2013年4月26日金曜日

文体の変化【テーマ:「揺れる日本」より⑦~戦後風景~】/筑紫磐井

【焦土】

じゃがいもの花白し焦土たづねたき 新月 20 渡辺水巴 
はこべらや焦土のいろの雀ども 雨覆 20 石田波郷 
束の間や寒雲燃えて金焦土 雨覆 20 石田波郷 
炎天の川が焦土を抉るごと 早桃 20 大野林火 
梅雨の家並わづかにゆけば焦土見ゆ 早桃 20 大野林火 
大根の畝のみづみづ焦土貫く 俳句研究 20・12 篠原梵 
我子に葺く焦土の蓬さはに刈る 俳句研究 21・9 西島麦南 
人も夏荒れたる都八雲立つ 俳句研究 21・9 中村草田男 
焦土凍み吾がつぶやきは風が奪ふ 太陽系 21・12 岡田利作 
焦土の石積みて初午の祠とす 霜林 22 水原秋桜子 
厠の石灼く焦土より掘り起こす 歩行者 22 松崎鉄之介 
鰯雲焦土おほかた町をなす 現代俳句 22・1 百合山瓜公 
飢えと罪焦土にひかる蜻蛉の目 寒雷 22・3 渡辺朔 
子供ゐる焦土の天の花曇 ホトトギス 22・7 山口青邨 
太古より焦土かくあるごとき雪 俳句研究 22・10 林薫 
冬枯や焦土と河原一枚に 浜 23・1 大野西湘子 
天の川焦土東京をふるさとに 曲水 23・1 齋藤空華 
泰山木咲くや焦土の碑は高し 曲水 24・7 山本夕村 
焦土の路を絶ちてもろこし襖なす 石楠 24・9 臼田亜浪 
寒むや厠忘れゐたりし焦土見す 青水輪 25 大野林火 
未だ焦土にて陽炎の立ち易し 浜 26・6 北野晴彦 
虹二重狭まりつつもなほ焦土 曲水 26・3 椎名麦銭 
汗涸れて阿鼻の焦土にゐしか吾 俳句 28・4 下村ひろし 
凍焦土種火のごとく家灯る 俳句 28・4 下村ひろし 
きりん草咲けども焦土かくし得ず 俳句研究 28・12 岸風三楼 
明日いかに焦土の野分起伏せり 野哭 加藤楸邨
【焼跡】
焼跡に遺る三和土や手毬つく 来し方行方 20 中村草田男 
焼跡の低き乏しき百日紅 雨覆 21~22 石田波郷 
焼跡や空朝焼し夕焼す 石楠 21・5 林原耒井 
焼跡の焚火その夜と異なる色 浜 24・5 池谷素石 
焼跡の雪虫きのふ見たる辺に 曲水 25・3 小川枸杞子 
焼跡の青空名なき草芽生ゆ 浜 26・6 北野春彦 
焼跡はことに霜濃く慰まず 曲水 27・3 宍戸一太 
焼跡のほこりつぽくて今日も南風 ホトトギス 27・10 椋砂東 
焼跡やくらき昴がさしのぞく 浜 27・12 宮津昭彦
【瓦礫】
瓦礫に月虐げられしものばかり 冬雁 21 大野林火 
あはれこの瓦礫の冬の虹 太陽系創刊 富沢赤黄男 
我が活路あらむ瓦礫の柳萌ゆ 石楠 23・5 藤波紫影 
戦はなほありや瓦礫に蝿生る 浜 27・6 渡辺浮美竹 
瓦礫踏まへ高貴の蜥蜴尾かなりし 俳句 29・7 堀井春一郎
【廃墟】
木犀の香を留め廃墟たもとほる 太陽系 21・10 水谷砕壺 
巨いなる骸の駅へ装も 万緑 21・10 岡田海市 
牛はしづかに馬は廃墟を蹴るばかり 現代俳句 22・5 火渡周平 
夏草生ふ空地あり都市悲しうす 浜 25・10 松崎鉄之介 
雷雲を四方に廃墟の獣ふかし 石楠 八杉朽人
【戦後】
尾を振りつ蝌蚪浮き上る世は新た 万緑 21・12 香西照雄 
ラグビーのせめぐ遠影ただ戦後 来し方行方 22 中村草田男 
蚊帳の疵どれもことごとく戦後のもの 俳句研究 24・9 川島彷徨子 
陸橋の秋風の燈も戦後も暗し 浜 25・1 永野萌生 
あたりは案山子こけても泣かぬ戦後の子 俳句研究 26・1 中村草田男 
殺戮以て終えし青春鵙猛る 歩行者 27 松崎鉄之介 
冬菊や戦後抱きつぐ膝小僧 氷原帯 29・2 川端麟太 
餅腹のたもつよ「戦後」ながかりき 寒雷 29・2 加藤楸邨 
かつかつに読みし戦後や蛾の栞 俳句 29・7 平畑静塔 
咲く薔薇が平和の砦戦後の家 青玄 29・8 伊丹三樹彦 
【戦災――戦禍】
六甲嵐荒涼と戦禍の街残す 石楠 25・6 藤村咫城 
いぬふぐり戦禍忘るる日のおほく 石楠 25・6 武田暁風 
このあたり戦災のがれ蝉時雨 ホトトギス 26・11 佐野丶石 
草露や戦禍のいかりさへいまは 百戸の谿 28 飯田龍太

