2022年3月11日金曜日

英国Haiku便り [in Japan] (28) 小野裕三

写真3:告知画面

ロンドン句会、再び

 ロンドンにあるアート・ギャラリーから、俳句のワークショップを主催しないか、と打診された。日本に関連したアート作品を展示するギャラリー「White Conduit Projects」で、kimono(着物)をモチーフとした作品を制作するイギリス人女性の展覧会をするので(写真 1&2、アーティストのLisa Milroyさんと展示の様子)、それに合わせてhaikuのイベントを実施したいとのことだった。もちろん僕は日本にいるので、イベントもオンラインでの実施だ(写真3、告知の画面)。


写真1・2 展覧会の様子

 英国時間の夕方から夜にかけて開催され、日本ではまさに深夜の時間帯。なので、僕は「haikuの本質とは」を説明するビデオを作り、事前に送っておくことにした。そのビデオでは、五七五の韻律や季語の有無にこだわることなく「3行の短い詩を自由に作ってください」とまずは説明し、その上で、芭蕉、三鬼、兜太の句も引用しながら俳句制作のポイントとして次の四点を提示した。(1)すべてを表現し尽くそうとするな(あえて不完全であれ)、(2)二つの異なる要素を入れよ(二物衝撃を作れ)、(3)物を通じて感情を表せ(あからさまな感情を語るな)、(4)「見えないもの」を意識せよ(「見えるもの」だけにこだわるな)。


写真4・5

 ロンドンの各地から集まった参加者たちは、まずそのギャラリーでkimonoを着せてもらい、それから僕が作った解説のビデオを見て、そしてhaikuを作る(写真4&5、着物姿の作句の様子)。その間、日本にいる僕はまだ寝ており、みんなが俳句を作り終えた時間帯を見計らって寝床から起き出す、というわけだ。かくして、僕にとっては久々の「ロンドン句会」がインターネット経由で始まった。画面を覗き込むイギリス人たちが興味深そうに訊ねる。

「今、日本は何時?」

 朝の4時ですよ、と答えると、みんな驚く。日本の空はまだ暗い。ロンドンは夜の8時で、夏の英国では、まだ空は明るい時分だ。イギリス人たちが晴れ着や法被や剣道着などのkimonoを思い思いに着ている姿が画面越しに見えて、浮き浮きした気分が伝わってくる。

 句会でも「kimono」を兼題としてみた。僕も気になった句をいくつか引用する。

 kimono / black motion / morning moon.

  着物 / 黒い動き / 朝の月

 kimono / is a thing to wear / for some, once in a lifetime.

  着物 / それは着るための物 / ある人たちには、生涯に一度だけ

 kimono / to another place / dreams escape.

  着物 / 別の場所へと / 夢は逃げ出す

 全体として、参加者の評に感じたことがある。日本人が俳句を読む時、どこか風景的・客観的に捉えるのに対して、イギリス人の俳句の読みは、自分がその句の状況に立つかのように身振りで説明するなど、句を肉体的・主体的に受け取る傾向があるように思えた。そこには、主語や目的語を明確にし、かつダイナミックな構文を好む英語という言語の影響もあるだろう。

 その話は、kimonoにも通じる。昨年春にロンドンのV&A美術館で「kimono」展が開催され、人気を博した。僕も会場を訪れたのだが、来場したイギリス人の中には法被のような自前の服を羽織った人もいて、英国でのkimono人気を実感した。その展覧会では、西洋の服は肉体との結びつきを強調するが、kimonoは肉体との関係が薄くただ体を包む、と解説された。衣服と肉体をめぐるこのような文化的差異は、詩への視点とも近しいと感じる。

 句会が終了して、最後に参加者に感想を聞いた。

「面白かったわ。またやってみたい」

「よかったです。ぜひ、俳句を続けてください。俳句は簡単ですから」

 僕がそう言うと、ある参加者が声を上げた。

「違うわ。俳句って、ぜんぜん簡単じゃない!」

 笑い声が起こる。

「そうですね……。俳句は簡単ではない。でも、俳句を作ろうとしてみることは簡単です」

 そう僕が言うと、みんな納得してくれた。

「今日は、ありがとう。日本は空が明るくなってきたわね」

 そう言われてこちらの窓の外を振り返る。日本は朝の5時。ロンドンは夜の9時。明けていく空と、暮れていく空は、同じように薄明るい。かくして地理や文化の違いを乗せて地球は周り、その世界をhaikuが繋ぐ——そんな空想が、少しだけリアルに感じられた。

(『海原』2021年10月号より転載)

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