ロンドンから見た平成文化
先日、日本の「平成」時代のことを扱ったBBCのラジオ番組を聴いた。平成は昭和と比べると印象の淡い時代だなあ、と個人的には感じていたし、その番組の中でも、そんな趣旨の発言をする人がいた。昭和の時代には、その良し悪しはともかくとしても、前半は軍事大国、後半は経済大国として世界にその存在感を示したが、平成は基本的に経済も低迷気味だったからだろう。しかしそれを受けて、その番組ではこんなコメントがあった。いや、平成の日本はポップカルチャーの巨人になったんですよ、と。そしてそれは、イギリスに来て僕が肌で感じていることのひとつでもある。
まず何よりも、日本の漫画やアニメが世界中の若い世代に大きな影響を及ぼしていることは否定しがたい事実だ。ロンドンに来てそんな人たちに多く出会った。日本の漫画を愛しそれゆえに日本語を大学で学んだという中国人男性、「私はキャプテン翼が好きよ」と明るく言っていたフランス人女性、自分の人生での最高の映画は『攻殻機動隊』(押井守監督)だと言う中国人男性、大友克洋や宮崎駿の作品が好きだと言うアメリカ人男性。みなそれぞれのやり方で、日本のポップカルチャーを愛していた。街角の小さな図書館に行っても、英訳された日本の漫画がずらりと並ぶ。大きな書店に行けば、通常のコミックコーナーとは別に「manga」と書かれた日本漫画専用の書棚がある。大英博物館では今年(2019年)、日本の「manga」をテーマとした企画展を開催する予定だ。
もちろん、漫画だけではない。もうすこし上の世代になると、村上春樹や小津安二郎がイギリス人にもよく愛好されている。大学教授などのインテリ層に根強い人気を誇るのは、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』。面白いのは、これらの二十世紀以降の文化だけでなく、日本の伝統文化も広く評価され、若い人たちも興味を持っているという点だ。以前紹介した「侘び寂び」以外にも「折り紙」などもかなりポピュラーだ。
あるイギリス人によると、haikuという言葉は形容詞みたいに使うこともあるとか。つまり、「この食べ物はhaikuだね」と言った場合、それは「小さいけど完璧」みたいな意味になるらしい。「折り紙」も「漫画」もまさにそのようなものと思える。一方で、身の丈を「大きく」見せようとした昭和の軍事大国や経済大国は、結果として日本社会の持つ醜い部分を浮き彫りにしたかのようで、そんな日本人の側面は決して世界で愛されることもなかった。今、世界で広く愛される平成のポップカルチャーは、昭和的な覇権主義から遠ざかったことで、逆に俳句や折り紙などの日本古来の良質な部分とつながっていたのかも知れない。
(『海原』2019年6月号より転載)
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