2018年3月9日金曜日

【新連載・黄土眠兎特集】眠兎第1句集『御意』を読みたい1 『御意』傍らの異界  大井さち子

句集とは不思議なものだと思う。
一句一句それぞれ独立した世界を持ちつつ、まとめて一冊となり、
一つの名前を与えられる。
編集者である眠兎はそこに
「読んでいただいて面白いもの」という魔法のエッセンスを振りかけた。

冬帽を被り棺の底なりき
大寒の星の匂ひを嗅ぎにゆく


冬帽を被って棺に横たわるのは誰なのか。
棺の中を覗き込むように始まる一句の中に微妙な捻じれが生じ、
いつの間にか自分が棺の底にいる。
そして、同じページに並んだ句を読んで読者は昇天し大寒の星空に放たれる。
これは眠兎のトリックである。
棺を出て、星の匂いを嗅ぎに行こう。

十数へ鬼となる子や落葉焚

声を出してゆっくりと数えているうちに
一緒に遊んでいた仲間はそれぞれ散って行った。
目をあけるとそこは森閑とした異郷。
この子はかくれんぼの鬼となって十数えていたのではない。
数え終わり、鬼になったのだ。
眠兎の句はさらっと読むとそのまま読み進んでしまう。
しかしちょっとした仕掛けがあり、
違和感のような扉を開けると魅力的な異界が広がる。
そこに気づくと眠兎の句がぐんと面白くなる。
 
生前の指冷たかり紙漉女

和紙作りは寒い季節に適しているという。
沈もうとする楮の繊維を水に浮遊させるためにネリが必要なのだが
そのネリは水温が高いと切れやすい。
寒い冬は薄く上質なものができるようだ。

女は毎日紙を漉く。
それは紙を漉くという作業であると同時に水と語らう時間でもある。
そしてこのページにもオチの句が用意されている。

雪女腕疲れてしまひけり

句集にエンターテイメント性を持たせたい眠兎ならではの配置であり
遊び心であろう。
水に冷え切った指で暮らした女は死後、雪女となる。

さびしからずや南極の火消壺 

どういういきさつでこの火消壺は南極に置かれたのだろう。
実際に南極にあるのか私は知らない。
眠兎もおそらく知らないのではないか。
しかし彼女はその火消壺が南極にあるのだと感じている。
知らないが感じているのだ。
「さびしからずや」
遠く日本の地より思う。
「さびしからずや」
深く深く思う。
それはまるで酒と旅の歌人若山牧水のさびしさのように。

幾山河越えさり行かば寂しさの終えなむ国ぞ今日も旅ゆく 牧水
いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや 同


旅の果、今火消壺は南極にある。
そして眠兎はじーんじーんと火消壺を感じる。
 
鷹は抒情の系譜に繋がる結社である。
眠兎の抒情句も忘れてはならない。

ひと揺れに舟出でゆけり春の虹
円窓に月を呼び込むための椅子
雪来るか落葉松の照海の照


美しく豊饒な世界である。

(黄土眠兎第1句集『御意』の鑑賞特集が開始されます。)

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