2013年8月30日金曜日

平成二十五年 こもろ日盛俳句祭 参加録3 /  北川美美

初参加の「こもろ日盛俳句祭」。小諸へ行くことも初めてである。盛りだくさんの句会メニューと町興しを思うイベントに「祭」の期待が高くなる。小諸に到着すると、観光名所に「こもろ日盛俳句祭」の紫の幟がはためき、歓迎されている予感あり。ネームタグに「日盛俳句祭」のロゴが入ったものを首から下げた御蔭で各所アットホームに接していただき、小諸の街の人達に好印象を持った。そしてこの俳号の書かれたネームタグは吟行途中で参加者同士がすれ違って見知らぬ参加者同士が会釈できるような交流面にも役立ったのである。

さて小諸。島崎藤村、高浜虚子、山頭火などが滞在、文豪を誇る文化・教育水準の高い地域であることを感じた。俳句の聖地といわれる「松山」に継ぎ「小諸」も俳句イベントに恰好の場所であることを思った。懐古園(小諸城址)を散策し、島崎藤村の「千曲川旅情」の冒頭「小諸なる古城のほとり」の歌の通り、千曲川を臨めるビューポイントに立ったとき千曲川が本当に曲りくねっていることに感動した。そして虚子旧居「虚子庵」はまさに「庵」として風情と趣があり、ここで、岸本尚毅氏、小川軽舟氏らと句会ができたら、確かに感慨深いと妙に納得するのだった。また「真楽寺」という小諸と軽井沢の中間地点にあるひっそりとした寺も信仰と歴史の重みのある吟行地としては相応しいところだった。




イベントメニュー選択に「初心者講座」があったのだが句会を優先してしまったため出席できなかったことがちょっと後悔である。冷やかし参加ではなく、自己学習のみという環境であるため、そのような実作の講座を受けたことがない。聴くところによると参加者が極端に少なかったということである。今更ながら実作講座に興味が湧いてきた。

今年はシンポジウムに宮坂静生氏が登壇されることもあって長野県が本拠地の「岳」(宮坂静生主宰)、そして小諸に支部があるという「鷹」からの参加者の方が多かったようだ(高柳氏のブログによると「鷹」参加者は196名の参加者で賑ったようだ。)俳句熟練の参加者であったように思う。

前週に「気仙沼・海の俳句全国大会」というイベントが開催(週刊俳句に詳細掲載中)lされ、佐久が本拠地の「里」が能登吟行と重なったりして、集客の奪い合いとなる8月のイベント日程である。

さて、このイベントの核となっている「句会」であるが、なんといっても、俳句総合誌でよく拝見する俳句作家の方々を交えての句会がイベントの目玉だろう。「スタッフ俳人」というタイトルがついている。そのような著名な先生方が句会でどのようなお話をされるのか、吟行で同じ風景をみてどのような句を創られるのか、大いに期待大!である。茨木和生、宮坂静生、櫂未知子、中西夕紀、小川軽舟、高柳克弘、山西雅子、奥坂まや、藺草慶子、対馬康子・・・筑紫磐井、本井英…オールスターである。登壇だけの先生もおられるが、おそらく角川の俳句総合誌「俳句」に参加された方の写真が掲載されるだろう。乞う御期待である。

今回私が二回参加した句会に二回偶然に当った「スタッフ俳人」とは、かの「鷹」編集長の高柳克弘氏である。部屋の割り当ては句会直前に参加スタッフ間のジャンケンで決めるらしい。高柳克弘氏のつつがない句会進行役に感心しきりであった。ちょっとした説明も穏やかであり相当な場数を踏んでいる印象である。

今更ながらプリンス高柳氏のプロフィールを『新撰21』で拝見したところ、1980年生まれ。藤田湘子に直接指導を受けている。「俳句甲子園」の出身者ではないようだ。結社という社会で鍛えられた別世代とのコミュニケーション能力がある印象を受けた。学生の延長線にいない雰囲気がある。(年齢計算すると34歳であり年齢相当の落ち着きといえばそうなのかもしれない。)「高柳」という名前は御本名かもしれないが、伊達に「高柳」ではない、という印象だった。きっと彼はこの世界でプリンスでありつづけ更に成長するのだろう。そう確信したのである。そういうナマの俳句作家に直接触れることができるというのがこのイベントの特色かもしれない。

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さて実際の句会。一回目の句会での私の部屋は、岸本尚毅、高柳克弘、相子智恵、中田尚子の各氏がスタッフとして担当された。会場は30人ほどで満席であり、末席にかろうじて入れていただけた盛況ぶりである。30人で5句出句は時間的ロスが多いようにも思えた。三句くらいが妥当という印象である。5句選だったように思うが、30人の選句の披講、そして特選一句の弁を参加者全員に述べるだけで相当な時間がかかる。イベント性のある句会進行はなかなか難しいというのが感想。

個人的には岸本尚毅氏と同じ教室で投句がシャッフルされることに興奮を覚える。講評での岸本尚毅氏の話に大いに頷き、流石に岸本尚毅だわ!と感心。岸本氏の本を何冊か購入しているが、(『生き方としての俳句』『高濱虚子 俳句の力』どちらも三省堂)文章同様、講評もわかりやすく説得力がある。俳句に向き合ってきた時間とその密度がずっと濃いということが伝わってくる。岸本氏は私よりやや年長だが、俳句上ではお父さんのように感じる。質問をしても、質問自体を卑下せず、わかりやすく答えていただけそうな印象があるからかもしれない。岸本氏が私にお父さん呼ばわりされる筋合いは全くないのだが。

