2022年3月25日金曜日

北川美美俳句全集13 

俳句新空間10号(平成30年12月)


        秋や   

水撒きの水弧を描き遠き国

青空を曳ひてゐるなり兜虫

百合の香の記憶の開く腋の下

雲場池空も新樹も逆様に

甘藍巻くマグマは空気含みおり

オルガンのペダルに登山靴の跡

アイスクリーム匙に信濃を思ひけり

石にこもる日はまだ冷めず鬼貫忌

途中から抱へて帰る西瓜かな

青く赤く花火あかりの中に顔

秋はじめ駅より見ゆる最上川

鳥たちに食べていただく一位の実

秋天に諸手挙げれば背が伸びし

地面より足が離るる体育の日

棺一基帰るふるさと秋日和

秋声にまじりて落つる髪と爪

しつかりと坐つて秋や喉仏

万歳の後の解散秋の虹

抜けてゆくラウンドアバウト草の絮

しずかな日正しい秋を迎へけり


俳句新空間11号(令和元年7月)


    令和の一句

昨日より眉細く引く改元日


      掌に 

焼餅の内から膨れ恥ずかしき

喪の家の真つ白といふ寒さかな

余寒あり東京タワーの下に入ル

肺ふたつひとつの息にゴム風船

銀紙に触るるくちびる紙風船

花冷えに母の身体の横たはる

満開の桜崩れて消えにけり

巻き尺で測る道幅春の昼

野に出でよアルミニウムの御茶道具

ただよへる花のひとひらひとひかな

山のうえ空の冷たき犬桜

木蓮や昭和の家が空き家なる

地下鉄の口より見上ぐ春満月

改元は金糸雀色に五月来る

庇なき薄き信号青嵐

夜光灯雨と十薬照らしけり

掌に四角きパイナップルジュースふたつ

サンドイッチの胡瓜に薄き塩気かな

明易の土偶の胎児覚めやらず

水よりも冷たき桃を指で剥く


俳句新空間12号(令和2年5月)

      空に豆 

新しき月の満ち欠けカレンダー

あらたまの古びゆく顔たちまちに

誰がために髪切る男子苑子の忌

文机に置かれし鏡苑子の忌

きさらぎの身を前傾に押す柩

梅の花一枝に鳥毛ついてゐし

赤黄男忌の点滴棒でありにけり

春の昼眼鏡ふたつかけし顔

蕗の薹湯にくぐらせて花がつを

都市部より人病んでゐる花のころ

世界中死の予感して四月来る

四月中ずつとテレビの鳩に豆

米糠や筍白くやはらかく

新しき女ともだち夕霞

花びらも青にまぎれて青物屋

囀りの後の羽音と枝の揺れ

野遊びの互ひの距離のひろがりぬ

遠足の列だんだんとだらだらに

国道に真つ黒にある鴉の死

朧の夜生きているものゐないのか


俳句新空間13号(令和2年11月)

     夏と秋二〇二〇  

日々の泡美悪の泡や梅ゼリー

白き紫陽花ヘレン・ミレンの髪と肌と

人形(ひとかた)の腹丁寧に撫でてやる

にごりえの男女生涯裸なり

炎昼に握る手があり摑みけり

八月に映りかなしき全裸なる

真下より覆い被さる蝉時雨

縦半分の東京タワー西日中

三分の一の窓空夕焼けぬ

永遠に待つ冷し珈琲クンパルシータ

青北や瞳に海のうねりを見

はつあきの白くかがやくひざ頭

秋に挿す管を支える長き針

病む人に抱えてシャインマスカット

葡萄棚の中にくぐもる声深く

魚油の燃ゆるだいだい色の秋

葉は胸に房は頭に葡萄干す

翻車魚の食うてはあます秋の海

人の世の終はりと始まり秋彼岸

黎巴嫩(ベイルート)煙のごとし秋の暮


      ※俳句新空間作品完了

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