2014年8月1日金曜日

【小津夜景作品No.34】



シネマ光ノエマ 小津夜景

昼寝からさめたら、死んだ人が生き返つてゐて、誰かの用意したテ—ブルがあつて、美味しくて良い香りのするその食事をわらわらとぞんざいに囲む、そんな願ひが叶つたらどんなに素敵だらう。

映画を見ると、たまにさう思ふ。

最近もう一度観たいと思つてゐる映画は、九十一歳のリリアン・ギッシュがとある小島の夏の別荘で、少女の頃見た鯨を待ちつづけるといふ話。

台詞が良い。

人生を長過ぎると思つたことは?

ありませんね。一度も。死ぬまでが寿命ですから。





八月のくぢらを愛す老嬢よ

銀の蝿過ぎにしみづの影絵かな

杯翳る指紋は歳をとらずして

箱庭の時とは俘虜のこゑなるか

ひぐらしの今し風化をいふ伽藍

青嵐もの問ふために戸を開ける

来たりしよ肩重りかに蝉しぐれ

百年を醒む十薬の香を曵いて



すだれほど青き午睡を返されむ

古日傘ほのめき勇魚いづこかや

ならはしのごと中庭に麦酒注ぐ

喉ごしの水母を夢むシャンデリア

さぼてんは酢ゆき魚に添はせたも

ほろほろとはらわた崩ゆる夏の月

頤を形見とおもふ枇杷に寄す

こときれむ火を惜しまざる蛍かな



今朝ぞ呼ぶ老嬢を卯の花として

水盤やほんのりぬくき髪を梳く

紫陽花を嗅ぐたびしんと死喩の旅

籐まくら遠くて近きもの思ふ

閑古鳥いまも来よやと啼くらしも

日の泡は更へし衣のうつほにぞ

かつてこの入江に虹といふ軋み

青岬いさなを永久に枕くといふ







【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





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