本年1月14日に亡くなった北川美美の作品集は、この8月に評論集「『真神』考」が刊行された。今後は美美の俳句作品をまとめる作業のために、入会以来の「豈」「俳句新空間」等の作品を掲載して行くこととしたい。46歳からの作品で始まる。
筑紫磐井
【豈53号】2012年6月
つみつもる
春寒を来て金箔の間の前へ
小鳥くる喧嘩喧騒の隣家にも
弓池に草は育たず夏霞
筋肉はすぐに衰へななかまど
舌で歩くそれだけのこと蝸牛
階下より母迫り来る秋の暮
左手に新発田の火事を通り過ぐ
絶命の鼠の背中に降る埃
極月のホテルの浴槽乳房浮く
舐めてみる麹I粗塩I霰かな
おなじ空おなじ岸辺を年始
金黒羽白金I黒I白に輝きで
春泥に螺旋の穴やフィボナッチ
からみあうみみずあらわる揺れの後
礼節や赤城にかかる夏の月
三角地帯あらば家建つ白木槿
鶏頭花黙つてゐると石になる
木枯やこの世は北に傾けり
淋しいは濡れてゐること幸彦忌
つみつもる瓦礫に翼休めたり
【豈54号】2013年1月
明るい口
描かれて女神となりし椿かな
巡礼や石に隠れる石の顔
山山のみぞおちあたり椿落つ
春にあく奈落の囗や明るい囗
人妻やヒメジヲン過ぎハルジヲン
三鬼忌の鯛のポアレに骨がある
横濱の義父が手をふる都草
土手に咲くレング総立ちありがとう
跳ねかえるつぶての音や夏来たる
まはたきに朝顔の露落ちにけり
母という人と居るなり半夏生
短日の短き唄を唄いましょう
帰郷せり炎天の矢が降りやまぬ
叔父さんは南国に死す永久の夏
鮎の顔けわしきままに果てておる
かるぴすをすすりぴかぴか天の川
梨ふたつふたつの隙間を描くなり
坂道の今日の時雨を書き残す
鶏頭花黙っていると石になる
雪見の間首から上が隠れしよ
【豈55号】2013年10月
自動再生
マブノリア女神が降いりてくる香り
囀りやダンテがライオンに接吻
うぐいすや自動再生にて愛を
静かなる控室ないリ春の宵
川朧の如く運びしビニールシートへ花
永き囗の背筋にあてる柱かな
救急車の車内明るし春の暮
竿受の金具の錆や昭和の囗
五月蝿来て乱れていたる机上かな
神とおるたびに揺れるよ花水木
しばらくは牡丹の前の二人かな
歩行虫の好きなマイマイ蝸牛
黴雨かな隣家の樋の撓みかな
白き蛾の昼の眠りにつきあいぬ
兵が引く女王蟻や山に風
額の花人声たたぬ隣かな
町内の皆様と会う草むしり
ノンアルコールビール・ノンセックスライフ・天気雨
切花の水腐りゆく日暮かな
敗戦忌庭園の水動かざる
【豈56号】2014年7月
あめつちは
カタクリの花に届くや村太鼓
燕来る三角屋根のバス待合
先生を椅子ごと運ぶ花の昼
歯に付きし未だあたたかき草の餅
蓬売り蓬を育て売りにけり
穴出でし蛇這う道に黒き草
前職は蛇捕りである副市長
かわほりや兄が鉄扉を閉めにくる
先生の遺書にルビあり青嵐
ふるさとはひたすらねむく桐の花
とことわにねじ花のぼるあめつちは
エジプトの土産にもらう裸麦
小春日や一族の墓点在す
着鵆と蓋閉めている都政かな
短日の荷台に積みしうどん粉
寒厨に女集まる時間かな
冴え返る抜歯の後の肉の穴
十一月闇にひろごる山の影
瓶と瓶かち合う音や冬はじめ
火事跡の天井抜ける青き空
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