夜店の灯にはかに玩具走りだす 有紀子
縁日の参道、境内には様々な露店が軒を連ねるが、中でも玩具を売る店は、いつの時代も子供達の興味の中心であろう。露店で売られる玩具には、普段デパート等では見かけないものも多く、非日常的な感覚を覚えるが、日が暮れて灯が灯りだすと、まるで時間を超越したかのような異郷感も強まってくるから不思議である。
掲句は、子と一緒に露店を覗く作者だろうか。不思議さと如何わしさが綯交ぜとなった夜店の灯の下で、乗物あるいは動物の玩具の一つが不意に走りだす。瞬間、驚きに満ちた作者の視点は、かつての子供時代へ時を遡り、子の視点と一体化している。夜店の灯は魔法である。
秋谷美春
(「天為」2023年6月号より転載)
土のこと水のこと聞き苗を買ふ 有紀子
花屋に勤めていた。花を詠むのも、詠んだ句を観賞するのも好きである。 この句に出会った時の衝撃は忘れられない。句集から、飛び込んできた。いい!大好き!と思った。だって、春に向かって咲く花の、苗を前にしたワクワク感!花好きなら感じられない人はいないでしょう。本人がお店の人に土のことや水のことを胸踊らせて尋ねている姿が浮かんできませんか?(売る側もワクワクです。)
土のこと水のこと、この、「のこと」のリフレインもなんだか可愛らしくて。いつも素敵で、お茶目で時に厳しく私達を叱咤激励して下さる先生、これからも楽しみにしております。
堀内裕子
(「天為」2023年6月号より転載)
アダムよりエヴァの背高し聖夜劇 有紀子
そこか。そこなのか…。はっとして、その後ぷぷぷと笑みがこぼれる。
クリスマスの季節に子供の頃、学校や教会で降誕劇に参加したり、子供やお孫さんのを観に行かれたことのある方もいらっしゃるのではないだろうか。神様は駄目と言うのに、アダムより背の高いエヴァ役の子供が、アダムさん、ちょっと来てこの実を食べてみて下さいよ、と恐ろしいことを可愛らしい声で言うのである。
アダム役とエヴァ役の子供の背の違いに着目するなんて。
子どもを持つ身として、子どもを詠みたいのだけれど、凡庸になってしまうことが良くある。渡部有紀子の真骨頂をここに垣間見た。
堀内裕子
飛び込みし鳥の重さや花万朶 有紀子
花万朶という美しい季語。柔らかな午後の陽光、枝垂れにはすでに数多の花が付いて、まさに春爛漫。美しくも長閑さに眠気を催したところ…… 突如、飛び込んで来た鳥は目白だろうか。
大きくない鳥が、枝はずいぶんとたわんだ。そのたわんだ分が、まさにちょうど自分の重さであることが明らかになれば、開ききった花たちは笑うように揺れ、花びらの二、三片がゆっくり落ちていく。
貴人たちの遊びに入り込んだ田舎武者の無骨さ、あるいは現代的にいうならば、背広姿の男性がランチタイムのカフェに飛び込んでみたら、女子たちでいっぱいの店内、お喋りがいっぱいに咲いていてる。大きな体を小さくしても、似つかわしくない服装、体の大きさの「バツの悪い」さま、クスクスと笑う声…。
美しくも退屈になりがちな春爛漫の華やかさは、ユーモアをふくんだ一幕によって、新鮮に蘇る。
千田哲也
----------
【執筆者プロフィール】
秋谷 美春(あきや みはる)
昭和59年生まれ。島根県出雲市在住。
平成28年 天為俳句会入会
令和4年4月 第6回芝不器男俳句新人賞 一次選考通過
令和4年9月 天為俳句会同人推薦
堀内 裕子(ほりうち ゆうこ)
2020年より作句開始。「天為俳句会」会員。神奈川県在住。
千田哲也(ちだ てつや)
1969年生まれ。鎌倉の「カフェ・エチカ」店主。2021年より作句開始。「カフェ・エチカ俳句の会」および「天為湘南ゲスト句会」にて、俳句を発表中。