躑躅「出で入りの息も消ゆかや枯林」がある。俳壇では珍しいかもしれないが、歌壇では斎藤茂吉も「晝床にほのりほのりとゐる我の出で入り息の音の幽けさ」と、短歌にもすでに使用されている語である。茂吉はその後に書いた「童馬漫語」の「言葉のこと」(大正4年7月9日)に「出で入り」という語について、『歎異抄』や『国歌大観』から引き、その他平安時代の歌人の和歌を紹介していると誓子は引用して説明する。
ただ、誓子は「出で入りの息」と名詞の修飾語として使えば問題はなかったのかもしれないが、「息の出で入りに」と動詞「明るむ」にかかるようにした。そこが一評家の誤解を招いたのかもしれないと考える。しかし、誓子は、そのまま用いたのであれば、子規の言う「造句の工夫」を怠ったことになる。「息の出で入りに」は誓子の工夫したオリジナルなところである。
さらに、援護射撃が来る。『天狼』昭和24年2・3月号には、野尻抱影よりの手紙に古歌に典拠を求めるまでもなく、芝居や長唄に「出で入る息は、ア・ウンの二字」とあり、人口に膾炙した表現だと示された。天狼同人の杉本幽烏からも謡曲に同じ表現があると指摘される。
そうして、ようやく『天狼』昭和24年5月号に誓子の自解が載る。
冬の夜明に眼を覚ました。寝室の障子が明るくなりかゝつてゐる。しかしそれは急に明けるといふのではなく、私が臥床で、しづかに息を吐き、しづかに息を吸ひ、しづかに息を吐き、しづかに息を吸ふにつれて、それとともに明け白むのである。あたかも息の出で入りに因つてさうなるが如く。
誓子は、呼吸するように徐々に徐々に明るくなっていくという。私も誓子の俳句のように、息をこらしてその時を待つ。吸って吐いてを意識し追体験しようとするが、どうもできない。実際には、息をするように明るくならないような気がする。私は慢性鼻炎の花粉症で鼻は悪いが、吸う吐くの呼吸は意識したことがないからかもしれない。また、私の場合は障子ではなく、雨戸の隙間から差す光だからだろうか。徐々に明るくなるというよりは、あっ!明るくなった、日が昇った、夜が明けた、というのが私の実感である。やはり、私は「造句の工夫」になかなか行きあたらない。