岸本氏の講評は具体的な実作の意見を述べられ、せっかく小諸まで行った甲斐があるという具合だ。具体的にいうと、

黒雲の生れてあめんぼ荒々し  アベモエコ(御名前漢字表記不明)

という句を岸本氏が選句され、「黒き雲生れ」というように文語を避ける表記にしてみる手もある、という他の選択肢の意見を述べられる。

別の参加者からの別の質問に答えていらしたのは、「<時候と食べ物>の組み合わせは相性がよいようです。」という実作のヒントも惜しみなく述べられる。なるほどと、と思う。

しかし、<時候と食べ物>の組み合わせについての例句となるものを探したがそう簡単に出てこない。食べ物が季語になる可能性が高いからだろうか。

夏の夜や崩れて明けし冷し物 芭蕉 
短夜や胃の腑に飯の残りたる 正岡子規 
水無月の魚に塩を効かせけり 鈴木真砂女 
暮れなずむ夏至ビフテキの血を流す 松崎鉄之助 
オン・ザ・ロック白夜てふ刻(とき)ゆるやか  いとうゆふ


上記が探してみた、<時候と食べ物(食料、飲料)>の句である。二十四節気題詠句で実際に作句してみたいと思案中である。



「スタッフ」の皆様の投句をいくつか。

砂かぶる松ぼっくりや蟻地獄 岸本尚毅 
ウエルテルは早足ならん蟻地獄 高柳克弘 
涼しさや鳴きゐる鳥の名を知らず 中田尚子

相子智恵氏の特選句が岸本氏の句であった。

細く濃きこの片蔭をひとりずつ 岸本尚毅

吟行句と思えるが、「この片蔭」の「この」に臨場感が出ているという相子氏の評であった。さらに岸本氏の投句に下記があった。

虚子翁に八人の子や扇風機 岸本尚毅

虚子は子沢山だ。たまたま落札した句集に『松村禎三句集』(深夜叢書)が手元にある。松村禎三は武満徹、黛敏郎とならぶ日本の作曲家でありその業績は高く評価されている。その句集序文を書いているのが音楽家の池内友次郎であり、それが虚子の次男である。虚子の一族には音楽にすすんだ系統もあるようだ。帰ってきてからも岸本氏の俳句を基になんとなく高濱家について検索してみたりして興味を覚えたわけである。


***  ***

三日目に参加した句会会場に当ったのは、高柳克弘、奥坂まや、藺草慶子、本井英の各氏。最終日とあって人数も前日より減り20人ほどの句会であった。イベント句会としてはこのくらいの人数がいいのかなという感想。



谷底へ下る径あり葛の花 藺草慶子 
青林檎高原村の読書会 本井英 
空蝉のごとくスナックの看板 高柳克弘

藺草慶子氏は八田木枯関連で御名前を拝見し鑑賞文を拝読させていただいている。キリッとした美人である。藺草氏の投句は常に死生観を感じるものを出されていて、吟行といえども常にそのような眼で風景を見ることが訓練されていることに流石と学んだ感がある。

そしてイベント・キーマンである本井英氏。ダンディである。ヨットマンかなと眺めていたら、本井氏が主宰する「夏潮」とは逗子が本拠地と知った。裕次郎の街である。やはりダンディである。海の香りがする逗子から高原の小諸へと、「こもろ日盛俳句祭」に対する熱い思いが伝わってくる。逗子と小諸・・・ユーミン的にいえば、「サーフ&スノウ」である。ユーミン以前に文人はもともと海と山を制するのである。本井氏には俳句の「サーフ&スノウ」的なイベント仕掛けを今後も期待したいと思った。

最終日の句会ということで質疑応答などの時間もゆったり取られていたように思う。イベントに関する参加者の声に大いに耳を傾ける本井英氏の姿が印象的であった。


宿で涼んでいる間に小諸市内は地元の夏祭りで賑っていたようだ。そして市内某所では祭の喧騒の中、自主的な句会が遅くまで行われていたようだ。

ガニメデ58号を見ると、

滝になるまへ水重く集ふなり 佐藤文香

    ホッチキス滝はどこまで綴じられる 対馬康子


佐藤氏は昨年の投句をガニメデに収録したようだ。その逆パターンで対馬氏はガニメデ寄稿句と同じものを日盛句会で投句されたようだ。今年投句された句がどこかで活字になることもある。その現場に居合わすことができるというライブ特典のようなものが参加者にある。対馬氏の上掲句の句会での反応については筑紫相談役の参加録にその状況が記されている。

世代、結社を越えて参加できる開かれた俳句の場であることを思い、今後もつづくイベントであることを祈念したい。

朝霧に聳え立つ浅間山、そして城址のほとりの千曲川が曲がりくねる小諸。よい街である。「平成二十五年・こもろ日盛俳句祭」はよい夏の思い出となった。

最後に「小諸市立高濱虚子記念館」の館長ならびにスタッフの皆様には申込時より丁寧にご説明をいただいた。またイベント中も終始参加者に不具合がないか気遣っていただいた。私のネームタグの筆耕は館長直筆のものである。ボランティアとして参加してくださった小諸市内の高校生有志の皆さん、さわやかでした。高校生や大学生がなどの世代を交らせるイベントであるところが面白いのかもしれない。(社会学のゼミナールとして慶応大学の学生数名が運営側で参加されていたようだ。すれ違いでお会いできなかった。残念。)

スタッフの皆様ありがとうございました。



真楽寺 千年杉

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