マブソン青眼氏より句集『妖精女王マブの洞窟』(マブソン青眼、2023年6月刊、本阿弥書店)を寄贈いただく。
フランス生まれのマブソン青眼(せいがん)俳句を眼にしたのは、やはり俳誌「海程」での金子兜太先生の選の常連の同人だったことから私の注視する俳人のひとりだった。
今回の句集も格調高く海外滞在経験の無い私には、読み手として俳句鑑賞の力量の無さはあるが、私なりの共鳴句を鑑賞したい。
七夕は体外受精説明会
胎児いま小海老ほどとや大地凍つ
妊婦には心拍ふたつ深雪かな
胎児いま宙返りとや鳥雲に
花は葉にベイビーベッド組み立て中
熱帯魚熱帯魚熱帯魚と妊婦かな
入道雲 陣痛ごとに来ては去る
生(あ)れし児の笑みのふるえに青田波
子を見つめ子に見つめられ大西日
私は、特に子どもの誕生の一連の俳句にマブソン青眼俳句の粋を感じ入る。
七夕の日に体外受精説明会という取り合わせ。現代俳句に生命の現代性を取り込む力作だ。
胎児がいま、小海老ほどだと云う。この大地が凍りつこうというのに脈々と生命の誕生に妊婦と胎児の心音ふたつを感じ入る俳人が居る。
胎児の宙返りと鳥雲の季語もきらりと活きている。
花は葉になるというのにベイビーベッド組み立て中のユーモア。
水槽越しに眺めているかのような熱帯魚のリフレインの中に妊婦が居る。
入道雲の生命観と妊婦の陣痛ごとに来ては去る右往左往ぶりの父なのだろうか。入道雲に生命の期待感が押し寄せてくる。青田波の生命感。
子を見つめている。子に見つめられている。至福の大西日ですな。
他の共鳴句もいただきます。
銀漢の重さに耐えて糸蜻蛉
銀漢とは、銀河のこと。その銀河の重さに耐える糸蜻蛉の感受性に俳人としての慧眼がある。金子兜太先生の詩魂を受け継ぐ俳人のひとり。
枯柳これほどやさしく死ねるか
くちばしが銃より太き鴉かな
蟲の音の裏が無音の宇宙かな
枯柳のこういう感受性は、好きだな。
鴉の存在感のある俳句。素晴らしい。
蟲の鳴き通す裏側に無音の宇宙を見出す俳人の業に舌を巻く。
戸籍謄本われにはあらずいわしぐも
選挙終えセシウムしみる枯野かな
マスクしても異人と覗(み)られ花薊
日本で生まれた俳句という表現領域の形式に囚われることなくマブソン青眼俳句の自由奔放な表現形態を模索している。
その日本社会の違和は、日本社会の歪を顕著に捉えたかつての社会性俳句の新たな進化なのかもしれない。
これまでに培った俳句形式も活かしつつも無垢な青眼によって新たな俳句の領域を拡大していく豊穣なる俳句の開拓地を切り拓くことを切に祈る。
素晴らしい句集『妖精女王マブの洞窟』(マブソン青眼、2023年6月刊、本阿弥書店)の心意気をありがとうございます。