渡りの沼
しろがねのよもぎしろがねのあまつぶ
芹を摘む渡りの沼といふ水辺
春霰が叩く切株苔を帯び
この町に知る人ひとり初つばめ
昆虫館までの坂道つばくらめ
・・・
〈箱根の山は天下の険……〉とは有名なフレーズである。
太田土男著『季語深耕 田んぼの科学 ―驚きの里山の生物多様性―』(2022年/コールサック社)を読み直していて、その中にもこの箱根山がチラッと出てくるのを面白く思った。
箱根山、この峠を越えなければ東西を跨ぐことができないという東海道きっての難所である。
時代小説などに箱根の山より先には云々ということが出てくることがある。つまり箱根の山のあっち側とこっち側には境界線があるということだ。
私は岡山県西部の生まれだが、子供の頃、つまり昭和20~30年頃の夏には、蝉は油蝉・にいにい蝉が主流だった。たまに熊蝉のシャーシャーという声が聞こえると、庭木に目をこらした。捕まえることができたらその子は英雄扱いされるくらい珍しかった。
昆虫標本を自由研究に提出する子もいたが、その標本に熊蝉があったりすると、甲虫の雄などと共に注目の的であった。
私が俳句を始めた頃が丁度平成と重なるのだが、その頃熊蝉の句を作ったりすると、関東の句友達に驚かれたりした。
それが次第に東上してゆき、いつの間にやら誰も驚かなくなった。
熊蝉が箱根の山を越えたのである。
脱線が長くなった。話を戻すと、太田土男さんの著書の中にモグラについて述べられた箇所がある。
日本に棲むモグラの主な種はアズマモグラとコウベモグラだという。その分布は東海から北陸を結ぶ線を境に棲み分けているとのことだが、最近では西軍のコウベモグラが東へと押し気味なのだそうな。今現在箱根の山辺りで、鍔迫り合い、陣取り合戦をしているらしいと。
〈天下分け目の箱根山です〉とこの文は締められているのだが、この一言で、太田さんの柔和な顔が、さらにニンマリとしたようにも思えて、私もクスッと笑いながら読んだのであった。
はっきり憶えていないが、蛙でも同様なことが起きていると読んだことがあったような……。
単なる勢力争いで押しているのか、地球温暖化によるせいなのかは私には分からないが、研究者には興味の尽きないことであろう。
(2025・3)
※管理人からのお詫び:「俳句新空間」の更新が遅れたために4月に食い込みました。お詫び申し上げます。4月中にもう1回連載したいと思います。