先にも述べたように、苑子は『水妖詞館』を出版する理由として、死をも予告する病名を告げられたからだと語っていた。「無体」がその現実を如実に描いていることからも頷けよう。
余命の無い己が肉体に、四季の移ろいが歯痒く、眩しく、愛しい。未だ到達できぬ俳句への至願を抱えつつ、自身の眼に映る季節の色彩は、永遠に瞼を閉じるその時まで苑子を捕える。まさに実体の無きがごとく浮遊する「無体」、また、その心の動揺や諦念から自身をないがしろにする「無体」は、有体の浮世と接することなどより自然を視つめ、自然に視つめられることを望んだのではないだろうか。しかし、「来る」という表現に、自然という有体も自らを拒むことができぬように、迫りくる時の経過を迎える日々。
死期を思う焦燥や疲れ、不眠から「赤き眼」の表現が伺えるが、「四季赤き眼」とも取れよう。年中、眼底出血のような赤い眼に目薬を注している状態であるということである。前者の解釈では、中七が句跨りになり、〈無体に来る四季/赤き眼に/目薬あふれ〉になるが、後者は〈無体に来る/四季赤き眼に/目薬あふれ〉である。どちらにしても「四季」は、「無体に来る」と「赤き眼」の両域に掛かり関係を結ぶのである。〝四季が無体に来る〟、そして、〝四季、即ちいつも赤い眼に目薬があふれる〟ということである。
文学に携わる者は、多く読書家でもあり、疲れ眼の状態が続く。況して苑子は、夜から明け方に及び原稿を書くタイプであり、闇夜の灯で眼を酷使しては目薬を常用していた。それは又、限られた残りの時間に貪りつく読み書きの結果であるのかも知れない。
晩年の苑子に、眼に良いからと贈ったブルーベリーを、少女のように喜んでいたことを思い出す。
38 野の貌へしたたか反吐(もど)す水ぐるま
前句の「眼」から「口」へと身体を材料にした句が並ぶ。
「水ぐるま」は、土地を潤すために田畑に水を注ぎ入れ、例えば刈り終えた稲の精米や、小麦粉を製粉する。この句は、春夏秋冬の陽射しを受けながら「水ぐるま」のカタンカタンという音を発するのどかな田園、あるいは、山里の風景画であるはずの様相が、グロテスクな幻想画として読み手に呈示されるのである。
それは、「野の貌」「したたか反吐(もど)す」の表現によるものであるが、「野の貌」とは、壮大な自然の実態を単なる風光明媚なものではなくもっと厳しく、生々しくとらえたリアルな表現であると言えよう。自然の織りなす、造っては生滅を繰り返す野の時間に「水ぐるま」も「したたか反吐す」ことを繰り返す。
昨今の減反や農業の機械化が進む以前の日本において、たとえば宮沢賢治の作品にも見受けられるように、農耕という長い歴史と自然との葛藤、忍耐は想像を絶するものがあるだろう。
鳥が食ひ虫が食ひ雨にくさり落つるあまりの李(すもも)が人間のもの
石川不二子『さくら食ふ』
旱天の雷に面あげ一滴の雨うけしわれや巫女のごとかる
同 『水晶花』
1933年生まれの歌人、石川不二子の短歌である。不二子は、温暖な神奈川県藤沢市出身の農業家であり、農業生活の辛苦の歌を必ずしも多く残しているわけではない。農業に携わる身の、自然との交歓の景が多く歌われている。しかし、昭和生まれの彼女の歌にも、自然の中に生きる厳しさが垣間見えてくる。
「野」には、開墾に血と汗を流しながらも、貧苦に朽ち果ててしまった貌もあるだろう。幾多の戦の歴史の犠牲に倒れた無念の貌も、この世では遂げることのできなかった絡まり縺れ合う男女の悲愴な貌も――。それらを受容し、眠らせる「野の貌」へ「水ぐるま」は「したたか」水を与えるのである。自然からの恵みの水を頂いては、自らの力で自然へ「反吐す」ことを繰り返す「水ぐるま」は、渇きゆく「野の貌へ」魂の救済のごとく、永遠に回り続けているかのようである。
39 流木を渉るものみな燭を持ち
