京都の川柳誌『ふらすこてん』第27号(2013年5月)に、「かがりとくんじろうの酒も飲まんとめずらしく川柳談義―意味のない川柳を書く意味って?」と題した対談?形式の一文と、編集担当の兵頭全郎がそれに反応した短文が載っている。酒井かがりが「意味のない川柳を書きたい」と発言するのを何度も耳にしていて、どこか重要な問いかけがある気がしつつ、よく分からないもやもやを感じていたのだが、今回で少しは分かった気がした。といっても、酒井自身の
「ふらすこてんで意味のない川柳を書きたいと言い出してから、あらためてその事を意識して考えてたら、句がスムーズに出来なくなって。その言葉に自分が拘り過ぎているような」
との発言から始まっているように、一文で答えが示されているわけではない。むしろ、「うん?ちょっと待ってよ、意味の無い句と乾いた句とは少し違うように思うんやけど」といったくんじろうからのツッコミを受けながら、様々なテーマをとりあげていき、考えどころは分かったかもしれない、というところで話は終わる。結論に近いところをとりあえずあげると、
「もう一度「意味の無い」の『意味』って何なのかを考える必要があるね。言葉の持っている意味の説明をする必要はないけど、読者あるいは選者に何かを伝えることは必要ではないやろうか?」
というくんじろうの発言あたりになるだろう(別の柳人・樋口由紀子も「意味」という語を使って川柳を(というか、川柳への自らのこだわりを)説明しようとすることが多い。こちらは、川柳は「意味」に基盤を置くものだ、というこの語とそれが表わす何らかのもの・ことに肯定的な価値を見出していっているのだが、どちらにしろ、この「意味」が何を意味しているのかが明瞭ではない)。
兵頭全郎は二人の談義に触れつつ、「意味」を「言語的なところでのいわゆる句意」と「存在価値としての「意義」」に分け、「言語的なところでのいわゆる句意」のほうに注目する。それから同号掲載の作品から4句をあげて分類しつつ、「パターンはいろいろあっても「いずれも「何かを伝え」ようとしているのがわかる。つまりは具体的な句意がどうかは別にして、いずれかの意向は残されている。」と述べる(と引くと、兵頭がしっかり上の二つの「意味」を分けることが出来ているのかが不安になるが、それはしばらく置く)。兵頭が言おうとしているのは、「意味」とは機能的なもので、句が作者にも読者にもほぼ共通して示すものということだろう。そこから当然結論としては、「単に「意味を抜く」ことだけを追うと、誰かに読まれるのを拒絶することになるのではないか。」ということになる。ちなみに酒井とくんじろうが「意味がない川柳」かも知れない、としてあげる自句は次のようなものである。
はぁ吐息ひぃ驚いてふへほ鳴く くんじろう
とんからり森から頭ひとつ分 かがり
いわゆるナンセンスな味わいはあるが、読者が「意味」の欠如に遭遇するほど特異な句ではない(むしろ、どちらかというと読者サービスが過ぎる句かも知れない)。
私が何となく分かったような気がした、というのは、「言語的なところでのいわゆる句意」と「存在価値としての「意義」」と兵頭が区分けしようとするものが、実際はどうしても割り切れないものであって、たとえば、樋口が「意味」にこだわるという時にこだわっているのは、この「割り切れなさ」なのではないかということだ。言い換えれば、言葉とその言葉にまとわりついている様々な価値観・感覚との粘っこい結びつきのことだ。言葉の意味、といって辞書の定義を引くならば、それは本当は意味ではなくて、別の言葉のあつまりに過ぎない。辞書を永遠に繰り続けても、言葉の連鎖が生まれるだけで、「意味」はない。言葉と世界のあらかじめある、そしてまた新しく発話するたびにもしかするとわずかばかり更新されるかも知れない、それも単一ではなく、無数の糸からなる結びつきこそが「意味」の内実、というか、効果としての「意味」なのだ。
面白いのは、それを捨て去ろうとするにせよ、あえてこだわろうとするにせよ、こうした「意味」の感触を、今の川柳人が自意識過剰といっていい仕方で意識せざるを得ないところに来ているということだ。もちろん、新聞の時事川柳やサラリーマン川柳、猫川柳などではこうした自意識は発生しない。そこでは全国紙を読む「日本人」意識をもった人々のぼんやりした総体や、サラリーマン(って何?)という雇用形態(?)といった文脈や限定された読者層によって、特定の「意味」から読みを逸脱させる力は働かないからだ。やっかいなのは明治以来の文芸意識を引っ張ってきた現代川柳人(とりあえず、こう呼びます)で、レディメイドのそうした文脈を外しながら、伝達性・意味の効果を発生させるような句を書こうとするので、どうしても無理が発生する。昭和半ばまでならそれでも、「日本人」たる共通意識と、川柳ジャンルに関わっているという仲間意識でお互いに読み合いを安心して行っていたのだろう。だが、社会意識、ジャンル意識両面で、そうした牧歌的な状況はすっかり壊れていることは自明だ。
同様のことを、石田柊馬が、高知の川柳誌『川柳木馬』(第136号 2013・春)に掲載された「木馬座を読む 喫茶去」で、昭和後期からの川柳界の意識の変遷として描き出している。
かつて、川柳は共感の文芸だとの教えがあった。いまも信じている川柳人があるだろう。主にうがちの視線のリアリティーと急進的な感情の開陳があったが、いまでは、読者の自己投入を促すほどの共感要素、書くべき「私の思い」が無い。かつて書かれた「私の思い」には僅かでも作者、個の存在を感じさせるものがあったのだが、個性、パーソナリティーが認められるのは社会の方向性に合う一面だけで、全き個体性から出る個性は排除される。
さらに同文から引く。
〔古谷恭一の「畑から戻って飯をよく食べる」の句について〕感懐や感慨の質が偏在的で、作者が個性を書けないことをもって川柳であると開き直らざるを得ないのだ。個人と社会の関係性を川柳的にうがった理知が、抒情の表出になりかけたところで止まってしまうのが、川柳での抒情の現在である。
浅いところでの共感性、上の石田の指摘にしたがえば、樋口や酒井、二人が方向は違うのだがともに厭っているのは、これだろう。また、石田の指摘では、古谷のようなみずからの川柳を叩き上げてきた作家においても、川柳表現の技術とは関係なく、こうした苦境にさらされざるを得ないところに、ほんとうの意味でのシンドさがある。上手い下手であるとか、真剣さの度合いなどは、残念ながら、この文脈ではそれほど価値がないのだ。
消費社会に行き渡った同質の意識と認識。それ一辺倒に頼らねば生息できない空気の 薄さを感じながら、何を書いても今更なあと思い、書くべき何ものかを持てなくなっている中で、川柳人は自分と川柳の関係性を自問しなおさねばならない位置や時期に居るのかもしれない。他者の川柳を読んで改めて気付かされる自身の川柳の質、薄っぺらな共感性、うがちの退化、旧態による抒情。これらが自他とともに、現在の川柳の酸素を薄めている。
うんざりする状況かも知れないが、ここ二、三十年においては実はこれはあらゆる表現における常態であったとも思う。それが川柳といった周縁の周縁にあるジャンルにおいても意識されてきたということなのだ。
最後に一言、この「酸素の薄さ」で苦しんでいる?自分(たち)を、ブンガク的存在だと陶酔することだけは避けなければならないだろう、と付け加えておきたい。
0 件のコメント:
コメントを投稿