2013年6月21日金曜日

文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む④~酒とタバコ~】/筑紫磐井

○酒

【密造酒】

冬の夜のラヂオ密造酒をあばく 浜 26・3 渡辺つね子
【粕取酒】

粕取の酔ひ昏々と梅雨めく夜 石楠 23・9 奈良木酋
【カストリ】
濁酒を醸せる納屋やつばめの巣 浜 23・6 福田渦潮 
きさらぎの上にどぶろく一壺秘む 石楠花 同 鹿山隆濤 
カストリや面ざし高貴なる名残り 暖流 23・8 園部三吉 
カストリ屋裏の芒を壜に挿す 俳句研究 24・7 瀧春一 
どぶろくにとほき枯木の哭く夜なり 浜 26・2 矢尻遊子 
どびろくをもてなされても湯ざめかな 春燈 28・2 中村二彩亭
【焼酎】
焼酎を呑む秋風に耳吹かれ 天狼 24・11 高桑冬陽
【メチール禍】
メチールの毒癒えず柚子噛んでみる 石楠 22・4/5 石川芒月
※古くから酒粕を原料に蒸留して製造する「粕取焼酎」があるが、これと異なり、戦後の混乱期、粗悪な密造焼酎のことを「カストリ」と言った。有毒なメチルアルコールを水で薄めたものまでが売られ失明事故も頻発した。これらを総称して「カストリ」と言う。従って名称こそ違うものの、「カストリ」「粕取酒」「密造酒」「焼酎」「どぶろく」は同じものと言ってよいだろう、それから容易に「メチール禍」も連想されるのである。「カストリ」「粗悪な蒸留酒」というイメージから、エロ・グロを内容とする粗悪な印刷の安雑誌をカストリ誌と言った。多くは3号雑誌(3号で廃刊になる)で「3合飲むとつぶれる」と洒落たものである。カストリとヒロポンは戦後文学を語る上で不可欠だ。

○タバコ

【ピース】
ピース吸ふ心の奢り虹を見て 寒雷 24・10 一見青嶺子 
腕時計に春光ひたとピース買ふ 俳句研究 26・3 鶴淡路 
ピースの箱秋らしく陽色◆より 麦 27・10 高沢九雨 
【やみ煙草】
やみ煙草都心鷗の来ることあり 石楠 22・8 石原沙人
【たばこを捲く】
たばこ巻く手かなしき稚妻 21・3 出雲正秋
【光】
シャツ真白透けて見ゆるポケットの「光」 石楠 29・? 吹雪且蕾
※「ピース」は昭和21年から現在まで販売されている両切りたばこ。「光」は戦前から昭和40年まで販売された。高級感がわかないので、ハイライトの販売された時期の1本当たり価格で並べてみよう。

ピース(10本)   40円(両切)
ホープ(10本)   40円(フィルター付き)
ハイライト(20本) 70円(フィルター付き)
光(10本)     30円(両切)
いこい(20本)   50円(両切)
しんせい(20本)  40円(両切)
ゴールデンバット(20本)30円(両切)
「ピース」・「光」の高級感が分かるであろう。

    *    *

ちなみに、30~35年ごろの物価は、20年代と異なりようやく落ち着いてきており、次のような水準にあった。

はがき      5円
かけそば 25~35円
銭湯      15円前後
バス      10円
国鉄初乗り   20円
ビール    125円

だそうである。

食物(闇米、雑炊、粥、代用食)を取り上げるとみじめになるので、今回は嗜好品を取り上げてみた。前回の女性にかかわる素材と対になるであろうか。何のかのと言っても、嗜好品の場合は切実度がなく、どことなく幸福感があるのは否めない。だからこれらは、社会性俳句ではなく境涯俳句であり、私小説的な世界が描かれているというべきなのだ。おそらく俳句に向いていたのはこうした素材であったのだろう。

桑原武夫の「第二芸術」は俳句の世界ではあまりにも有名だが、この論を丹念に読むとその批判対象は俳句ばかりではないはずだ。俳句とは老人が行う菊作りや盆栽のようなものとし、江戸時代の音曲同様学校の教科書から排斥せよと言っているのだから、これらも批判の対象である。また、明治以来の小説がつまらない理由は俳句に見られる安易な創作態度にそのモデルが見られるとしているのだから、明治以来の小説も批判対象である。おそらくその最たる者は思想を持ち合わせない私小説に向くはずだ。酒とタバコの幸せを描くこうした俳句は第二芸術の典型と言えるかもしれない。

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