「燭を持ち」て渉る時刻は、夜、または夜明け前、夕暮れ時であろう。昼間、山から伐り落とし、水の流れに運ばれた「流木」か、嵐の海に割れ砕けて流れてきた「流木」か、薄闇の中、凪いだ海上の流木を渉り、沖に向かって行く者たちのひとつひとつの灯りが仄かに揺れ動いている。風も止み、潮騒だけが幽かに聞こえ、月光が海面を静かに照らしている。この果て無く幽玄な美しき光景は、この世の風景とは思われない。
かぐや姫は、満月の夜、光彩を放ちながら、艶(あで)やかに空を渡り、故郷へ帰って行ったのだが、ここに描かれる者たちも、また、魂の故郷へ旅発つところなのである。
十七文字の中には、〝死者〟とも〝あの世かの世〟、〝彼岸〟とも表記されてはいないのであるが、とぎれのない一句一章を読み下した後に残る静けさと崇高さは、読んだ者をもその中有のような世界へ誘い込む。生者が死者へとゆっくり変容する姿を見送っているような心持ちになる。
随筆集『私の風景』の「原始は水」の文中に、『水妖詞館』という題名について語っているが、
人間の生死の時刻も潮の干満とおおむね符合することなどを思うと、「人間とは、何と玄妙な生き物か」とそぞろ虚しさを覚え、……
というくだりがある。また、俳句の講義の中でも〈潮の干満の時刻は、明け方や夕暮れ以降に多く、人の生死と深く関係している〉と度々話していたことを思えば、「燭を持ち」にその意識が表現されているのだ。これまでに登場して来た直接〝死〟に纏わる句。
1. 喪をかかげいま生み落とす竜のおとし子これらの句のように、〝死〟に関連する語は使われていないのだが、より〝死〟が感じられる。そして、これらの句と比べると、静寂さのみが極まる作品と思われるのだが、愛唱者が多いのは、一句に漂う〈人間とは、何と玄妙な生き物か〉と言う苑子の思いの丈ゆえに尽きるのであろう。
15.喪の衣の裏はあけぼの噴きあげて
16.祭笛のさなか死にゆく沼明かり
24.落鳥やのちの思ひに手が見えて
30.愛重たし死して開かぬ蝶の翅
40 死は柔らか搗かれる臼で擂られる臼で
前句39.の文中で取り上げたこれまでの直接的な語、〝死〟を扱った句の中でも、特異な薄気味悪さが感じられる句である。
臼の中で搗かれ、擂られる、真白い餅の様子が想像される。搗かれるままに、擂られるままに、餅は柔らかにされるままにある。水を含みながら、艶を持ち、上下左右様々に変容されながら、より一層柔らかく滑らかになる。そして、繰り返し動く臼の中の餅が、いつしか人の肉のように思われてきたのではないだろうか。
しかし、その妄想は、怖しい情景を目の当たりにしているという描写ではなく、むしろその状態に見入り、恍惚としている風にも思えてくるのである。
「死は柔らか」の表現は、死の持つ美的情緒へ吸い込まれて行きそうな感覚であり、「搗かれる臼で擂られる臼で」の畳み掛けは、さらに死への陶酔にのめり込んでゆく様が感じられる。この6音、7音、7音の構成は、定型を超えた不安定な詩的世界へと消えて行きながら、「柔らか」のか、「臼で」ので、の余韻を残す。また「柔らか」という語と、「死」「臼」「擂られる」のシとサとスのサ行のしめやかな音感が奏でる、あくまで淡々とした静かな流れの印象なのである。
恍惚として見蕩れながら、苛虐的視点を持ち、柔らかい女体のごとく撓る白い餅を、自らの肉体と感受している被虐的要素も見受けられる。死を客感的、主観的に、精神的な観点から炙り出しながら、ひたひたと呪文のごとく唱えられる稀有な作品として耳に残る一句である。
【執筆者紹介】
- 吉村毬子(よしむら・まりこ)
1962年生まれ。神奈川県出身。
1990年、中村苑子に師事。(2001年没まで)
1999年、「未定」同人
2004年、「LOTUS」創刊同人
2009年、「未定」辞退
2014年、第一句集『手毬唄』上梓
現代俳句協会会員
(発行元:文學の森)
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