2014年7月25日金曜日

 【朝日俳壇鑑賞】 時壇  ~登頂回望その二十五~ 網野月を

(朝日俳壇平成26年7月21日から)

◆夕焼けて一と日まるごと美しく (北海道鹿追町)高橋とも子

稲畑汀子と金子兜太の共選である。汀子の評には「一句目。太陽が西の空に沈む夕焼けの美しいこと。暑かった一日を「まるごと」美しいと言いたい作者」とある。座五にある「美しく」は生な表現である。何に美を感じるのか?何に対して美を感じているのか?は想像するしかないのだが、掲句の場合は「一と日まるごと」を捉えての美なのである。一方、掲句は美の本質には触れていない。俳句のような最短詩形では文字通り無理な相談だ。「一と日まるごと」を言いたいだけなのであるから。それにしても掲句は、景も叙述も大掴みだ。「一と日」も「美しく」も具体性がないだけに作者の見ている夕焼けの景までもが大き過ぎるように感じる。両選者はその大きい景がすっぽりと夕焼けに包まれて、より大きなものを感じていることに感じ入ったのであろう、と想像する。作者の目の当たりにしている景を夕焼けがより大きなその懐に抱いているような感じを受けたのであろう。

掲句には切れが無い。上五の接続助詞「て」に拠って原因を提示し、「美しく」の結果を導き出しているように読める。上五で切れを作る方法もあるように考える。

◆夏富士に集ふや入社五十年 (西宮市)黒田國義

金子兜太と長谷川櫂の共選である。多分、入社同期組の五十年目の集いであろう。既に定年退職している仲間同士が富士登山を試みたのであろうか?はたまた富士近辺の温泉宿にでも投宿したのだろうか?同期入社して友となりライバルとなり、いつしか共に定年退職を迎えた僚友と「入社五十年」を祝うことの出来た感慨が、「夏富士」にピッタリである。この集いは単なる楽しみではないような気がする。人生の残り三分の一を迎えるに当たり、もう一度自分を見つめ直す良い機会になったであろう。
この世代の方々は生に対して真っ直ぐに立ち向かう勇気を持っている。

他に金子兜太の選で

◆先づ以つて男の咽せるところてん (川越市)渡邉隆
◆戦前を知る人速し蚊を打つ手 (新庄市)三浦大三

がある。両句ともに「男」「戦前を知る人」と句中に主語が入っている。が「男」も「戦前を知る人」もすべての「男」すべての「戦前を知る人」を叙してはいない。特定の人物を想定している。つまり前掲句の場合は主題が季題「ところてん」であり、後掲句の場合は「速し」にあるからである。

閑話休題。それにしても実に戦前を知る人の蚊を打つ手は速い。つい最近も実見したばかりである。




【執筆者紹介】

  • 網野月を(あみの・つきを)
1960年与野市生まれ。

1983年学習院俳句会入会・同年「水明」入会・1997年「水明」同人・1998年現代俳句協会会員(現在研修部会委員)。

成瀬正俊、京極高忠、山本紫黄各氏に師事。

2009年季音賞(所属結社「水明」の賞)受賞。

現在「水明」「面」「鳥羽谷」所属。「Haiquology」代表。




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