【戦後世相】
かかる世の蟻はしづかに列をなす 暖冬 21 目迫秩父 
狂へるは世かはた我か雪無限 暖冬 23 目迫秩父 
啓蟄の蟻混濁の世に光る 浜 23・6 山崎鶴人 
世やけはし咲きつぎ石楠花あまた 浜 24・8 松崎鉄之介 
冬日まみれにわが悲しければ日本かなし 歩行者 25 松崎鉄之介 
ひたすらに狭き国土の木々芽吹く 曲水 26・6 鈴木蒼穹 
雨季に入る世界図の日本朱く少さし 石楠 28・7 畔見秋垢
【希望喪失】
地の涯に倖ありと来しが雪 砂金帯 20 細谷源二 
雁や市電待つにも人跼み 冬雁 22 大野林火 
ただ懶し干潟ひろくてあてなき蝶 浜 22・5 大野林火 
今回は、「揺れる日本」に載っているすべての項目をあげていはいない。次の項目は省略している。

【焦都】【焼ビルーー焼工場】【焼木――焼トタン】【旧軍事施設】【闇市――マーケット】【新薬】【婦警――パトロール】【押売】【買物袋】【物々交換】【交通難】【台風<戦後的な>――台風予報】【人間天皇】【生理日】(以下その他となっているものである)【国歌――君が代】【密漁】【密造】【街頭放送】【金物ひろひ】【返爵】【ビル建設――都市復興】

理由は、「揺れる日本」について、その細目を、①政治経済、②戦争平和、③社会、④基地、⑤労働関係、と見て来たが、⑥衣食住、⑦年中行事、⑧人事、⑨風俗流行には、生々しい生活断片こそひしめいているが、社会性俳句的要素はほとんどない。とんで、⑩戦後風景の中の一部にそうした句が復活している。そこでこれらの句だけを項目で拾ってみることにしたのである。

おそらく主題というものは、抽象化し、隠喩化することによって詩となるのではあるまいか。リアリズムにあっては、個別具体のばらばらな日常生活素材では詩化されない。メッセージとしては伝わっても、詩に昇華しないのである。これは重要な事実である。さらに言えば、個別具体の日常生活素材は、個別具体の日常生活素材として伝達されるだけではなく、それらが戦争や悪魔の隠喩や諷喩であることによって詩の本質を獲得するのである。

またリアリズムにあっては、常に作者の倫理的態度が控えていなければならない。西欧の写実主義が教えたものは、そういう文学の態度であった。美しいものより醜いものを、傍観的な態度ではなくて社会を動かす運動を、そうしたものを写実主義文学は求めることになる。写実主義文学の句系である自然主義文学はまさにそうした激しい文学運動であった。素材についても、①政治経済、②戦争平和、③社会、④基地、⑤労働関係について我々は激しく怒り、感動するが、⑥衣食住、⑦年中行事、⑧人事、⑨風俗流行にあっては興がる事のほうが多いのであろう。

言ってみれば、主題があって我々の態度が生まれるのではなく、予め我々の態度があり、これに対して主題が選ばれるのだ。その意味では社会性的態度の人があり、その人々は社会性俳句を詠まずにはいられないのだ。従ってその態度は千差万別であり、同じ戦争問題を全員が画一的に詠むのではなく、人それぞれに戦争に寄せる態度が異なっており、それに応じて社会性俳句が詠まれる。このように理解するのが、俳句における社会性の適切な理解ではないかと思われる。
それにしても焦土の句の圧倒的多さ(60句)に、当時の時代を感じ取るべきだ。戦後俳句とは「焦土」俳句であったのだ。「揺れる日本」の中の主要主題を掲げれば、以下、基地(57句)、スト(52句)、税(38句)、メーデー(35句)、パチンコ(35句)、焼跡(29句)、平和(20句)、(原爆にかかわる【原爆忌】から【放射能】までふくめると64句)・・・。このように並べると戦後の風景が今一度再認識されるだろう。

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