この庭も
雨上るげんげんの莢若くして
岩肌に指休ませてゐる蜥蜴
クローバーに投げ出してある捕虫網
ひとことをためらふやうに百合開く
団子虫転がればこの庭も夏
・・・
木枯一号可盃の穴と底 川嶋一美
この季節に木枯の句でもないのだが「ああ、可盃!」と何とも懐かしくなったものだから。
先頃出版された川嶋一美第2句集『円卓』に見つけた1句である。「可盃」はベクサカズキと読む。
俳句を始めたばかりの頃、友人に誘われて陶芸をやっていたことがあった。誘いに乗ったのは「土をいじってたら、いくらでも俳句が湧いてくるから、絶対やる方がいいよ」との甘い言葉のせいもあったが、手捻りに憧れていたこともあってのことだった。
それを知った大先輩の呑兵衛氏がこう言った。
「ベクサカズキ焼いてくれへんか」
「ベクサカズキ? 何ですか、それ」
「猪口の底に穴が開いててな、その穴を指で塞いで酒を受けるんや」
「置いたら漏れてしまうんですね」
「そや、だから可盃って書くんや」
「つまり、呑むべく……ってことですか」
やってみましょうか、ということで作ってみることにしたのだが、さて、猪口の大きさはともかく、穴の大きさというのが分からない。酒類の頂き物はさっさと飲める人へ回し、手元にあるのは料理用の酒だけという下戸揃いの我が家には、そんな盃を知っている者もいない。
試作第1号は穴が小さくて釉薬で潰れてしまった。見事に失敗。見せたら呵々大笑。
「これじゃあ普通の盃やな」
2号、3号と続けて、今度はちゃんと穴が開いた。渡すと、先輩は早速に晩酌で試してみて
「いやはや……あれは忙しいてかなわんわ」
当り前だ。底抜けなのだから。どう考えても手酌で飲むのに使うものではない。
もともとはお座敷遊びに使われていたらしい。私が作った物のように盃の底に穴が開けてあったり、独楽のような形で置けば転がるように出来ていたり……、とにかく受けた酒は飲み干さないと猪口を置くことができない、というものなのだから。
ビールだったらさしずめ一気飲みのようなものだろうか。こんな盃で注がれるままに飲んでいたら、あっという間にへべれけになってしまうだろう。
注文主は「沖」同人だった梅本豹太さん。何かとお世話になった恩人である。
うららかに釈なにがしとなられけり 豹太
今でも好きな一句である。
あの盃がその後がどうなったのかはとうとう聞かずじまいのままだった。
(2021・5)
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