鰡飛んで一瞬恋になる揺らぎ
人には心が動く一瞬がある。どきんとして全身に血が巡る。その動きは恋であったり、偶然の一致やリンクに気づいた感動であったりする。
最近は、恋よりも素晴らしい作品に出会った時の感動や連綿と続く伝統や遺伝の確かな歩み、物理的な距離感を飛び越えて相手の心に寄り添えた時など違う時にときめく。
なつさんの俳句にはそんなときめきを感じる。
自身の発見を自信を持って十七音にし、即他者に知らしめるという俳句の多い中で、異質な純粋さを感じるのだ。
そして、自分の心が動いた瞬間を捉え反芻しながら、これでいいのだろうかと一旦心の箪笥にしまうような奥ゆかしさがある。
それは、幼少期に形成された性格とその後に受けた様々な影響から成り立つ。
人は大人になっても、幼少期の家族との関係がずっと影響する。なつさんの句集の中のご家族との関係や育った環境を感じさせる句。
天狼星わずかに傾ぐ父の椅子
蚊遣火やあの日の玄関へ帰る
夜に飲む水の甘さよ藍浴衣
星の夜や結うには少し早い髪
古絨毯家族そろっていた凹み
社会の中で働けば、時に攻撃的な気持ちになったり、憂鬱になったりする。
ティンパニーどんどん熊ん蜂が来る
日向ぼこ世界を愛せない鳩と
黒鍵に躓いている冬の蜂
雁渡し退職の日のハイヒール
今日を生き今日のかたちのマスク取る
その日々を刻むような句の数々も、その一瞬を切り取る事である一人の歩んだモノクロームな写真集のような美しい光と影となる。
ぴったりの箱が見つかる麦の秋
あ、これだと直感的にわかった時の感動が麦の秋という一面が金色の実りの穂の秋と撮り合わされている。更に毎日を一生懸命に生きていくことで、もしかしたら違う箱が欲しくなるかもしれない。
集中、一番惹かれたのはこの句である。
はつなつや肺は小さな森であり
肺の画像を見ると肺胞が森のようになっているのがわかる。その事を初夏の心地良い深呼吸によって気付かれた作者の言葉は宝箱に納められ、そこから森へと蝶のように帰って行くのだ。
その宝箱を開くのは、この句集を紐解く読者なのである。
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