2020年3月27日金曜日

【緊急発言】切れ論補足「切字と切れ」座談会・特集用メモ② 筑紫磐井

2.その後の川本皓嗣―――川本皓嗣「新切字論」

 『俳諧の詩学』(2019年)は『日本詩歌の伝統』(1991年)につぐ、川本皓嗣の俳諧に関する論文を収めた評論集である。この中で本書標題と同じく、「俳諧の詩学」と題した章があり、その中で「新切字論」が掲げられている。その内容は2つある。

(1)「切字とは何か」及び「「切字論」とその後」の節では、『芭蕉解体新書』(1997年)の「切字論」(『現代俳句教養講座』第二巻(2009年)「俳句の詩学・美学」中の「切字論」も同旨)で掲げた、句中の切字は係助詞であり遠隔操作的にその勢いの及ぶ句末で切れるのだとその機能を述べたという説を紹介したものである。本説については、多くの識者から賞賛されたものの、藤原マリ子からは句末の切れを全て説明しているわけではない、切字が係助詞であっても、その力が必ずしも句末にまで及ばない場合がたくさんあると指摘された。因みに、藤原は、切字「や」を古い口伝から始り分析し、主格の「や」、配合の「や」を指摘し、芭蕉以降の配合の「や」の機能を重視している。

(2)「切字論」の節では藤原論文の対象とした切字「や」から全切字に対象を拡大し、『菟玖波集』から『獺祭書屋俳句帖抄』までのテクストを使ってその推移を分析する。詳細な分析であるので的確に記述することは難しいが、その変遷を特徴付けるキーワードだけ挙げると次の通りとなる。

①菟玖波集
[変化特徴]以後の基準となる句集なので反歌に関する記述はなし。
②竹林抄
[変化特徴]様式化・定型化、かな止め・体言止め
③新撰菟玖波集
[変化特徴]切字多様化
④竹馬狂吟集
[変化特徴]純正連歌を忠実に受け継いでいる、やと下知の優位
⑤新撰犬筑波集
[変化特徴]体言止めを中心とする、発句の型
⑥犬子集
[変化特徴]中世から受け継いだ類型を一歩も出ていない、や特に中七末のや
⑦西山宗因全集
[変化特徴]固定化した枠の中に安住、①や・②切字の種類の多さ・③切字なし
⑧芭蕉・『松尾芭蕉集(一)』全発句
[変化特徴]芭蕉の切字論は枚挙のいとまがないほどであるし、その前後の時代に比して革命的な特色を持ているが、芭蕉の独自性だけが際立ってきて推移がたどり難いのでここでは省略する。
⑨蕪村・『自選句帳』
[変化特徴]種類が減少、切字なし、中七末のや、や+用言止め
⑩一茶・『新訂一茶句集』
[変化特徴]さらに種類が減少、けりの重用
⑪子規・『獺祭書屋俳句帖抄上』
[変化特徴]大きな変動なし

[筑紫の感想]
(1)芭蕉を除いては切字に関して大きな革命はなかったようで、多少の時代の流行はあるものの切字は近世から近代への「展開」と言うほどのものは見られないようである。
(2)本論では「「作法書の切字リストは時代と共に揺れ動くので、厳密な判定は難しい」「じかにいちいち自分の眼で確かめる他はなく、むしろその方が手っ取り早そうだ。もちろん限られた個人の努力では万全とはいかず、思わぬ見落としがあるかもしれない」ということは再三述べられている。つまり、切字と非切字の境目を明定できない状況である。
 切字の推移については、このBLOGの「動態的切字論」で既に触れたが、川本論文を理解するために、再度整理して示すことにする。

1)標準切字(「専順法眼之詞秘之事」による=所謂切字18種)
①助詞=かな●、もかな(もがな)、よ、や、そ(ぞ)、か
②助動詞=けり●、らむ(らん)●、す(ず)、つ、ぬ、じ
③形容終止形の語尾=【青】し●
④動詞命令形の語尾=【尽く】せ、【氷】れ、【散りそ】へ、【吹】け
⑤疑問の副詞の語尾=【いか】に
[注1]●は最初期の切字(順徳院『八雲御抄』・二条良基『連理秘抄』)を示した。なお、順徳院『八雲御抄』が掲げる「べし●」(助動詞)は「し」として専順の「し」(形容終止形の語尾)に入れられてしまったのかもしれない。またこの「べし」は挙堂『真木柱』にはないが、滝沢馬琴・藍亭青藍『増補俳諧歳時記栞草』には収録されている。
[注2]①助詞の「や」以下が係助詞である。⑤疑問の副詞の語尾「【いか】に」と併せて句中の切字となる。

2)後世の増加した切字(挙堂『真木柱』の切字56語+下知9を例にとる。[]は標準切字、黒抜き数字は新出の品詞)
①助詞
[哉]、[もがな]、[よ]、[や]、[ぞ]、[か]、がもな、か(が)、かは、やは、こそ、やら、かも、な、せ、
②助動詞
[けり]、[らむ]、[ぬ]、[つ]、[じ]、[ず]、成けり、けりな、む、まし、き、れり、めり、たり、けらし、ならし、なり、
③形容終止形の語尾
[し]、もなし、はなし
④動詞命令形の語尾(下知)
[れ]、[へ]、[け]、[せ]、よ、な、そ、て、め
⑤疑問の副詞(標準切字を拡大した)
いか[に]、いかむ、いか、いかで、いかにせん、いかがせん、なに、なんと、など、どこ、いづこ、いづち、いづく、いつら、いつ、いづれ、誰、いく、
❻(疑問の副詞以外の)副詞
さそ、さそな(さぞな)、
❼接続詞
いさ、いざ、
❽動詞
候、

(3)川本は本論で、①芭蕉が愛用した古い切字を復活して表現的・リズム的効果を生かす、②二段切れ三段切れも切字に考えてよい、③季語同様続々と新しい切字を案出する、④切字のない句も多く作る、等の提案をするが、子規を除いて近現代俳句の実作でこれらの検証はしていないようである。

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